第4話


 彼らは岩塊の下で、陽光と、そして敵の目から身を隠していた。


 そこは、巨大な洞窟だった。巨大なガノンに開いた入り口に立つだけでは、その奥まで見通すことができない。岩塊の中へと足を踏み入れれば、洞窟であることを感じさせない広さ、天井の高さに驚かされることになる。そしてその奥には、この洞窟が沙海の中で貴重な場所である理由がある。それは、暗がりの下に広がる黒い水面だった。沙海の底から湧き出す泉。この白い死の世界において、命を繋ぐ尊き水だ。


 カラデア兵たちは、皆疲れ果てていた。強大な魔術の行使によって軍が崩壊した後、ウル・ヤークス軍は容赦なく彼らを追い立てた。あの魔術の業火による死者は、全兵力の三割といった所だろう。しかし、それだけで充分だった。一瞬にして、何百人の人間が焔によって焼かれてしまえば、人は原初の恐怖に支配されて戦意を失い、ただ混乱する。軍隊という形を維持することは不可能となったのだ。生き残った者も、我を忘れて逃げ出した。


 デソエまで逃げ延びた者もいるだろう。カラデアより援軍として向かっていた騎兵部隊の生き残りは、デソエの歩兵部隊や輜重部隊の生き残りを連れて、この洞窟まで逃げ延びていた。あの戦いから一夜明けて、生き残った彼らは疲れきった身体を暗闇の中で休めている。大半の兵が怪我を負っていた。


 キエサも例外ではない。褐色の肌をもつ東方出身の傭兵を父に、カラデア人を母にもつ彼は、肌は黒いが顔立ちは東の人々に近い。二十代半ばの若い男だが、その表情に影を落す苦悩の色は、彼を年齢以上に老成しているように見せている。キエサは傷を負った右足を引きずりながら、出口付近に座っている二人に近付く。


「ダカホル、様子はどうですか」


 薄い褐色の長衣を身に着けた、壮年のカラデア人が振り返る。顎鬚をはやし、その左目には黒い石がはまっていた。地面に当てていた手を離すと、握っていた砂を注ぐようにして落とす。


「奴らは今、北に進軍を始めた。このままデソエに向かうつもりだろうな」

「もう再編を終えたのか。素早いな……」


 キエサは顔をしかめた。


「我々とは経験も練度も違いすぎますね」


 カラデア人としては小柄な男、クァテカが溜息をつくとかぶりを振る。デソエの輜重部隊隊長であるクァテカは、巨岩群である『太陽の門』にとどまっていたため魔術の被害にあわずにすんでいた。そしてその後の掃討戦において、命からがら逃げ出すこととなり、キエサと合流したのだった。


「それは最初から分かっていたことだ。だからこそ、その差を埋めるように戦うつもりだった。それが、あんな、出鱈目なことが……」


 キエサは歯噛みすると拳を握った。火に焼かれて苦しむ、あの時の仲間たちの声を忘れることはないだろう。


「敵のことをよく知っておくべきだったということだな」

「本当に、その通りですね。ただ、我々には時間が無かった」


 黒石の守り手であるダカホルの言葉に、キエサは頷いた。


「ルェキア族任せにせずに、もっと東の地の情報を集めておくべきでしたね」

「時すでに遅し、だがな」


 クァテカが言い、ダカホルは呟くように答えた。


「だが、終わっていませんよ。まだ、俺たちは生きてる。出来ることがあるはずだ」


キエサは、ダカホルを睨み付けるようにして言う。


「ああ、そうだな。何ができるのか、俺には分からんが……」


 ダカホルは厳しい表情を浮かべ、顎鬚を撫でた。キエサは頷くと洞窟の中を振り返った。


「幸い、食料も水もある。しばらくここに隠れることはできます。クァテカ、お前が『太陽の門』からうまく兵を撤退させてくれたおかけだ」

「ワアド殿にいつも言われてましたからね。水や食料はお前らの命よりも大事だ。死んでも守れ」


 クァテカはワアドの口調を真似て言う。そのおどけた様子を見て、キエサとダカホルは口元に笑みを浮かべた。


「ワアド殿も、気を揉んでいるだろう。カドアドに、戦況とお前の無事を伝えておいたぞ。ラワナ様もさぞかし心配しているだろうからな」


 ダカホルは、そう言って地面を軽く叩いた。


 キエサの妻であるラワナは、共に戦場へ向かうことを望んだ。キエサはそれを止めたのだが、結果としてその判断は正しかった。自分が生きているのも、ただの幸運でしかない。もう少し遅く駱駝を駆っていれば、あの業火に焼かれていたのかもしれないのだ。


