第一夜 しとどの晴天 前編
不思議な話をしたいと思います。
この街には、よく雨が降ります。
まだ「ゲリラ豪雨」だとかいう単語が出来るずっと前からですね、どこからか、モクモクと黒い雲が湧いてきまして、そンで、あっちゅうまにバケツをひっくり返したような雨が降るんです。
いちばん多いのは、夜も更けた丑三つ時。
これだけなら、ただの土地柄って感じでしゃろ? 違うんです。
ここらって、ほら、盆地やないですか。こう……ぐるう~っと山があって、ぽっかり穴が開いている。お
……この雨はね、この街にしか降らないんです。丑三つ時になると、街の上にだけ、すっぽり
あ、待って待って。まだあるんですから。
この街の子供はね、必ず「クモジ」にあうんです。
クモジって何かって? ……子供のおばけですよ。
そいつは夜にしか現れません。「クモジ」が言うには……ああ、そいつ喋るんですよ。いや、ぼくも、クモジと話したのは一度っきりですけどね。ははは。
……でも、ちゃんと本人に聞いたんですよ?
曰く……「クモジ」は、普段は人間なんだそうで。夜にだけ、おばけになるんです。え? その時のお話を聞きたい? ……しっかたないなぁ。ま、酒の席でのことですし、こういう話ってのは
……実を言うと、ぼくが出会ったクモジは、同級生なんです。いや……同級生がクモジだったのか。
中学です。そう。
ぼくは、そこの……ほら、川沿いに、
そいつは、ちゃんと人間の名前を名乗っとりましたよ。ナンだったかな……ナナシ、とか、そういう名前だった。
名前は忘れてしまいましたけど、ちびで色白で、でっかい目をしていてね。人気者でしたね。ほら、クラスに一人はいる、やたらと声の大きいやつ。いつもピョンピョン跳ねるみたいに駆け回って、女の子とも仲が良かったっけなあ。
そう……「クウちゃん」と呼ばれてました。
クウちゃんはクラスのお調子者で、末っ子気質。何かといえば「クウちゃーん」なんて、教室のあっちこっちに呼ばれて行って、チヤホヤされちゃって。みんなより頭一つ小さいモンだから、可愛かったですよ。でも意外と鋭いことも言ったりして、一目置かれていたところもあると思います。
ある時……部活が無かったから、テスト週間だったのかな。
学友とクウちゃんを交えて、夕方まで居残りしていたんですよ。
お喋りしていたらねえ、キンコーンって、四時の鐘が鳴ってね。そうすると、今しがたまで会話していた声が一つ足りないことに気付くんです。
学校が終わると、四時には学校から消えてるんです。そう、パッタリと。日が暮れるころには、お喋りしていたはずなのに消えている。放課後、仲のいい誰かと帰ったり、遊んだりしているってわけでもない。
ぼくは不思議に思うより先に、腹が立ちましてね。だって、薄情じゃあありませんか。一言も無く、先に帰るなんて。
友達には、「きにすんな」って言われましたよ。
……仲のいい連中はみんな慣れたもんで、「ああ、あいつ帰ったんだな」とまあ、こんな感じなんです。
ぼくには、モヤモヤしたもんが残りましてね。
ぼく、陸上部で100メートルの走者だったんですけど、陸上部の短距離走者のメンバーって、校門の手前にあるグラウンドの一角で、ライン引いて練習するんです。練習しながら校門がよく見えるんですよ。
校門は、裏門と、グラウンド側のこの表門と、二つあるんですが、裏門って呼ばれてるほうは、車や業者の
だから、帰るとなると必ずこの表門を……ぼくの前を通るはずなんですね。
ぼく、クウちゃんが帰っとるところを見たことが無かった。こうなると、意地でも変える姿を見てやろうと思いました。
陸上部の男なんて、着替えはそこらの校舎の陰ですわ。心なし急いで、パーッと階段を下りて、着替えて、グラウンドに出るころには、まだ他の生徒は教室で
そうして注意して一週間……二週間……見てみましたけれど、やっぱりクウちゃんが帰っとるところは見かけないんです。
おかしいでしょう?
でも、本人に聞くのは
その年で、もう学校が無くなるゆうんは決まっとったんで、「最後に何かしようか」いうことになりました。なんせ最後の三年生ですから、華々しく学び
そこで「学校の歴史」をテーマに、発表会をしよう、となりました。
ぼくらのクラスは、歴代の卒業生の写真を使って、「卒業アルバム」を作ったんです。集合写真の顔だけ切り取ってね、大きな
保管されとった古いネガを使って、新しく写真屋さんにお願いして、山のような顔写真が段ボールいっぱい、上がってきました。
これを分類して並べる、張る……それだけでも、たいへんなことでしてね。
作業中、ぼくは「アレッ」となりました。
オンナジ名前があるんです。
例えば……第12期生と、第32期生に、同じ名前があるんです。ついでに37期生にも。……ぼくら第48期生にも。
クウちゃんの名前が、リストにいくつも載っているんです。
……最初はね、偶然やないかとも思ったんです。たまたま、この地域に多い名前なのかもしらん、ってね。でも、リストと写真を並べて息が止まりました。
オンナジ顔ですよ。
男だったり、女だったり……でも、判子を押したようにオンナジ顔。色が白くて、ぐりぐり大きな目をしてて、口をニイッと大きく開いて笑っている……見慣れたクウちゃんの顔です。
どうやら気づいているのは、このぼくだけらしかった。そうなると、指摘もできなくって。
誰ンも言えなくって、ナンだかんだ卒業の日になりました。全校生徒、100人あまりの卒業式は、つつがなく終わって次の日です。
出来るやつだけ学校に来て、掃除をすることになっとりました。
べたべた張り付けた
カーテンの取り外された窓から、黄色い西日が教室に差して、桃色の
キンコーンとチャイムが鳴ったんです。最後に気を利かせて、先生が鳴らしてくれたんですね。
ふわっと、窓の外に、白いものが見えました。
……こう言うと、美しい光景でしょう? でもぼくは、総毛だって立ち上がりました。……ゴロン、ゴロン、ゴロン……外で太鼓のような音がします。雷でした。何かが『来た』……ぼくはそう思ったんです。
背後から声がしました。ナンて言ったのか、聞き取れませんでした。
扉はぴっちり閉めてありました。開いていたのは、窓だけです。ちょっと目を離していた間に、東の空からどす黒い雲が湧いてきていました。
振り返ったそこに、白い着物が見えました。
ぼくはそこで、『
……え? 話はそこで終わりかって。
ええ、これで終わりです。何を話したか? それは言えませんよ。約束ですからね。
言ったでしょう? この街の子供は、一度は雲児に逢うって。
雲児に逢った子供は、必ず大人になれるんだそうで。
だからとても縁起の良いものなんですよ。でもそン代わり、こいつと話したことは秘密なんです。話せるのは、約束が果たされて大人になってから、雲児に逢ったことがあるやつにだけ……。
ぼくはね、きみに話しかけてみてピーンときた。
あなたも雲児に逢ったことがあると見た。違いますか?
え? 違う?
あれ。違ったかあ。
……え? なんです。そりゃあ面白そう。
じゃあ次は、あなたの話を聞くとしましょうか。
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