牡羊座でもない俺が牡羊座の少女と契約はじめました

後期高齢者

第1話 不運な高校生

「あなたの願いは…何?」

暗闇の道端で少女が俺に問う。


俺は思わず喉を鳴らす。

少女の髪は、月光に照らされて。白い髪が風に沿って靡(なび)く。


「俺は…」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「あーもう。また今日も遅刻だよ。」

俺は慌てて玄関を出る。

支度も疎かにして家を出てしまった為、制服のカッターシャツのボタンも閉めていないし、寝癖もついたままだ。


(かあちゃんも起こしてくれりゃあいいのに。)

そう思いながら通学路を直向きに走った。



(グチュッ)

「うっわ~嫌な予感したぞ?この効果音。何だ?」

走っている途中に右足で何か踏んだようだ。

恐る恐る右足の裏から聞こえた効果音の原因を突き止める。


「犬のフン…かよ。ふざけんな。飼い主仕事しろや。5月に入ってまだ1週間しか経ってねえのにもう3度目だぞ?ついてねぇなあ…」


俺こと…禍々見 亜月(かがみ あつき)は…所謂『不運』の象徴だ。


犬も歩けば棒にあたる

猿も木から落ちる


そんな諺のように犬にも猿にも不運があるが、俺にはそれが常に降りかかる。


そろそろ俺は考えた。

(あらゆる不運の数々は、その殆どが俺が受け持っていると。周りの人間は俺に感謝をして欲しい)と。そう考えた。


登校中に出くわすカップル。

パチンコや競馬で儲ける奴等。

授業中での当てられない奴等。

くじ引きで当番を決めるときの当番にならない奴等。


こいつらの幸運は、俺が不運の分を受け持っているのに過ぎない。それくらい不運を総なめにしていた。


そして、遅刻寸前のチャイムで俺は教室に滑り込みセーフした。


登校中は犬のフンを踏む他に、道路脇の側溝へ踏み外し、変な髪の色をした小学生に交差点でぶつかり、挙げ句の果て学校の玄関で靴を換えようとしたら上履きが無かった。

(今は職員室からスリッパを借りている)


今日も安定の不運続きだった。


「先生ぇ、コイツいつも遅刻ギリギリで入ってきてうざいんですけどぉ。何か言ってやってくれませんかねぇぇ?」

俺が教室にスライディングして生還した瞬間神崎一(かんざきはじめ)というクラスメイトが抗議した。

金髪のトゲトゲ頭で制服ははだけていて尚且つズボンの裾は下げすぎてボロボロだ。


「お早うございます。禍々見くん、もう少し早く来ようね。みんなにも迷惑掛けちゃうから。」そう先生は言う。


「あ、はい。すいません。」

俺はそう言いつつ教室の右後ろのドアを閉めながら言った。


「遅刻ギリギリの禍々見くんのお出ましだよぉ。上履きも履かずにどうしたのぉ?」

俺を煽るように教室の真ん中の列の1番後ろの席から俺の居るドアの方向に顔を向け言ってきた。


(どうせお前が上履き隠したんだろ?やることが中学生かよ。)そう思いながら、神崎の話す言葉など聞こえてないように自分の席である教室の1番左の1番後ろの席に座った。


「おいおい、無視かよぉ。連れねえなぁ。お前みたいな分際が無視してんじゃねぇよ。お前は奴隷が1番お似合いだぜ。」


(そしたらお前は奴隷以下の家畜だ。)

そう思いつつも

DQNなので、俺はスルーした。

知らない。なんか頭が狂ってそうなので関わりたく無かった。


俺はこの神崎という男にいじめを受けている。まぁ俺は余り苦ではないが…


上履きを隠されたり

机や椅子が無かったり

提出物を出したら、俺の分だけ捨てられたり



やること全てが中学生のような単細胞には、俺は気にもしなかった。


そのため俺は神崎とはウマが合わなかった。



ときどき神崎に対して「うざっ」とか言うと、教室で暴れ散らかすことがあった。そうなれば他のクラスメイトに迷惑なので、俺はそんな相手はしないように努めている。


このような男と会ってしまったのも不運の1つかもしれないと考えている。


「おはよう禍々見くん。」

にこやかに俺の方に挨拶してくれたのは右隣の席の古川結衣(ふるかわゆい)だ。


少し赤みがかった髪はポニーテールとなって纏っていて、瞳はつぶらでとてもかわいい。


不幸中の幸とも言える奇跡のお方だ。


「あ、うんおはよう古川さん。」


古川さんを見ていると不幸なんて忘れてしまった。もちろん神崎の事なんて全く知らない。


そう返してカバンを開き、1時間目の授業の用意をしようとすると…


(…カバン…まちがえた…)

「ついてねぇなあ」

ついつい気持ちが言葉となって出てしまう。


家から慌てて出てきた時に私服の時に使っているカバンを持ってきてしまった。

気づかない方も気づかない方だが不運過ぎた。


学校では気まずい空気を漂わせながら授業を受けた。

何としてでも当たらないように全力で見を潜めた。


結局、今日は5回当たった。

「ついてねぇなあ、まったく。」

そう漏らしながら今日の全ての授業をこなした。下駄箱にはスリッパと自分の靴を入れ替え、そそくさと退散した。


そして下校途中にマルデナルドに寄ってハンバーガーで気を休めることにした。


「あのーお客様?お客様?」

誰かが呼ぶ


(むにゃむにゃ、あれ?)