「ラワナにはまだ心配をかけることになりそうですよ」


 キエサは小さく溜息をつくと天井を見上げた。あれからずっと、どうすれば悲劇を回避できたのか、無数の仮定を積み重ねている。時を戻すことはできない。分かっていることだが、思考の迷路から抜け出せそうになかった。


「俺が仲間を死地に連れて行ったんだ……」

「あの時は、皆、好機だと思ったんです。デソエ守備隊も、そう思って『太陽の門』を飛び出したんですよ。そして、俺たちは、後ろから見ていた。それが、あんな事になるなんて……。あんな魔術を使う奴らに勝てるんでしょうか……」

「確かに恐ろしい魔術だったが、あれは、石や矢のように気軽に使える術ではないはずだ」


 ダカホルは、クァテカの嘆きに答えた。


「思い出してみろ。戦場で、翼人が色々と合図をだしていただろう。我々は誘い込まれたんだ。おそらく、準備を整え、敵を待ち構える必要があるんだろうな。一定の土地に仕掛ける類の術なのだろう」

「確かに、そうですね……」


 キエサは、業火に襲われる寸前の戦場を思い出す。あの時、空を舞う翼人たちの出していた様々な合図が、獲物を罠に誘い込んだ報せだと考えれば納得がいく。獲物を追い詰めていたはずが、猟場で狩られる立場だったのは自分たちだったということだ。


「一度かかった罠だ。また引っかかる様な間抜けではないだろう、お前は」


 ダカホルが挑発するような笑みでキエサを指差す。キエサは苦笑すると肩をすくめた。

 

「もちろん、二度目はありませんよ。とはいえ……」


 キエサは振り返る。洞窟の奥にいる兵たちを見やった。


「ここに集まった兵は、鱗の民、輜重部隊合わせておよそ三百人。カラデアに退却するか、討ち死に覚悟でデソエに向かうか……」


 選択肢としてあげたものの、仲間を無駄に死なせる気はなかった。たったこれだけの数でウル・ヤークス軍に挑むのは、砂漠に水を注いで池をつくろうとするようなものだ。


「臆病者としては、今すぐ家に帰りたいところだ」


 ダカホルは、そう言って軽く両手を挙げた。キエサはダカホルを見詰めると言う。


「そうですね。皆を、早く家に返してやりたい。だが、デソエを見捨てるわけにもいかない」

「ふむ。結局は、今、何ができるか、ということだな」


 ダカホルは、小さく溜息をついた。


「お……返事が来たな」


 ダカホルは足下に視線を向ける。キエサとクァテカもそちらを見た。砂が盛り上がり、文字を描き始めている。三人はしばし沈黙してその字を目で追った。


「おお、これはこれは、実に美しい愛の詩だな」


 ダカホルは含み笑いとともにキエサに顔を向ける。送られてきた文章の冒頭が、出征した恋人を想う乙女がうたったという古い詩から始まったからだ。続いて、キエサの身を案じるラワナからの言葉が綴られていた。照れたキエサは、思わず視線をそらす。


