第二夕 ファミチキ妄語

第二夕 ファミチキ妄語


今日は暑かったね。昨日と一昨日は雨だった。今日は暑いけど、いい夕暮れだ。そっちも、今日は晴れているかい。


巷じゃ選挙をやってるみたいだ。まあ僕も行っては来たんだけれど、それでどうこう言うつもりもない。おまえも次の選挙かその次くらいには、きっと投票権を持つだろうから、すこしだけ考えておくといいよ。もっとも、「なんかちょっと感じ悪いよね」とかで投票先を決めるバカにだけは、なって欲しくはないけどね。




この文書もようやく二回目だ。前は毎日原稿用紙だったから、それから見たら、ちょっとだれてるかな。でもまあ、これは君にしか読まれないものだし、いつか届けばいいものだから、気楽に、気ままに書くことにするよ。


これを書く、といっても実はね、この文章、僕が手で書いてるわけじゃないんだ。君に語りかけるような口調で書こうと思っているから、その口語の感じを出すために、しゃべったままに文字にしている。まあ、いわゆる口述筆記ってやつだ。でも僕は昔の作家みたいに、口述を書きとってくれる秘書なんていないから、iPhoneの音声入力なんてのを使ってみてるわけ。で、これがなかなか性能が良くてね。結構な精度で文字にしてくれるんだけど、やっぱり単語によっては聞き取れないのがあるらしい。一般に使用頻度の低い熟語なんかは、ちょいちょい直さなきゃいけないことがある。それは機械の精度もあるんだろうけど、でも、いちばんはやっぱり発音だろうな。



おれ、日本語苦手なんだよね。日本語苦手ってのは、話し言葉が苦手ってことなんだ。おれ、昔から日本語の発音が苦手なんだ。知ってるかい、促音化構音ってのあるんだけど、あのさ、友達とかで、キとかチとかがちょっと変な発音になるやついない?リンゴとか、チキンとか、ギリギリが言えないやつ。滑舌が悪いとか言われてるやつ。あれってのは、滑舌が悪いっていうことなんじゃないんだ。そもそも日本語の発音の仕方を間違って覚えてるんだ。だから普通の人が言える言葉を言えなかったりする。おれの場合もそれで、ファミチキって言えなかったの。で、促音化構音だけならまだいいんだけど、おれの場合はそれに舌ったらずとか、あと、あいうえおの母音を正確に発音してなくて、結構曖昧だったりするんだ。そんなもんだから、うるさい場所では絶対に聞き返されちゃうんだよね。おれ、いまだに少し日本語変でしょ。聞き取れないこともあると思う。なんか歯にものが挟まったみたいな、へんな言い方するときあるでしょ。


そういうのって、子供にとっては結構辛くてさ。おれは昔、結構おしゃべり好きだったりもしたんだけど、何回も聞きかえされるのが嫌になって、だんだん喋んなくなってったってわけだ。


だけどおしゃべり好きなのは変わらないから、喋ろうと思っていたこととか、喋りたいことってのはどんどんどんどん溜まっていくわけでね。そんで、それはいつしか、話し言葉じゃなくて、文字で書くようになったわけだ。そうやって書くことを覚えてしまったから、話し言葉の方がどんどんどんどん衰退していってね。いつしか喋んないネクラなキャラみたいになっちゃったわけ。まあ、そのぶん文章にするのは好きだったから、こうやって妙なものを書いているわけだけど。


でも、おれなりに結構頑張って、チとかキは言えるようになったんだよ。気持ちわるい自分の声を録音して、全身総毛立ちになりながら発音して。まるで外国語を覚えるようだったよ。初めてファミチキくださいって言えたときは、嬉しかったね。ちゃんと店員さんにつたわって、ファミチキをひとつ持ってきてくれた。まあ言ってみればそれだけのことなんだけど、それはおれにとって結構な進歩だった。


なんて、ムダ話してる間に、日没だ。今日は選挙で帰って、地元での夕暮れだ。こっちは田園風景の向こうに、段丘の稜線が広がっている。利根川の夕日に光る水面と、大橋の橋桁の向こうに沈む夕日を、おまえにも見せたい。開けた低地の空は、広い。夕日は、空が広い分、美しい。光は東京の狭い空より、真っ直ぐ遠くへ広がって輝く。それはとても美しいけど、だけど、やっぱりそのぶん寂しい。「日本の沈みゆく赤日」なんて、気取った言い回しを考えついたよ。でもそんなの、あの夕日にはなんの価値ももたらさない。所詮、人の営みに過ぎない。夕日は無関係に、明日もまた沈む。人の営みなど、しょせん些事なんだ。明日、日本が変わろうと変わるまいと、きっと同じように日は沈む。夕日は、人間とは無関係だ。それに意味を見出すのは、人間だ。人間の解釈の身勝手に過ぎない。でもその身勝手が、いとおしい。それは、おれも凡百の人間の一人だからだ。身勝手は詩を生み、歌を生むからだ。あの夕暮れに対しておれは、存分に身勝手でありたいと思う。


明日も、また夕暮れになるといいね。明日はきっと、また東京で。同じ夕暮れは、どう見えるだろう。

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