会っただけ
こいつのメール……間違いなく神のメールだな。だが何だ。この、誰かからのメッセージみたいな文章は……一体誰の?
――お母さん
そう男の子が言っていたことに気付き、清十郎は再度、メールに目を通した。文章の最後に必ず“ちひろ”と書かれ、少し優しめな命令口調に清十郎は納得した。
「お前、いくつだ」
歳を訊かれて、男の子はフォークを置いて両手の指を六つ立ててみせた。清十郎はカルピスソーダを飲み、息を吹く。
「メールに書かれてるのが、お前の母さんの言葉なんだろ? じゃあお前、父さんはどうした?」
「……分からない。いなくなっちゃった」
男の子のケータイに最初に送られた神のメールを見る。握っているカルピスのグラスの外側に流れる水滴が、清十郎の手に流れた。
「父さんは行方不明、母さんは死去……か」
こいつの母親が、死後の世界から送ってるっていう設定のメールか。一度神と接近してるみたいだが、この様子じゃあその意味も分からず、か……どっちにしろ、こいつ一人じゃ何も……。
食べ終わり、フォークを器用に口で上下に動かす男の子を見て、清十郎は溜め息を漏らした。
「お前、名前は」
「
「ってな訳だ、警察。後は頼んだ」
昨日清十郎が来た交番。ファミレスで買った飴を舐め、千尋は鉄パイプの椅子に座って脚を振る。その隣で昨日と同じ警察官を睨み、清十郎は苛立ちを見せていた。
「孤児の手続きとかくらい出来るだろ? こんなガキの死体が道端でハエに
「分かってる、分かってる。この子はこっちで預かるから、もう君は帰って良いよ」
「明日までに昨日のあいつ分の懸賞金、振り込んでおけ」
清十郎はしゃがみ、千尋の目線に自分の目線を合わせた。千尋がキョトンとして見つめ返すと、清十郎は鼻を鳴らした。
「いいか、ガキ。そのケータイはお前の母親からのメッセージだ。早いとこちゃんと読めるようにしておけ」
「うん」
また鼻を鳴らして立ち上がる。清十郎は自身のケータイを弄りながら、交番を後にした。神からのメールが来ていることに気付き、メールに目を通す。
「右先……また
バットで殴られた額が痛み、フラつく。倒れそうになった体を支え、清十郎は歩いて行った。
翌日、朝のHRに余裕で間に合い、清十郎は机に顔を伏せていた。昨日の千尋のことで頭が痛い。ケータイの画面を見るだけで、目の疲労を感じる。
朝の日光は頭を起こすと聞いたことがあるが、そんなことはないと清十郎は思っている。体中がダルく、機嫌は明らかに悪い。そんな清十郎に、クラスメートの男子が話しかけてきた。必要以上の殺気を放ちながら、頭を起こす。
「下駄箱にこれが入ってた。お前だと思う」
「あぁ……わぁった」
少し茶色く変色した一枚の紙切れが手渡される。男子を席へ帰すと、清十郎は紙切れに書かれた汚い字の文章に目を通した。
『南の工事中ビルに来い』
上から目線で用件も書かれていない不十分な文章だが、その用件を清十郎は容易に想像してまた頭を伏せた。
――今度こそ王座から引きずり下ろす
そう言いたいことはすぐに分かる。そんなことは何度もあったが故に、これ以外の想像がつかなかった。
学校でのつまらない時間を過ごし、清十郎は校門に人が少なくなるのを見計らって学校を出た。案の定、校門を出た瞬間に待ち伏せていた他校の不良達が清十郎を取り囲んだ。
「お迎えか……意外に早かったなぁ。え?」
フードを更に深く被り、僅かに入り込んだ夕焼けの光で眼光が鋭くなる。
「南の工事中ビルって、改装中の大きいやつだろ? さっさと連れてけ」
「言葉に気をつけろよ、
「人質だぁ?」
「ガキを一人預かってる、抵抗するな。泣かせるぜ?」
最初思い当たる節がなかったが、後になって清十郎は気付かされた。昨日あったばかりで、そして今日の不機嫌の原因になったガキ――千尋。
「お前が昨日、必死に守ったあのガキは――」
しゃしゃり出てきた細身の不良を裏拳で殴り飛ばし、その後間髪入れずに他の不良を殴り飛ばす。折れた歯の欠片と血が周囲に飛び散り、自身の拳に付いた血を払う。不機嫌に苛立ちが重なり、清十郎は不良達を踏みながら歩いていった。
「ったく、くだらねぇ……昨日会っただけの、ただのガキだぞ……ふざけてやがる。人質取らなきゃ余裕もねぇクズ共が、俺に喧嘩なんて売りやがって」
ケータイを取り出し、画面に目を通す。そしてゆっくりと歩いて行った。
目的地は、南の工事中ビル。
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