「ほう、早速、祭祀さいしの王が援軍を約束してくれたか。心強いな」


 続く砂文すなぶみを読みとりながら、ダカホルは顎鬚を撫でる。


「使者が帰ってきたにしては早いですね」

祭祀さいしの王は魔術の達人だ。我々の思い及ばぬような方法で返答をくれたのだろうな」

「なるほど」


 キエサは頷く。祭祀の王の噂は色々と聞いている。おそらく、魔術的な手段を使ったのだろうとキエサは想像した。


「祭祀の王は、ウル・ヤークスの魔術に対抗するすべを持っていると思いますか?」 


 クァテカの問いに、ダカホルは首を傾げる。


「それは分からんよ。魔術というのは、その教えによってやり方が様々だ。覗き込んでいる真理の深淵はみな同じ、とは言われているが、そこに至る道は無数にある。祭祀の王の知る魔術の道と、ウル・ヤークスの魔術の道がまったく違えば、対抗できないかもしれん」

「そうですか……」


 クァテカは肩を落す。


「黒石の守り手には無理なのですか?」

「我々の使う力も、根源を突き詰めれば同じなんだが、何しろ黒石ありきの力だからな。魔術とは違って、できる事は少ないのだ」


 ダカホルは頭を振った。キエサは凡人だ。黒石の心に触れたこともなく、その癒しの力以上の何かを感じることはできない。ましてや、魔術など理解できるはずがない。しかし、理解しようとしまいと、その力は容赦なく人を殺す。


「キエサ隊長!」


 外で見張りを務めていた兵の一人が、慌てた様子で駆け込んできた。


「どうした?」

「西北からこちらにやってくる一隊があります!」


 兵の報告を聞いたダカホルは、すぐさま地面に手を当てた。


「駱駝ばかり、五百騎はいるな……」

「はい。駱駝騎兵です。目の良い奴が言うには、ルェキア族だと……」

「ルァキア族だと?」


 キエサは、足を引きずりながら洞窟の外に出た。クァテカが気遣う様に傍らを歩く。その後を、ダカホルが続いた。痛む足を庇いながら、岩山を登る。東から昇る太陽が、ガノンを呑み込もうと広がる白い大地をまばゆく照らしていた。頭だけを岩陰から覗かせると、見張りの指す方向に目を凝らした。 


 白塵を連れながらやってくる騎兵部隊の足並みは速い。頭、顔を布で隠し、全身を白や青い長衣で覆った姿は、確かにルェキア族だった。皆、槍や長剣、弓で武装し、駱駝には最低限の荷物しか積んでいない。明らかに隊商ではない一隊だ。


 ルェキア族は交易と遊牧を生業としているが、戦士としても優れている。しかし、その武力は自衛のためか、氏族同士の争いでしか発揮されることはない。傭兵としてカラデアに仕えている者もいるが、それはルェキア族としては例外的な存在だ。彼らは一族で行動することを好み、団結して生業にいそしんでいる。そんな彼らが五百の騎兵として行軍するなど、聞いたことがなかった。


「この洞窟を目指しているんでしょうか」

「ああ。水を補給するつもりだろう」


この洞窟は、カラデア軍人の一部と、ルェキア族だけが知る場所だ。近付きつつある騎兵部隊の目的がこの洞窟の水であろうことは間違いない。問題は、彼がなぜ騎兵部隊として行軍しているのか、ということだ。


「味方か……、敵か……」


 思わず呟く。カドアドから送られてきた砂文すなぶみには、ルェキア族については何も書かれていなかった。利に聡い彼らのことだ。ウル・ヤークスに金で雇われたという事もあり得る。


「ルェキア族がウル・ヤークスについたということですか?」


 問うクァテカの声が、緊張からか震えている。


「分からない。そうではないと信じたいが……」

「ルェキア族とウル・ヤークスは利害が対立するはずだ。そうそう手を組んだりはせんだろう」


 ダカホルが言う。平然とした口調だが、明らかに不安を押し殺そうとしている様子が感じ取れた。


「俺が行く。敵だったときは、すぐに戻って皆に知らせるんだ」


 何か言おうとするクァテカを無視して、キエサは立ち上がった。

 

