第7話
三日ほど歩いて辿り着いた村は、のどかなものだった。
大草原の一部に位置するそこは、俺の住んでいた王都とはだいぶ空気が違う。
太陽を遮るような木々もなく村全体を太陽が照らし、耳に入るのは放牧されている家畜の鳴き声に、わずかばかりの談笑の声。店もないような田舎だった。
失敗だっただろうか。頭の中にあった地図で最寄りの人里ということで足を運んだが。
いや、食糧や衣類くらいならあるだろう。そうあたりを付け、談笑する老人たちに声を掛ける。
「すみません。旅の者ですが、不注意で荷物を失ってしまいました。当面の食糧など旅支度を整えたいのですが、どこか買物が出来る場所はありますか?」
ないだろうとは思いつつ、訊ねる。
「あんれま、大変だったねえ。でも残念ねえ、行商はついこないだ来たばかりで当分こないねえ」
なんという間の悪さだろうか。幸い、ここに辿り着くまでは沢で喉を潤し、野兎を狩って飢えもしのげた。ただ、これから先もそう上手くいくとは限らない。
「そう、ですか。ありがとうございました」
答えてくれた老人は特に何の感想も持たなかったようだが、隣の女はそうでもなかったらしく、外套を目深に被った俺に不審の目を向けていた。長話は、あまりよろしくないだろう。
「金さえ払ってくれるなら麻袋、干し肉程度なら用意してやるよ。服も貫頭衣よりかはマシ程度でよければそれも」
背を向けた俺に、女がそう投げかける。
「訳ありっぽいからね。たんまり払ってくれるだろ?」
当然、俺は深く頷いた。
女に付いて行き、入った家の中は、草の匂いで一杯だった。草原の上に直接絨毯のような床を敷いているからだろうか。それとも枯草で出来た屋根の匂いだろうか。わからないが、不快なものではなかった。
「じゃあこの麻袋と、干し肉と、服は適当に旦那のを詰めてと」
「あの、いいんですか?」
明らかにそれらには生活臭があった。高確率で普段使用している物なのだろう。
「いいんだよ、アタシらはもうすぐこの村を出るからね。生活がガラリと変わるから大抵のものは新調させてもらうさ」
「出て行かれるんですか?」
悪くない雰囲気の村だと思ったけど。彼女にとってはそうではないのだろうか。
「魔王が復活したんだと」
思わず、息を飲んだ。そのことに気付かなかった彼女は続ける。
「この辺りは魔王がいたころは戦場だったからね。たぶんまた戦場になるだろうって王さまがね、支度金も用意してやるから内陸の方に越して来いだとさ」
「そう、なんですか。辛いですね」
「そうでもないさ、王さま様々さ。遠くの国では最近滅んだ村もあるそうじゃないか」
魔王に目をやると、相変わらず奴は漂うだけで、何も言うことはなかった。ここ数日魔王の声を、俺は聞いていない。
「ほら、これでいいか」
女に渡された麻袋には、皮で作られた水筒、干し肉、衣類が容量一杯にまで詰め込まれていた。
「ありがとうございます、お代はこれで」
俺は銀貨三枚ほどを手渡すと、女は目を丸くする。
「アンタ家出中のお貴族さまか何かかい?」
「あー、その、そういう訳では」
「はは、まあいいや。口止め料込みで受け取っておくよ」
そう言うと、彼女はその金を引き出しにしまい込んだ。
頭を下げ、家を出ると再び太陽の光を一身に浴びた。
すると女の旦那なのだろう、一人の男が家の前まで騎乗したままやって来た。
「うん? 間男か?」
「いえ、旅の道具を分けて貰っていただけです」
「くはは、冗談だ。すまんな、おい、帰ったぞ」
旦那は豪快に笑い飛ばすと女へと声を掛けた。女が現れると下馬し、二人は熱い口づけを交わし始めた。
気まずいので目を逸らすと、また旦那が笑った。
「いや、この分だと本当に間男ではないようだ。はっはっは」
「バカだねえアンタ。それよりやけに早かったね。どうしたんだい?」
「うん、それがな。あまり見ない魔物が狩り場にいたものだから勇者さまを派遣して貰おうと思って戻った」
余計なお世話だとは思いつつ、俺は口を挟む。
「勇者制度は廃止されましたよ?」
「うん? そうだな。王国ではそうだな。だがここをどこだと思っている? 国境近くだぞ、隣国の自然国に要請すれば自然国にいる勇者さまが来てくれるんだ」
どういうことだろう。勇者制度が廃止されたのは王国内だけなのだろうか。
しかし何はともあれ、勇者が来るというのであれば長居は無用だ。
「あの、旅道具、助かりました」
「ああ、いいんだよ。アンタもちゃんといつかはお屋敷に帰るんだよ」
二人は、外套を目深に被ったような怪しい俺に屈託のない笑みを浮かべたまま、見送ってくれた。
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