勇者の孫と魔王さま(改)

鳳小竜虎

第1話

 王立勇者養成校、第50期卒業戦。

 要は今日この後に行われる卒業式にあたって、勇者資格獲得者を決めようという戦いだ。


 俺はその決勝戦を吹きさらしのコロシアム、その客席から眺めている。親しい間柄で固まっている奴らが賑々しくもどこか哀愁を漂わせていた。この戦いが終われば後は卒業式、それが終われば、大半のグループはばらばらになるのだ。


 卒業戦は単純な力比べで済ませたくない養成校の計らいから、場には大岩や倒木といった戦いに緩急をつけるための障害物が用意されている。しかしそれでも結果は客席にいる誰もが判りきっていた。とはいえ、じゃあそれでと終わる訳にもいかず、決勝戦は今まさに始まろうとしている。


「それでは決勝戦を始める。貴様らは既に勇者資格を得ることが決まっているが、気の抜いた闘いは見せるなよ」

 三年間、俺たちをしごきにしごいたひげ面の教官が、訓練時と変わらない高圧的な態度を見せる。

 決勝戦までその駒を進めた二人が、無言で頷いた。


 一人目は入校以来の親友、ライナだ。エレンシア王国騎士団への入団が確約されているあいつらしい重厚な鎧に身を包み、端整な顔立ちも今は兜で覆い隠されている。外からは生身の部分は見ることが叶わないほどの重装備だ。

 もう一人は幼馴染の春奈(はるな)だ。勇者養成校に在籍しながらもその服装はシスターのそれに近い。実家が教会だからだろう。流れるような黒髪は、決勝まで複数回戦ってきたにも関わらず埃一つ付いていない。


 俺の視線に気づいたのか、春奈と目が合う。

 気恥ずかしいのか目を慌てて逸らすが、すぐにまた俺の方を窺った。

 唇の動きだけで応援すると、春奈は小さく頷いた。


「始め!」


 教官のその合図に、早速ライナが春奈から大きく一歩距離を取る。だいたい10メートルの距離だ。

 そしてライナの行った錬気で、周囲の空気が揺らぐ。

「蛇霊弾!」

 ライナの持つ鞭の先が八又に別れ、蛇のようにうねる。

 その蛇の頭一つ一つから透明の球が形成され、放出された。


 気弾が全て同じタイミングで春奈に着弾し、その衝撃で地面の砂が舞い上がる。

 誰かが口笛を吹いた。


 しかしその程度で春奈を倒せたという楽観はしないと、ライナはどんどん錬気を練り上げていく。

 あいつの周辺が歪んだように見えるほどの大量の錬気が生まれる。


 そして、舞いあがった砂の中から直径1メートルほどの光線が現れ、ライナに迫った。


 八又の鞭が絡み合い、すんでのことで光線からライナを守る盾になったが、甲斐なく彼は吹き飛ばされ、倒木や大岩を突き破り、闘技場の壁にめり込んだ。


「だ、大丈夫!? ライナくん!」

 攻撃者、春奈が慌ててライナに駆け寄る中、教官が告げる。

「勝者、春奈!」



 決勝戦が終わり、闘技場に本日の卒業予定者二百名が並ぶ。

 教官が最後の言葉を贈るとの事だった。整列した誰もが晴々とした顔をしており、今だけは各自、一抹の寂しさを追いやっているようだ。

「卒業戦上位十名および一名は勇者資格取得おめでとう。勇者として恥じぬ振る舞いを心掛けて欲しい。残った百八十九名もすべからく内定者となった。こちらもめでたいことだ。貴様らは勇者資格こそ獲得出来なかったが悲観することはない、制度上の勇者ではなくとも内定企業を脅威から守る貴様らは紛うことなく勇者である。守るべきもののためにこの三年間を忘れるな!」


 皆、教官のしごきを思い出したのだろう、神妙な面持ちをしている。


「今期は粒揃いだった。歴代最強の勇者候補、在校中に王国騎士団入りが決まる者、そして偉大なる勇者の孫。お前らの教官であったことを誇りに思う。よし、俺からは以上だ。卒業式が始まるぞ、会場へ急げ。駆け足!」

 教官の一声で、皆が一斉に動き出す。その速度は勇者候補生としては遅く、会場入りはぎりぎりになるだろう。


「くっそー、結局春奈に一回も勝てなかったぜ」

 ライナが俺に並ぶように駆けている。錬気で作り出した武装も全て消し去り、今は金獅子の鬣のような短髪が露わになっている。その金色は、太陽の下でよく映え、勇者に相応しい容姿と言えるだろう。


