第11話 アイスと謎はとけていく。♯2

 実結みゆいは表情を一瞬にして曇らせた。


 時計が示す時刻は午後五時。


 そもそも約束は午後四時だった。


 今日は平日だけど、ホテルに勤務する彼は平日こそが休みで、イレギュラーではあったけれど、今日は彼にとっての休日だった。


 それを知っているから、ワタシは彼をデートに誘った。最近家で会うことはあっても、外でショッピングとか、食事とか、恋人らしいことを彼が疎かにしているように感じてきていたからだ。


 それを実結に話すと、彼女は躰を縮こまらせて悲しそうに俯いた。


「――それなのにだよ、あいつ『別に良いけど、人と会う用事があるから夕方からでいい?』とか返してきたわけ。どう思う? 久しぶりのデートなのにだよ」


「それは……気になりますね」


「だから、人と会うって言って、昼間に他の女と会ってんじゃないかなって疑ってんの。だってさ、他に理由なくない? 毎日会ってるならまだしも、お互いにそんなに会えてないのに、彼女からのデートの誘いをそこまで雑に流せる?」


「お、お仕事関係、とか」


「ない。だったら仕事って言うでしょ」


 実結は悲しそうな顔をした。まるで自分が浮気されたように。


 ワタシは、はっとした。


 そうか。彼女は他人の幸せを自分の幸せのように感じることのできる子だ。


 それは裏を返せば、他人の不幸や痛みまで感じ取ってしまうことになる。良いところだけを受け取れるような便利なものでもないだろう。


 感受性が豊かと言うと聞こえは良いけれど、心の波が他人の感情によって大きく揺さぶられるということは、荒れに荒れた海の上を漂い続ける船に乗っているようなもの。酔って疲れてさぞ大変だろう。


 それなのに。


「相談に乗ります。わたしでよければ」


 彼女は、とても優しい人だから。


「麻衣ちゃんが悩んでいるのなら、わたしは力になりたいのです。わたしは、幸せが好きです。その幸せは、決して一人では得られないもの。麻衣ちゃんが彼氏さんと多くの幸せを感じて来たこと、何度も話に聞いています。だから、わたしはその幸せを守りたい」


 他人の幸せを願う人だから。


「もし、その悩みが解決出来るものであるなら、わたしはそれを、解決してあげたいのです」


「実結……」


「わがままです。自分勝手です。恩着せがましいかもしれません。でも……」


 誰かの幸せの為に何かをせずにはいられない。


 そんな子だから、彼女は万引き犯に間違われたカップルを助けてしまう。


 きっかけらしいきっかけなんてなくとも、ワタシは彼女と友達でいる。そんな彼女の素敵なところを、知ることが出来たから。


「ありがと。じゃあ、お願いしてもいいかな」


 実結はパァっと明るい顔をする。


「……はい!」



   ○



「最近もこんなことがあったの」


 ワタシはスマホのメール画面を開きながら言った。


「去年くらいまでは仕事終わりでも会ってくれてたのに、最近は『買い物してから帰るから遅くなる』とか、訳わかんない理由つけて断って来るわけ。先月もさ、今日と同じ日だったんだけど、デートに誘ったの。オッケーはしてくれたんだよ。でも、今日と同じでまた遅れて来た。確か二時間遅れ。今日みたいな時間だった」


「その理由というのはお訊きにならなかったんですか?」


「訊いたよ? でも、はぐらかされた。人と会ってただけだから、いいじゃないかそんなこと……とかそんな感じで」


 実結は「そうですか」と言いながら、徐に立ち上がった。


「どうしたの」


「すみません。もう一つアイス買ってきます」


 と、まさかのおかわり。


「麻衣ちゃんもどうですか」


「いや。いいや。お腹壊しちゃうし」


「そうですか」


 と、しょんぼりしながら買ってきたアイスはバニラとチョコチップ。ここまで短時間で「まさか」という言葉を続けたことはないけど、あえて重ねる。まさかのダブルだった。もう一つ、はもう二つだった。


「まじで?」

「はい。まじです」



 きりっとした表情だった。


「アイスの力を借りようかと思いまして」


「アイスの力?」とは何ぞや。


 実結はパクパクと食べ進める。チョコチップはあっという間になくなった。


「聞いていた彼氏さんのお話からは、浮気されるような方との印象はないのです」


「そりゃあ、ワタシにもそんなのないし」


「では、何故浮気を疑うようになったのですか? 会えない時間が増えたというのは、ただ予定が合わなくなっただけとも考えられます。わたしは経験がないので分かりませんが、すぐさま不貞行為に及んだと考えるのは、やや拙速のような気がしないでもないのです」