 岩の上から、近付くルェキア族を見下ろす。大きく息を吸い込むと、口を開いた。


「そこで止まれ!ルェキアの人々よ!!」


 大声で叫ぶ。


 五百の駱駝騎兵は、やや足並みに乱れはあるものの、先頭の男の合図で速度を緩めた。洞窟の屋根である大岩の下で騎兵たちは立ち止まる。


「どこかで聞いたことがある声だと思ったら、キエサじゃねえか!」


 先頭のルェキア族が、キエサを見上げながら叫んだ。


「誰だ?」


 キエサは身を乗り出して声の主を見る。


「俺だ。ワザンデだよ、兄弟よ」


 男は、右から左へ、丁寧に顔を覆う布を下ろす。これは、親愛の情を示すルェキア族の作法であることをキエサは知っていた。そして、あらわになったその顔は、彼がよく知る男のものだった。


「ワザンデ!お前か!」


 ワザンデは、三年前まで、傭兵としてカラデアにいた。キエサとはその頃に知り合ったのだった。交易を手伝うために一族の元に帰って行ったのだが、こんな所で出会うとは思いもしなかった。


 キエサは、何とか岩山から下りると、ルァキア族の前に立った。ワザンデは駱駝から下りると、笑顔でキエサを抱擁する。


「久しぶりだな、兄弟よ。カラデア守備隊のお前が、どうしてこんな所にいるんだ?」

「それはこっちが聞きたいな。ルェキア族がこんな大勢で騎兵部隊を編成するなんて聞いたことがないぞ」


 キエサはワザンデからルェキア族の騎兵部隊に視線を移す。


「ウル・ヤークスが侵攻してきたからな。デハネウの旦那が主だった氏族長を説得して、援軍を編成したんだ。それで、俺が隊長をやることになったわけだ」


 ワザンデは胸を張ると笑顔で答えた。

 

「ここで水を補給してデソエに向かうつもりだったが、カラデアの守備隊も援軍に向かう所なのか?」

「いや、戦に負けて、ここまで逃げ延びた所だ」


 かぶりを振るキエサに、ワザンデは驚きの表情を浮かべた。


「なんだと?早く決着が付きすぎじゃねえか?」

「ああ。奴らは強かった。それに、恐ろしい魔術を使う。それによって、俺たちは散り散りになってしまった」

「てことは、デソエは陥ちたのか?」

「いや、それは……、これからだろう」


 キエサはそう言って顔を歪めた。


「そうか、そりゃ、まずいな……」


 ワザンデは顎に手を当てると、首を傾げる。

 

「すまん。氏族をまとめて援軍にきてくれたというのに」

「お前が謝ることじゃねえよ。負けちまったもの仕方がねえ。それよりも、これからどうするか、だ。だろ?」

「ああ、そうだな」


 鼻を鳴らすワザンデに、キエサは頷いた。


「それよりも、いつまでここで足止めする気だ?とりあえず、水でも飲ませてくれよ」

 

 ワザンデに肩を叩いて促されて、彼らを洞窟へ先導した。


 突然現れた大勢のルェキア族に、兵達が驚いている。キエサはその先頭に立って自らの存在を誇示すると、大きく両手を広げた。


「皆、ルェキア族の勇士たちが、援軍に駆けつけてくれたぞ!」


 キエサが雄叫びのように声を張り上げた。洞窟の中で、彼の声が反響する。兵達の戸惑いの表情が転じて、喜びの歓声を上げた。


「肝を冷やしましたよ。彼らが味方でよかった」


 クァテカがキエサに歩み寄ると声をかけた。キエサはクァテカに顔を向ける。


「クァテカ、酒を皆に、ルェキア族にも振舞ってくれ。残り少ないはずだから、ここで使い切っても構わない。あと、食い物もだ。食い物は、一食分だけ出してくれ」

「急にどうしたんですか?」

「やることが……、仕事ができたんだよ」


 キエサは笑みを浮かべる。


「ルェキア族と打って出るつもりか?」


 傍らに立ったダカホルが聞く。キエサは頷いた。それを見て、ダカホルは顔をしかめる。


「いくらルェキア族が勇猛だとしても、たかだか五百だ。兵力の差は大きいぞ」

「分かってます。正面からぶつかって勝とうとは思っていません。悔しいですが、それは現実です。だが、無傷では行かせない。奴らには、沙海を歩くには血を支払う必要があることを教えてやる」