「春奈はしょうがないだろ」

 足を止めることなく俺も話す。実際春奈の強さは群を抜いている。

 訓練初日に行われる伝統行事で現役勇者と戦い、返り討ちにしてしまった時はどうなるかと冷や冷やした。もちろん春奈以外の面々はしこたま痛めつけられ、それこそが伝統行事の目的だった。


「つうかお前の本気を出させることも出来なかったし……俺弱いってことないよなあ?」

「現役校生で王国騎士団入り確定のお前がか? 冗談だろ。つか俺はいつだって本気だっつの」

「んでもお前祖父さんに能力封印されたままなんだろ?」

「封印解く前にいきなりくたばられたんだから仕方がない。出せるもんじゃないんだから俺の実力とは計算しないって」

 真面目だねえ、などとクソ真面目なライナに言われていると、突然奴は駆けるスピードを上げ始めた。


「んじゃ後は嫁さんとゆっくり来な、遅刻はすんなよ」

 少しばかり意地の悪い笑みを浮かべ、ライナは手を振って行った。


「勇ちゃん、何お話ししてたの?」

 勇人だから勇ちゃん。昔から変わらない呼び名だ。

 春奈が隣に並び、その愛らしい顔をこちらに向けていた。

 見慣れてはいるが、やっぱり可愛い顔つきをしている。


「また春奈に勝てなくて悔しいってさ」

「あはは、伝説の勇者さまの弟子がそう簡単に負けたらお師匠さまに顔向け出来ません」

 すまし顔でそう言う春奈に対して、悪ふざけを口にする。


「その孫の俺は成績10位にも入れてないどころかドべ野郎だけどな」

「勇ちゃんが本気になったら私でも勝てないよ、絶対!」

 困らせてやろうとしたいたずらは上手くいかなかったが、まあ、いいか。

 このネタは飽きられているのかもしれない。ちょっと卑屈だし。


「それに勇ちゃんが10位圏外のおかげで今期は1人勇者になれる人が増えたのです」

 仮にわざとだとしても最下位はやり過ぎだろう。

 俺は祖父さんの孫として勇者資格が確実に貰えることが予め保障されていた。

 ついでにそれは勇者年金だの勇者減税だの様々な特典も約束されている。

 おかげで入校した時から妬み嫉みは凄かった。と言ってもそれが劣等生になった原因では当然ない。


「お前、卒業したらどうすんの?」

「私? 私は……勇ちゃんは?」

「質問を質問で返すな」

 軽く頭を叩いてやると、春奈は目をバッテンにし、その頭を擦った。

 あざといと口悪は言うが、男子も女子もない幼い頃から春奈はこんな感じだ。人付き合いに関しては不器用だし、計算で女子たる者、などとは振舞えないだろう。


「俺は働かなくても特別勇者遺族年金で暮らしていけるからなあ。のんびり暮らすか」

「そっかあ、じゃあ私はそんな勇ちゃんとまったり暮らすよ」

「お前霞でも食って生きていく気か?」

 制度勇者でも、実績がなければ月々の手当は雀の涙程度だ。とてもじゃないが暮らしていけない。

「ひ、酷い。そこは勇ちゃんが養ってよう……」

 相変わらず春奈は俺の嫁になる気満々のようだ。と言いつつ俺もそのつもりだけど。


 そんな雑談をしていると、卒業式場へと辿り着いた。

 講堂の壁には紅白の幕が垂れ下がり、その前に飾られた花が鼻腔をくすぐる。

 立ち並んだ過去の卒業生たちが勇者として佇み、講堂内の空気は引き締まっている。

 三年間世話になった養成校の思い出が浮かび、何とも感慨深い。


「卒業証書授与、並びに勇者資格授与」

 壇上の校長が高らかに宣言し、改めて厳かな雰囲気になる。

 そして今期最優秀者の春奈、それから次席のライナが勇者資格を授与され、三人目の名前が呼ばれようとしたその瞬間、泡を食った副校長が突然壇上に登場した。


「こ、ここ、校長!」

「何だねキミ! 今は神聖な――」

「――王宮よりこんな書簡が!」

 片眉を上げ、校長はその書簡に目を通し、魔石マイクを切るのも忘れ、叫んだ。


「勇者制度廃止だと!?」

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