 実結が言うことは、分かる。


 なんでもかんでも浮気だなんだというのも、そこに結び付けしまう自分自身の思考も好きではないし、そうあるべきではないとも思う。


 でも、疑念を抱いてしまうだけの理由は、不本意ながらワタシの中にはあった。


「彼はね、毎週、火曜日と水曜日が休みなの」


「え、ですが……」


「そゆこと。今日は月曜日。本来だったら仕事の日なのに、彼、明日の休みを一日ずらしたの。おかしくない? わざわざ休みの日を変えてまで人に会うって」


「確かに……普通でしたら仕事はなにより優先されますね」


 そしてもう一つ。


 ワタシは今日、八月二十九日――先月と同じ日付に休みを取った。


 それは彼が、何故か先月も同じ日付に休みを取っていて、その日、約束していた筈のワタシとのデートに遅刻したからだ。


「待ってください。それは、先月にも同じことが言えませんか」


 実結は目聡く、そこに気付いたようだった。


「そうなんだよ。先月の二十九日は金曜日。金曜日も本来なら仕事。なのに休みを取ってた。その日なんて、シフトいじるとかそういうことじゃなくて、有給まで取ってたらしくてさ。そこまでして会いたい人なんて女以外なくない?

 そんなことがあったから、怪しいなって思って、今日もデートに誘ったの。特定の日付に休みっていう会社もあるし、そういう所で働いてる相手なのかも、って。わざわざ二十九日を二ヶ月続けて休むなんて、この日を怪しんでくださいって言ってるようなもんじゃん」


 実結はいつの間にかバニラ味のアイスをたいらげていた。食べることに集中しているというよりは、話に集中している間になくなっていた、というような様子で、アイスが空になったことに驚いている。


 もう一つ買おうとしているのか、背後のアイス屋さんをチラチラ見ながら、


「ちなみに、その二十九日という日付自体に、何か心当たりは」と実結は訊ねて来た。


「ない。……ただ、彼にとって何かがあるのは確か」


 ここまで来たら全て話してしまおう。そう思った。実結は彼の浮気を疑っていないようだし、ワタシだってそうでなければどれだけ安心出来るか。光明があるなら、解決を見たい。


「先々月、つまり六月」


「六月の二十九日は水曜日。彼氏さんはお休みですね」


「そ。でも、デートはしなかった。誘ったけど、疲れてるから午前中だけにしてくれって言われてさ、ちょっとイラっときて。少し喧嘩した。まあでもその後反省して、そんなに疲れてるならご飯でも作ってあげようかなって、夕方頃にサプライズで家に行ったわけ。そしたら、電気は消えてるし、チャイム鳴らしても出てこないし、何処かに出掛けてたっぽくて。その日に関しては疑う余地もなく彼に嘘つかれてるの」


 ワタシはため息混じりに話していた。本来軽々しくする話題ではないのだ。楽しげな親子の声が耳障りになってきた。本気の相談に、これだけ開けたフードコートは向いていない。


 まあ、一応待ち合わせ場所なので、移動も出来やしないんだけど。


「で、その前の月もね」


「五月二十九日……は日曜日ですね」


 カレンダーも見ずによく分かるものだ。感心。


「そ。ってことは仕事だよね、普通は。でも、過去のメールとか調べてみるとさ、どうもその日も怪しいんだよね」


「どのように?」


「友達から来たメールにね」言いながら、五月二十九日のメール画面を出し、机の上に置いて、向かいの席の実結の所まで滑らせた。


 実結が画面を覗きこむ。


『あんたの彼氏がゲーム売り場にいるんだけど。彼氏って日曜休みなの? デート中?』


 ワタシの彼氏に数回会ったことのある友人からのメールだ。


 実結はそれを、小説でも読むようにじっくりと。


「時間のところ、見てもらえれば分かるんだけどさ、これ来たの昼過ぎなのね。もちろん、彼はその日も仕事のはずだし、たとえ昼休みだとしても彼ゲームやる人じゃないから、短い昼休みの時間にわざわざゲームを買いに仕事場を抜けるとも思えないんだよね」


