第14話
ライナのたどたどしい話が終わると次は俺の側の話を済ませた。
童女は無言で自分の引き起こした破壊の後を眺め、宙を漂う魔王もそれに続いている。無音の時間が数秒過ぎ、ライナが口を開く。
「俺はこれから爆弾の起爆装置を破壊しにいく。その後、佐伯を殺る。あいつと、あいつの技術は何と言うか、在っちゃいけない物の気がするんだ。出来れば勇人にも手伝って欲しい。仲間が全滅しちまったのは辛いけどよ、その、なんだ。あちら側もだいたいいなくなっただろうし俺たちだけでも何とか出来るはずだ」
童女へとライナ共々目配せをし、そして俺は加えて魔王を見た。二人は俺たちを見ようとはしなかった。まるで二人はここにいるようでいて遠い場所にいるようだった。俺の視線も、声も、存在すらも届いていないような、そんな様子だ。
「灼眼、あれなの」
童女の物言いにライナが眉を寄せ、多命の賢者の軽薄な声が響く。
「あーやっぱり僕の身体使われちゃってるねー」
その言葉に俺は童女が一掃した空間へと顔を向けた。そこで見た物は、赤い灰が球体を成すところだ。それは球体を作り上げると、そこからは一瞬だった。無傷の勇者たちがそこには立っていた。
両手の指の数では足りないほどの男たちを前に、ライナは錬気を始める。
「くそ、なんなんだよこれは」
舌打ちをし、ライナは弱音を吐いた。そこに童女が復活した勇者たち目掛け腕を突き出す。
「か、無駄無駄。そんなバカみたいな錬気何発も撃てないだろ? 俺たちが死ぬのが先か錬気を使い果たして手前が死ぬか試してみるか?」
粘つく哄笑と共に不良勇者が無防備に身体を開き、顔を歪める。
「痛みは感じるのかの」
魔王の疑問に答える者はいなかった。童女は相変わらず冷たい目をしていたし、ライナは今にも雷蛇を生み出そうとしている。
そこからは焼き直しの光景が繰り広げられた。童女の腕から避けようのない光の奔流が生じ、勇者たちが飲み込まれ、消失してはまた再形成される。再形成されるまでの時間は繰り返される度に短くなっていく。何度も何度もその光景を目にした。
そしてついに、童女が肩で息を始める。恐るべきはこの通路の強度だったかもしれない。床はもう完全に硬質の材質を失いただの土塊と化していた。しかし今なおこの通路は潰れることなく形を保っている。
「手前いい加減にしろよ。諦めてぴいぴい泣きながら死んでればいいんだよ。手前らみたいな選ばれなかった奴らってのは俺たちみたいなエリートに傅くだけが存在意義なんだからよ」
不良勇者が剣の腹で肩を叩きつつそう口にした。童女は唇を噛みつつ、肩を回し始める。
「小僧、我に代われ」
魔王のその声は、どこか真摯さを感じさせた。その声は、ライナが家族を語る時の声に少しだけ似ていた。
「負けるってのか?」
「落涙は負けんよ。魔界で我に次いで強き者じゃ。たかが死ににくい程度の勇者が屠れるものではない」
「じゃあどうして?」
「何、多少あやつの物言いが気にくわん。それだけじゃ」
それだけで身体を預けるような危険を負うのはバカげている。だけど、俺は不思議とそのバカになった。
許可をしようと思ったその拍子に、俺は自動的に幽体となり俺の身体に魔王が入り込む。すぐに肌は斑から黒一色へ、そして瞳は輝かく赤へ。
「落涙、貴様の技ではあれが楽に死に過ぎるとは思わぬか?」
童女が氷の目を俺の身体に向けたと思うと、入れ替わったことに気付いたのだろう、そこで久しぶりにただの怠そうな半眼となった。
「仕方がないから譲ってやるなの」
少しだけ顔を傾け、童女は微笑んだ。
「何ごちゃごちゃ言ってるんだ? そろそろ俺たちの番でいいか? 命乞いでもしてみろよ、ひょっとしたらボロ雑巾になる程度で許してやるぜ?」
