或る少年に捧ぐ夕暮れ妄語
悠月
第一夕 七夕妄語
第一夕 七夕妄語
ああ、あの文章ね、辞めちゃったんだ。本当はもうちょっと続けたかったんだけど、まあ書くことがなくなっちゃったからね。ま、でも百日も続いたから、俺にしてはずいぶん良かったと思うよ。
で、いっぱしに気取って、あれは終わりだなんて言って書く事は止めちゃったんだけど、結局一週間ももたなかったわけです。何も書かないでいることが幸せだなんて思っていたんだけどさ、結局書かないでいると、その、前にも書いたけど、僕の中にいろんなものが溜まってくるわけだ。そうやって溜まってきたものを何とかして発散する方法がないかと、いろいろ考えてみたんだ。だけど結局それは書くことでしか発散されなかった。
だからまあ、また何かを書いてみようと思ったわけ。それでいつ何を書こうかと思ったんだけどね、せっかくだからあの開花宣言みたいに、また何か良い日に始めようと思ったんだ。それでやっぱりこの七月七日っていうのはさ、何か始めるにはいいっていうか、まぁ願いを込めるなんていう日みたいだし、また新しく文章なんぞ書いてみようかと思ったわけです。
で、何を書くかっていうとさ、あの文章は読者おれひとりだったじゃん?だから今度は、読者ただひとりにしようと思って。その読者ってのがね、マサキ、おまえのことだよ。今までひとりを気取って変な文章書いていた青年がさ、今度はひとりの少年に向かって文章を書いている。こんなの結構文学的じゃないかい。
そんでまたせっかくだから、こないだの文章が夜中に書いていたみたいに、今度は夕暮れの時間に書いてみようと思うんだ。美しい夕暮れが毎日訪れるかどうかはわからないように、これも毎日は書かないと思うけどね。でも、夕暮れの美しい好い日には、きっと何かを書こうと思う。だからタイトルは夕暮れ妄語。とある本のタイトルから拝借したんだけどね。でもま、少し変えてるから、いいよね。
それで今度の文体は、マサキ、君に向かって語りかけるような口調で書こうと思う。夕暮れの時間に、たったひとりで、どこかで聞いているただひとりの少年に向かって、なんの意味もない妄語を垂れ流している。いつか届くことを願って、夕暮れに送信を続けている。こういうの、単純だけど好きなんだ。まぁ今回もくだらない文章になると思うけど、前回のよりも長く書ける気がする。だからまぁ、おまえもそのうち気が向いたら、まとめて読んどいてよ。そんで、その気になったら感想でもくれよ。多分そのことをまたこの文章に書くから。
でもさぁ、七月七日ってみんな結構ロマンチックだねとか言ってるけどさ、おれは違うと思うんだよね。だってさ、七月七日って晴れてた試しないじゃん。七夕とか言ってさ、何だっけ、織姫と彦星が天の川を渡る日?そんな、渡れやしないじゃないかって、こんな梅雨の時期にわざわざ川渡るばかなんていねぇって。雨降って大洪水だよ馬鹿野郎。
あ、で話逸れたけどね、七月七日ってさ、雨が多いんだよね。今年は雨が降らない梅雨で、晴れたのは結構な例外だけど。でも今の空は水蒸気が多い。なかなか星は見えそうにない。たしか、去年は曇りだった。その前は雨だった。ほんと、おれの記憶のなかで、七夕が晴れてた日ってそんなにないんだよね。ここ十年で晴れてた七夕って、三年か四年まえくらいの一年だけなんじゃない?もう織姫も彦星も不倫し始めるレベル。神様ブチ切れ。ゲスの極み。
…っていうのはさ、ほんとは七夕ってこの時期じゃないんだよ。少なくとも日本での七夕、七月七日ってのは、ほんらい旧暦っていう今とは違うカレンダーでの話だから、こんな雨の時期じゃないんだ。旧暦は、今のカレンダーよりだいたい一ヶ月遅いんだよね。だからまあ、今で言う八月半ばくらいか。あの辺がほんとの七夕なんだな。まあだいたい晴れてるでしょ?
でね、いまでもほんとの七夕に合わせてるところってのがあってね、仙台の七夕祭りって聞いたことある?仙台じゃ毎年八月に七夕をやるんです。短冊とか、大きい吹き流しがたくさん風に揺れて、けっこうきれいなんだよ。知らなけりゃググってみな。まあ、あれがほんとの七夕なんです。
なんで、まぁ今日は本当はなんもない日なんですね。万が一晴れて空を見上げたとしても、織姫と彦星はいつも通りそれぞれの河原で不倫してると思うよ。天の川を渡る白鳥は今日も運休だし、地上の日本人たちだけが馬鹿みたいに空を見上げてロマンチックになってるってわけだ。
あ、そうだ、仙台行こうよ。七夕祭り。こんなほんらいなんもない日での七夕じゃなくってさ、ほんとの七夕を見に行こうよ。ほら、ちょうど夏休みでしょ?
仙台行ったら、その後岩手まで行ってみようよ。宮沢賢治の故郷。賢治先生にご挨拶に行かなきゃ。銀河鉄道で論文書くんなら、一回くらいご挨拶に行っとかなきゃいけないよ。あとね、白鳥の停車場っていう、いい雑貨屋さんがあるらしいんだ。銀河鉄道とか、賢治童話とか、タルホの童話に出てきそうな、少年的な、博物的な、なんの役にも立たないものを売っているお店なんだってさ。駅舎の看板に、小さな貨車で出来たお店らしい。ちょっと行ってみたいんだけど、やっぱり銀河鉄道に乗るには、少年と一緒でなきゃいけないからね。
だから、夏休みはきっとまた北に行こう。今度は白河よりもずっと北へ。きっと、星もよく見えるよ。本当の天の川ってやつを、見に行こうじゃないか。ほんとにきれいな星空ってのはね、織姫だー彦星だーなんて、空っぽの頭に香水が詰まった女みたいなこと言ってる暇なんかないですよ。恐ろしいの。そう。ただ恐ろしいんだ。怖い。美し過ぎて怖い。この感覚、きっと星空くらいのもんじゃないかな。君にはぜひ少年であるうちに、その感覚を知っといてもらいたい。
だから、きっとこの夏は星を見に行こう。
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