「ということは、」


「ワタシの推測。そこに女がいるか、そこで待ち合わせて会ってたか」


 実結は肩でも凝ったのか首をくるりと回して、息を細く吐く。


「あの、すみません。他のメールを読んでもよろしいですか?」


「他の? まあ別にいいけど。見られて困るものはないだろうし」


「ありがとうございます」


 実結は携帯を手にし、画面をスクロールさせた。


 何か手掛かりでもあるのだろうか。何かおかしなものがあれば疑いを持って今日を迎えたワタシが事前に気付いている筈だし、気になる理由は一体何なんだろう。


 ただワタシとしては、段々と実結の顔が赤らんで来ているのが気になっている。


「どしたの急に。暑いの?」


 と訊くと、実結は見るからに慌てて、ワタシの携帯を落としそうになる。


「い、いえ、あの、その、意外だったと言いますか」


「意外?」


「ま、まさか、クールな麻衣ちゃんが、彼氏さんと毎晩、その、『おやすみ』とメールで言いあっているとは思わず、ほんの少し、微笑ましくて、可愛くて、その……ドキドキします!」


「はぁ!」声が裏返った。


 しまった。見られて困るもので溢れかえってた。当たり前のこと過ぎて忘れてたけど毎晩おやすみメールとか普通に恥ずかしい!


「そ、そこはスルーしてお願い」


「いえ、素敵です。可愛らしいです麻衣ちゃん! でも、おはよう、はたまになんですね」


 そんなにモジモジしながら言わないで。恥ずかしさが何割も増すから。


「ワタシが起きる時間がバラバラなだけだからね。仕事中メールするのもあれじゃん」


 声が震えた。恥ずかしい。アイスでそれなりに冷えたはずの体が火照ってくる。夏のせいなのか。いや、この恥辱のせいだ。


「ですが、これも一応、手掛かりですので」


 落ち着いた声でそう言う実結だけど、ここまでくるともはや冷静になられた方が困る。むしろ冷やかすくらいで丁度いいくらいだから。というか笑って。お願いだから。


「ところで、五月二十九日、彼氏さんとはお会いになっているんですか? この日はおやすみメールもありませんし、お昼の件について追及している様子も見られません」


 この流れから本題に平然と戻って行けるメンタルは残念ながら持ち合わせていないので、平常心を装うことにした。


「あー、あー、確か……そうだ、彼の家に泊まったんだ。そんで……ああ、思いだしてきた。その日泊まりに行ってもいい? って訊いたら、『いいけど、用事があるから夜の十時頃に家に来てくれ』って言われたんだよ。ありえないよね、そんな遅くに来させるってさ……まあ、行ったんだけど」


「なるほど……その日も時間は遅かったんですね。そうなりますと……四月、三月と溯ってみたくなります。よろしいですか?」


 もうおやすみメールも見られたことだし、このレベルの醜態はそうそうないだろう。


「いいよ」


 携帯画面とにらめっこ。実結の真剣さたるやまるでワタシの大学受験のようだった。難問に頭を抱えていた時はそれだけ集中もしたものだ。


「四月二十九日は金曜日で祝日です。つまりは……お仕事の日。おやすみメールはほとんど彼氏さんからなのに、この日は麻衣ちゃんからですね。しかも返信がありません」


「え、マジ?」


 そんなことを言われちゃうと、もう想像力は悲観的な方へとそのエネルギーを注ぎ始める。


 どう足掻いても事実はねじ曲がらない。


 浮気の証拠になりそうな目の前の現実がどんどん押し寄せてくる感じがして、チョコミントアイスが胃袋で暴れ回るような気持ち悪さを感じた。


「次は三月。火曜日なので休日です。が、この日は麻衣ちゃんがアルバイトをしていますね。彼氏さんに合わせていないのは珍しい気がします」


「憶えてないけど、三月っていったら春休みだし、長期休みの時期って皆シフト変更が多いから、たぶんそのせい」


「なるほどです。かく言うわたしも今日はお休みの予定でしたし、よく分かります」


 ということは。


 実結は、本来休みだったのに誰かの都合で働かされた挙句、ワタシには説教をされ、あまつさえこんな身勝手なことで時間を取らせてしまっているのか。も、申し訳ない。


「しかし、この三月も気になりますね。麻衣ちゃんがメールを何度か送っているのですが、夕方まで彼氏さんから返信がなく、ようやくのメールも、『充電が切れてた』とだけ送ってきています。これは、メールが見られるような状況ではなかった時に、言い訳として最も使われる言い回し、つまり常套句です」


「まじか……はぁ」


 ため息の数だけ幸せが逃げていく、なんてよく母親から言われたものだけど、今まさしく、ワタシはそれを味わっていた。心が寂しくなっていくのが分かる。


「二月は? どんな感じ?」


「はい。ちなみに今年は閏年なので、二月にも二十九日がありますが……月曜日なのでお仕事。ですが、仕事終わりに、彼氏さんと会っていますね。彼氏さんの会社の前で待ち合わせをしていると推察出来るメールがあります。