 キエサは厳しい表情で言う。ダカホルは溜息をつくと、かぶりを振った。

 

「だが、すぐにここを出ることはできんな。これから、この一帯をワゼが吹き抜ける」

「砂から聞いたのですか?」

「そうだ。砂がざわついている。南から北へと吹く、かなり大きなワゼだ」


 沙海では、砂嵐とは異なる、一定の方向へ短い時間だけ吹き付ける強い風がある。人が立っていられないようなこの烈風を、カラデア人とルェキア族はワゼと呼んでいた。


 キエサはそれを聞いてしばらく沈黙していたが、おもむろに口を開いた。


「だとしたら、好都合だ。俺たちは、ワゼの後を追えばいい」


 ダカホルは、呆気にとられた表情を浮かべた。


「お前、ゲンネの盗人にでもなるつもりか?」


 それは、カラデアに伝わる昔話だ。砂嵐にまぎれた盗賊が、富豪の宝を盗み出してしまうという物語だった。


「はい。大きなワゼに出くわせば、奴らは必ず足を止める。そこを襲います。できるだけ暴れて、奴らに代価を支払わせてやる」

「皆を連れて死ぬつもりなのか」


 ダカホルはキエサの肩を掴むと、黒い瞳と光る黒石の双眸で見詰めた。


「死にませんよ。子供たちとラワナを置いて死ぬ気はありません。俺たちは、これから死の影になる。月光に照らされて、奴らは毎晩自分の影に怯えるようになるんだ」


 キエサは、自らの肩を掴むダカホルの手首を握る。そして、ダカホルの双眸を覗き込むようにして見た。


「ダカホル。あなたにも付き合ってもらう。申し訳ないが、しばらく家には帰れません」


 ダカホルは、口元を歪めると頷いた。


「分かったよ、隊長殿。だが、あまり無茶なことをさせるなよ。身体がついていかんからな」

「いや、残念ながら、息が絶え絶えになるまで働いてもらいますよ」


 キエサは握った手を離す。ダカホルも、舌打ちしながらキエサの肩から手を離した。


「年寄りを労わらん奴だな」

「まだ老け込むような年でもないでしょう?」


 そう言って笑みを見せる。


「楽しそうな話をしてるな、俺も混ぜろよ」


 こちらにやって来たワザンデが、キエサとダカホルの顔を見やる。

 

「ワザンデ。少し休んだらすぐに出発したい。ルェキアの騎兵部隊も行けるか?」


 キエサの問いにワザンデは頷いた。


「そりゃあ、こっちは水を補給したらすぐに発つつもりだったからな。構わねえぞ。どこに行くつもりだ?」

「ワゼの後を追って、ウル・ヤークスの背後を衝く」


 キエサの言葉を聞いた瞬間、ワザンデは白い歯を見せて笑った。


「たとえ勇士であろうとも、毛布にまぎれた蠍に刺される」


 ワザンデはルェキア族の格言を言う。不意打ちや罠の危険を警告する言葉だ。


「そういうことだ。奴らは俺たちを焼き払って散々追い立てて満足している。次の獲物までもうすぐだ。後ろから刺されるなんて思っちゃいない」

「よし、すぐに準備をする。ルェキア騎兵は、お前に従うよ」

「ありがとう」

 

 ワザンデはキエサの肩を軽く叩くと、仲間たちのもとへ向かった。


「さて、俺たちも準備しないとな」


 キエサの視線に、クァテカが頷いて見せる。疲れきった男たちを叩き起こして、兵士に戻さなければならない。


「騎兵だけでいく。歩兵や、怪我の酷い者はここで待機だ」

「はい。食事もすぐに用意させます」 

「頼む」


 洞窟の外から届く風が吹き付ける音がにわかに大きくなった。


「来たな……」


 入り口から空を見上げる。青空が紗をかけたように霞み始めた。


 この烈風が通り過ぎた時、本当の戦いが始まる。キエサは、無意識のうちに拳を固く握り締めていた。

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