指輪

若狭屋 真夏(九代目)

第1話 むし除け

 川西真琴の細い薬指には小さなダイヤモンドの入った指輪がしてあった。

「永遠の愛」を誓ったというわけではない。しかし時折「ダイヤモンド」は輝く。

真琴の仕事は「書店店員」つまりは本屋さんで働いている。

本の「紙のにおい」と「インキの香り」それが好きだった。

仮にである、本の神様という存在がいたとする。

神様は時々いたずらをする。

「男女が同じ本を取ろうとして、手と手が触れ合う」なんてのは使い古された設定だが、時に本は「磁石」のように人をくっつける。

そして「恋」が始まる。

まさしく「いたずら」なのだ。

そんな本の仕事がしたいと大学では日本文学を専攻し、出版社をうけたが「けんもほろろ」に不合格の通知が届いた。

しかたなくといっては失礼だがこの「黒猫堂」という本屋に採用された。

「最近の本には不得手でね。代わりに「ポップ」を書いてくれないかな?女の子が書いてくれた方がお客さんが喜ぶんでね。」と副店長が言う。「ポップ」とはいわゆる広告でよく本屋さんに行くと書店員の「本」の感想が書かれているものだ。

この店の店長は文字通り「黒猫」だ。名前を「モフ」という。

「店長」はたまにきて横になったり、あくびをしたりしている。

いわゆる「町の本屋さん」なのだが間口はせまいが奥行きが広い。

雑誌から哲学書。天文学。古地図、古文書等々を扱っており、お客さんが込み合っている。近くに大学があるため学生や。教職員が集まる。

店の奥に小さな階段があってそこを上がると「黒猫亭」というカフェがある。

まるで「魔法の部屋」みたいな、ロマンチックな雑貨が置いてある。そして女子の店員の制服が可愛い、と評判で男子学生だけではなくアルバイト希望の女子学生も多い。

大学教授なんかもたまに本を読みふけっているときがある。

ここの店長も「モフ」である。

「モフ」は両方の店を行き来し、「接客」をしたり、「面接」に来たアルバイト募集の女子学生に「かわい~~」となでられてご満悦する。

真琴の面接にも「モフ」はいた。

たまに店長は「デート」に出かける。

旦那は野良ネコの「トム」。

「トム」と店長の間には三匹の子供がいた。その子たちはまだ店には来ない。

「うちは、「店長の方針で」社内恋愛自由だから。。」と副店長は煙草をふかした。

街をあるいていると「ここの店って経営大丈夫?」みたいに余計な心配をしてしまう店があるが、(金物屋など)まさしくこの店「それ」だった。

真琴は半年間アルバイトという形で入社して、その後「営業部長」になった。

部長といっても部下がいるわけではない。

まあ「アルバイトの管理」と「ポップ作り」がメインの仕事で、あとは読書していた。この会社では一つの「掟」がある。「月に一冊、本を読む」がそれにあたる。

漫画でも雑誌でもよかった。とりあえず本を読む。これだけはまもると「店長」の前で誓う。報告義務なんてものはなかった。

副店長はいつも煙草を吸いながら「漱石」の小説を読んでいるが、なかなかのやり手と書店界では噂だ。「一代でこの黒猫ビルを建てた」立志伝中の人である。

ほかにもビルを持っているらしいが、噂に過ぎない。

さて「真琴の話」の戻そう。

 冒頭に「いたずら」と書いたが真琴が指輪をしていたのは、「男性からの告白」予防、つまりは「むし除け」だった。

黒猫堂に入社してから「10年は恋愛しない」と誓った。

「勉強しなければいけない」事が多すぎたのだ。

「営業部長」としてアルバイトのシフト管理。そしてアルバイトの恋愛相談、進路相談等がありすぎた。

営業部長に「昇進」した日、副店長は真の机に大きな封筒を置いた。

「アルバイトさんたちのシフトの管理、お願いします。詳しいことは中に書いてあるから。。。」

「え」っと戸惑う真琴の後ろで「にゃ~」とモフが鳴いた。

「あなたなら大丈夫って、店長が。」

「あと、バイトさんたちの恋愛相談なんかにも乗ってあげてね。こうゆうのも大事だよ」と副店長は去った。

おかげで「本」が一冊できるほどの「模擬恋愛」を経験した。

自分の恋愛は、というと。。。。皆無であった。

しかし、美しい真琴を世の男性がほっておくわけがない。

告白なんてしょっちゅうだった。

手紙を渡されるなんてのは月に9回ほどあった。一度だけ顔を真っ赤にした学生が「バラの花束」をもって立っていた。なんてこともあった。

「今は仕事の事しか考えられない」というのが真琴の「本心」だった

そして真琴の「仕事」の結果として4組の学生カップルが誕生した。

副店長は喜んで真琴にボーナスをわたす。

次第に「経営」の事などを副店長は教えてくれた。

「世代交代ももうすぐかな?」といって副店長が頭を掻いた。

そう期待されたら真琴も裏切ることが出来ない。ますます仕事に身が入り、仕事の内容も深くなってゆく。

ますます恋愛が遠のく。

それだったら、、と思った真琴は「思い切って」ボーナスで「指輪」を買って薬指にはめた。

「恋愛」を封印する。そういった決意が「指輪」にはあった。

そして「事件」が発生する。

皆いまだにそれを知るものはない。おそらく店長も。。。

モフは大きくあくびをした。





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