猫と戦う鼠

くると

鼠の一生

 鼠。オレは鼠。弱くて弱い鼠。とっても弱い鼠。

 精々逃げるくらいしか出来ない弱い存在。何にもなれない哀れな鼠。どうしたって弱い鼠。たとえ体が大きくなっても弱いままの鼠。



「オレが弱いのではなひっ……」

 舌を噛んでしまった、とても痛い。なんて事だ。舌をちょろっと出して、必死に痛みを誤魔化した。


「お、美味そうな鼠じゃねぇか。よし、ちょっくら運動がてらあの鼠を食うか」

 しまったっ! 猫に見つかってしまった。

 思わず、自分でしでかした事に呆れてしまう。

 オレは弱いと言うのに、なんで言葉を出してしまったのか……。


 態々見つからないよう隠れていたのに、声を出してしまった。

 だが、まだオレには逃げ足がある。むしろ逃げ足しかない。こんなオレに出来る唯一の特技、逃走!

 決して闘争ではない。猫と闘争なんてした日には、猫ぱんちをおみまいされて一発KO! になってしまう。


「去らばっ」

「ちっ、逃げんなよぉ。おとなしく食われろって」

 追いかけてくる猫から必死に逃げる。

 背後なんて振り返らない。一度でも振り返ってしまえば速度が落ちてしまう。元々、体の大きさからして全体的に奴の方が上なのだ。見つかってしまったら死を覚悟するしかない。


 オレの両親も兄弟達も奴らに食われた。それがオレ達の宿命。変えることの出来ない運命。奴とオレの邂逅は決して避ける事のできない呪いなのだ。逃げても逃げても奴はやってくる。



 そう、オレ達が弱いのではなく、世界が強いのだ。



 猫の猛攻から、命からがら逃げ出し、最後は奴の入ってこれない風呂場に逃げ込んだ。なぜならば、あいつは湿気や水分が苦手なのだ。ここに居続ける限り奴は来ない。だが、ここに居続けると巨人がやってきて毒を撒いてしまう。そうなればオレに抵抗する術などない。


 巨人が撒く毒はすぷれーという缶から噴射される猛毒。あれをモロに浴びてしまったオレの友人は、体が動かなくなりやがて死に絶えた。一度でも吸い込んでしまえば体の自由を奪う、恐ろしい毒だ。


 何度でも言おう。


 オレ達がどうしようもないほどに弱いのではなく、世界が恐ろしいまでに強いのだ。



 ―――カタンッ



 これはっ!

 扉の開く音を聞いた瞬間、オレは駆け出していた!


 ドスンドスンッ、と響く足音―――間違いない、巨人だ!!

 早く逃げなければ、殺されてしまう。


 端っこに空いた穴から、体を細め逃げ出していく。ここから出れば、再び猫との追いかけっこになるだろう。しかし、ここにいては逃げる事すらできないまま死んでしまう。

 それは嫌だ! オレは生きたいっ。皆のように死にたくないっ。


 だが、現実は非常だ。

 オレが逃げ出してくるのを見越していた猫が、壁裏の通路に潜んでいた。


「見つけたぜぇ? まったく、あそこに居たってご主人が来るんだからよぉ、無駄なんだよ。おめぇらは俺に食われるくらいしか価値のない生き物だろうが」

 ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべた猫。


 捕食者―――いや、あれは強者の笑みだ。強い者だけが浮かべる事を許されたおぞましい笑み。

 オレには絶対に浮かべる事の出来ない笑み。


「やだねっ。お前になんか食われてやるもんか!」

「ははっ。おめぇのお仲間は同じ事を言って俺の腹ん中さぁ」

「知ってるっ。だから、オレは逃げるっ」

「面倒だしよぉ、いい加減に腹も減ってきた。ま、おとなしく食われろ」

 伸びてくる猫の手を掻い潜り、腹の下を通り抜ける。


「ぬぅ……素早っしこいなぁ」

 ボヤキながら追いかけてくる。

 

 それを確認して、屋根裏に駈けていく。あそこには猫の入ってこれない狭い場所がある。オレの巣穴だ。そこまで逃げ出さればオレの勝ちだ。



 猫がいない事を確認し、屋根裏に入っていく。


「ふぅ、助かったぁ」

 安堵のため息を漏らした。ここまで来れば――――

「残念だなぁ。ここにおめぇの巣があるのは知ってたんだぁ、ご主人にお願いして俺の通れる穴を開けてもらったのさぁ」

 ねっとりとした、まるで体に絡みつくようなドロリとした言葉。その言葉を聞いた瞬間、オレの体は凍りついた。安堵から一転、恐怖と絶望がオレを襲う。



 ―――そんな馬鹿なっ。奴がここにいるなんてっ!?



 逃げ出そうとした瞬間――――ドンッ、と体を地面に叩きつけられる。

 口から酸素が抜け出した。息が苦しい押さえつけられた所為か、上手く呼吸が出来ない。

 オレを捕らえる為に出したと思われる爪が体に引っ掛かり、一切の身動きが取れない。皮膚が裂かれて痛い。身体中から血が流れだしている。

 

「言ったろぉ? おめぇには食われるくらいの価値しかないってなぁ。なぁに、ちゃんと残さず全部食ってやるよ」

 あぁ、オレも皆と同じ末路を辿るのか……。猫の笑みがうざい程目に入ってくる。

 

 その事を悟ったオレは、せめてもの抵抗として叫ぶ、息が切れ苦しいが言わずにはいられない。

「く、そっ。オレはっ何度でも、言ってやるぞっ! オレが弱いわけじゃない、世界が――――――」


 

 近づいてくる牙――――それが、オレが最後に見た光景だった。


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猫と戦う鼠 くると @kurut

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