「許しは乞わぬ」
そう言って魔王が目を閉じた。不良勇者が鼻で笑うと、魔王は再び目を開く。その瞳は青く蒼くなる。そして魔王は俺の身体を使って俺の顔とは思えぬ表情を見せた。
「我が名は灼眼の魔王なり。我が名を表すこの技を宵の旅路の路銀とせい」
その口が、聞き取れない言葉を呟く。発せられた音は音として認識できるが表現も再現も出来ない、そんな言葉だ。
そして炎が俺たちを除いた全ての者を覆い込んだ。誰一人悲鳴を上げることが出来なかった。一瞬にして身体の七割が縮み込み、丸くなっている。歩くことも呻くことも蠢くことすら出来ないようだった。
「あれ苦しいんだよねー。まず息出来ないし」
多命の賢者がいつもの歯をむき出しにした顔を見せている。
「何が、どうなってんだ」
答えて貰えるとは思っていなかっただろう、ライナの呟きには無意識が感じ取れた。
「どうした小僧、爆弾とやらをどうにかしに行くのではなかったのか?」
ライナは初めて伝説の魔王を前にし、冷や汗を流した。
「勇人は、大丈夫なのか?」
「問題ない。小僧なら今もその辺りを浮いておる」
その辺り、そう言って俺の肉体が幽体となった俺を指した。ライナはその指を追い、そして眉間に皺を寄せる。見えないのだ。
「それに、頃合いじゃの。えらく小僧に有利な機能じゃ、これは我が不服を申し立てたとしても仕方がないとは思うのじゃがの」
そして、俺たちはまた入れ替わった。肌は以前よりも黒の割合が多く、恐らく目も灼眼の魔王に近くなっているだろう。もっとも灼眼を使うことは出来ないだろうけれども。
火が爆ぜる音がしたかと思うと、灼眼による炎に包まれていた全てが完全に消滅した。再形成は生じず、後には俺たちと、そして潰れこそしてないものの落涙によってその原型を失った通路が残る。
「行くの」
童女が先んじて通路の奥へと足を運ぶ。常と変らずその足取りは酷く無警戒だ。
「待て、あいつらが復活して挟み撃ちにされたらさすがにまずいんじゃないか?」
ライナの指摘はもっともだった。しかし、童女がこともなく言う。半眼はまるで相手をあざ笑っているようだったし、実際鼻まで鳴らしていたのだからライナを見下していることがわかる。
「あの灼眼であいつらが何度死んだと思っているなの。そして幽世に居る灼眼が何も言ってこないのは何故? 少し考えればすぐにわかることなの」
落涙の言葉を受け、多命の賢者が続く。
「あいつらがいくつストックしてたのかまでは知らないけど、いくつあっても足りないだろうねえ。僕ならともかくあいつら再形成位しか出来ないし」
「わかるように話してくれないか? 勿体ぶるのはあまり好きじゃない」
あまり気に入らない相手だからか、自然と棘のある言い方をしてしまった。だけど、本当に何でだかこいつは気にくわない。
「おーけーおーけー、まま、落ち着きなよ。まず僕とあいつらの違いだ。僕は死んだあと幽世に意思を持って顕現する。つまり復活のタイミングは選べるし、実は復活する場所も選べる。選んだ場所で身体も再形成される。あいつらは死んだあと身体に組み込まれた僕の肉体の自動反応で再形成される。まあつまり無意識だ。あいつらは生き返るタイミングも場所も選べない。そんでもって生き返っても肉体は灼眼に焼かれてるからまた死ぬ。あはは、あいつら百回くらい焼死したんじゃない? 可哀想だねえ」
そして灼眼によってストックを消費尽くすまで焼かれた。そういうことのようだ。改めて伝説とまで言われた魔王の規格外の能力に驚かされた。しかも魔王は五割の力しか持っていないはずなのだ。
「わかった。つまり挟み撃ちの心配はないんだな?」