「お客様、他のお客様にご迷惑になりますので、睡眠を取られるのはご遠慮ください。」

声の正体はマルデナルドの店員だった。


「あ、ごめんなさい。ついつい寝てしまいました。」

そういいつつ店内の時計を見てみると20時を回っていた。ざっと3時間ほど滞在していた。


(ついてねぇなあ、店内で普通に爆睡とか見たことねぇよ)


すぐに片付けて通学路から家まで戻った。


夜の道…街灯も少なく、道を照らすのは月明かり。そんな暗くなってしまった夜道を足早に歩いた。


と、その時

「おい!!」

誰かが怒鳴り散らした。

恐る恐る後ろを振り返るも…誰も居ない。


(どこだ?)

そう思っていた矢先…


「お前舐めてんのか?」

また怒声が聞こえた。前方の方からだ。


俺は道の左側にある壁を伝いながら、前方の空き地へと向かった。


壁の途切れた先…あき地で怒声が聞こえたと思ったので、途切れの壁際から左目だけを覗かせる。


すると、そこにはヤンキー風の男2人が誰かに向かって怒鳴っていた。


その被害者は?


暗くて見づらい。

しかし、俺の目に飛び込んできたのは

朝、変な髪の色をした小学生くらいの女の子…と髪の色が同じ白だ。


あのような色の小学生は、そうそう居ない。


その子がヤンキーに…こんな時間に絡まれていた。


(なにやってるんだ。危ないじゃないか、こんな時間に。)


俺は、迷っていた。助けに行くべきか…このまま他人として通り抜けるか…


助けに行けば、確実にボコボコ…

スルーすれば罪悪感に苛まれる…


(なんだよ、この不運しかない選択肢…)

「ついてねぇなあ」

俺はそう言って、震える足と高鳴る心臓の鼓動を深呼吸でどうにか抑える。


そして、俺が選択したのは…

助ける選択肢だった。


「待ってくれ!お兄さん達!その子は俺の妹なんだ!殴るなら俺にしてくれ!」


嘘ハッタリを、大声で叫びながらあき地の入り口から奥のベンチまで駆け寄っていった。


「あ?なんだ、コイツ。」


俺は、ちびりそうになりながら少女を抱えた。やっぱり今日の朝ぶつかってしまった女の子だった。


「すいません。僕の妹なので…殴るなら僕を殴ってくれ。」


少女を自分の後ろに回して抱え、そう叫んだ。


「あっはっは。こいつの妹だってよ、生意気だよなあ、ほんと。まとめてボコります?」

左側にいる黒髪丸坊主のガタイのいい男が右の男に話す。


「…この子…じゃなくて、妹が何したんですか?悪いことしたなら謝ります。」


「あ?あぁ、こいつはこの暗がりの中1人で歩いてたから、俺らが声変えてやったんだ。そしたら、いきなり君たちには用は無いので関わらないでください…なんて舐めた口ききやがったんだ。」


「何も悪いことして無いじゃ無いか!何でこんな事するだ?」


「おめぇも舐めた口聞いてっと、ボッコボコにしてやるからな?」

丸坊主の男は、そう威嚇した。


そして右側に居た黒髪ロングの細身の奴が徐(おもむ)ろにナイフのようなものを出してきた。


自分でもこの後何が起きるか想像できた。

そのためビビってしまった足に喝を入れ、とっさに少女をお姫様だっこの状態で立ち上がった。


男が徐々に近づいてくる。


「ま…まさか…それで刺す…んじゃ無いだろうな?」

俺は少しずつ壁際まで後ずさる。


そして男は、ようやくその重い口を開けた。

「俺たちに舐めた口を聞いた、ほんのちょっとの罰だ。動くと変なところに刺さっちゃうから、動かないでね。」


暗い声が冷たく耳に届く。


(ほんと俺ってついてねぇよなあ…

こんなことになるなんて…不運にも程があるだろ。それにしても、何もしてないのに刃物突きつけてくるとかDQN中のDQNだな。)


そう呆れ半分思った。


そして覚悟を決めた。


両手を少女を抱えるために使用していたが、少女を足だけ地面につかせ、左手は少女の首元の後ろに回す。


近づく男…後ろは壁で逃げられない…


2メートルくらいまで近くなった距離…


途端

俺は右手に握っていた砂を、男の顔めがけて全力投球した。


150キロくらいの球を投げるくらいの勢いで

目を潰す勢いで

肩が外れる勢いで


思いっきり投げつけて、すぐ少女の膝下に右手を回し担いでにげた。


「痛ってぇぇ…クッソ。どこ行った?許さねぇ…追うぞ。」


男2人は、思いっきり追ってきた。


少女を抱えた、か弱い男子高校生。

中学まで野球をやっていたにしろ、1年半もブランクがあっては衰えている。そんな足をひたすら動かした。


しかし

無情にも距離は縮められていく。


「くっそぉ、これじゃあ追いつかれちまう。」


俺はもう酸欠になりかけだ。

足も、いつ縺(もつ)れるか分からない。


そんな…半ば諦めかけていたその時…


少女が口を開いた。


「あなたの願いは…何?」

か細く消えてしまいそうな声。

注意深く聞いていないと聞きそびれてしまいそうな声。


俺はその問いを聞いた瞬間、時間が遅く流れているような錯覚に陥った。


少女のスカイブルーの瞳。

月光に照らされる白い髪。

消えてしまいそうな声。


俺は考えることなどしなかった。

だって…俺には、その『願い』しかない。

俺は大きく叫んだ。

「幸せになりたい」と。







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