ライナの言葉には俺が首肯した。爆弾をどうにかするため、ライナが童女を追い抜き、通路の奥へと進む。
通路奥の扉は落涙を受け、拉げていた。それをライナが錬気を加えた膂力で取り払うと、さらに通路が続いていた。わずかに冷気を放っているかのような滑らかな天井、壁。足を取られないようにか、床にだけは細かな凹凸が刻まれている。
「どこまで続いてるんだよ」
思わずそう言ってしまったが無理もないだろう。戦場になり得る通路が既に三つ続いているのだ。
「わからない。ただ、この先に佐伯の部屋があるのは間違いないんだ。例の煙を吸ったあと、意識を取り戻した俺はそこにいたはずだ。酷く頭がぼーっとしていたし、身体が怠くて動かなかった。視界もおかしくてその場所がどんなところかもわからなかった。だけど、声だけはよく聞こえたんだ」
その声ってのは? 俺が目で語るとライナは頷く。
「サンジの声だった。内容はよく覚えていないけどな、だけど覚えていることもある。あいつは確実にそこが佐伯の研究室だということを口にしていたし、その後俺はエレベーターに乗せられたことも覚えている。だからこの先に必ず佐伯の研究室ってのがあるはずなんだ」
「小僧。そこの小僧に何故自分が生かされたのか訊いてみよ」
魔王が、口を挟んだ。意図を探ろうと浮かぶ魔王の様子を窺うが、魔王の表情はいまいち上手く読み取れない。訊いてもいいがわからないと答えるのが当たり前だろう。
「ライナ、灼眼の魔王に何故お前が生かされたと思うか訊けって言われてるんだけど」
「知るかよそんなの」
まあ、当然予想できた答えだったし、ライナもそう答える以外何もないだろう。
「佐伯に何かされておるの」
「どういうことだよ?」
「言葉通りじゃ。そこの小僧を生かしておく利点がそれ以外にないじゃろう。何故佐伯が小僧を助ける? 肉体のスペアは騎士団長とやらがある、本命の賢王の肉体がある。手駒はサンジ以下勇者がおる。わかるの? 小僧はな、不要なのじゃよ」
ついライナの頭の天辺からつま先まで視線を巡らせてしまう。そして、今度は改めてその顔を見た。
「どうした?」
魔王の言葉が耳に届かないライナは、怪訝な顔つきを俺に向けている。ここに妙なところはない。むしろどれだけ観察してもおかしなところなどなかった。どこからどう見てもライナだ。
「なあライナ、どこか調子の悪いところはないか?」
「なんだ急に、ないぞ」
「ないだろうねー、僕の身体が少し混じってるし。何回か死んでも大丈夫なんじゃない? というかもう何回か死んでるんじゃないかなー」
多命の賢者の言葉に、ライナが不満そうに顔を顰めた。
「俺がさっきの奴らと同じだって言いたいのか?」
「うん。ほぼ間違いなくね。君は僕こと多命の賢者の身体の一部を埋め込まれている。メリルの原住民を材料とした命のストックも組み込まれてるだろうなあ。ああ、勘違いしなくてもいいよ。君の意思でそうしたんじゃないんだろう? 君は被害者だ。身体を改造されただけの改造人間だ。しかも完全生体パーツ、人間百パーセント! 思い悩む必要何てないねえ」
多命の賢者の言葉は、ライナの心に波を立てたようだ。ライナは拳を握り込み、そして深く息を吐いた。
「メリルの原住民に命を返すことは出来るか?」
「出来る訳ないじゃん? そんな命を切ったり貼ったり出来ると思う?」
「だよな」
静かに、そして長くライナは息を吐いた。そして頭を振る。
「もしもそうなら、佐伯をぶっ殺すためにこの命使わせて貰うさ」
「おお、君勇者っぽいじゃないか」
多命の賢者の乾いた言葉だ。
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