 一月は金曜日でお仕事のようですね。メールを見る限りでは、特に変わった様子はありません」


「そっか」


 今日一番のため息が、怪獣の咆哮のように吐き出された。


 反芻して、辿り着いたのもまた暗闇。まるで夜の廃トンネル。何キロも続く真っ暗な道を彷徨って、ようやく見えた出口も夜の中。光なんてどこにもない。


 実結が言ったことを総合するなら、こうなる。


「三月二十九日から、彼には異変が見られた、と」


「そう考えるのが自然ですね」


「はーあ。そっか。……そっかぁ」


 なんだか、バカバカしくなってきた。


 もう五ヶ月。ワタシは遊ばれていたのだろうか。


 偉そうに恋愛はいいもんだとか言っておきながら、ワタシは他の女に負けてしまうような女だったのか。


 悔しい。悔しい。


 そもそも、彼は離婚歴がある。なんの問題もない人間がそう簡単に離婚するだろうか。


 離婚には必ず原因がある。


 昔の友人の家がそうだった。仲の良かった一つ年下の友達の両親は、父親の浮気が原因で離婚していたと聞いた記憶がある。


 もし、彼が、そういうタイプの人だったら。


 恋は盲目。だから、そういったことからとにかく目を逸らしていたけど、バツが付くって、やっぱり重たいことだったのかもしれない。


「ありがと。実結。なんか、すっきりしたかも」


「え?」


「正直、怪しんでた時からさ、結構辛かったんだよね。もしかして捨てられんのかなってさ。でも、まあ、大丈夫。なんか、そう結論がついたなら、それでいいやって思えるもん。問い詰めるのも趣味じゃないし、今日の彼を見て、どっかで決心がついたら、潔く別れるよ。数ある恋の一つが終わるだけだし、重く考えないようにする」


「待ってください」


「もういいの」


「よくないです。まだ、わたしは彼氏さんが浮気をしているとは思えないのです」

 ワタシの瞳にいつの間にか溜まった涙が頬を伝う前に、実結は声を震わせた。


「まだです。まだ……」


「いいんだって。三月から毎月おかしいとか、やっぱり変だよ。そんなの……浮気しかないじゃん」


 涙声の自分が情けない。


 諦めきれていない。そんな感情が声音になって表に出てきてしまう。


「いいえ。わたしは、そう結論付けるのは早計だと思います。もしも浮気だとしたなら、どう考えても月に一度しか会わないなんて不自然だからです。

 確かに、麻衣ちゃんと彼氏さんがお二人で出掛けられる回数が減っているということは、メールで窺い知ることが出来ます。彼氏さんがお仕事の後にお買いものに出掛けられて、それを理由に会うことを断っていることも多いようです。


 でも、でしたら三月のようにメールの返信が遅れることが、他の日付であっても起こり得る筈です。明確に言い訳と思われるメールが入っているのは、三月二十九日のこの日だけ。浮気であると判断するには理由が足りません」


「その日一日だけ女と寝てたって浮気は浮気だよ」


「もしそうであったとしたら、毎月特定の日に疚しい行動をとる理由に説明がつきません。一日限りの関係だったのに、それによって露見する危険性が高まるからです。一日だけの関係はそこで否定出来ます。例えそれが恒久的な関係であったとしても、同じ理由で説明がつきます。リスクがあると理解しているならば、会う日を変えるなどして、麻衣ちゃんにバレない工作をする筈です。

 浮気相手が二十九日でなければ会えない何らかの理由があったとしたら話は別ですが、だとしても、わざわざ有給休暇を使うことも、休日を変更することも、とてもリスキーです。ばれて欲しいと願っていない限りは奇行としか思えません。

 その日が彼氏さんにとってなんらかの特別な日であることは確かなのでしょうが、イコール浮気という訳ではないように感じられます。むしろ、否定する材料にすらなり得ます」


 ワタシは感情の昂りを抑えようと必死だったけれど、実結は携帯画面を見たまま、冷静さを欠片も失っていない。


 むしろ、その集中力は、秒針が進むごとに増しているようにさえ思えた。


「可能性は、浮気意外にもある筈です。社会人ともなると、会社で決められた行事、有り体に言えば飲み会と言うことになりますが、そういった、わたし達には想像もつかない事情と言うものもあるかもしれません。所詮、わたし達はまだ大学生。考えが及ばないところもあるでしょう」


 今の実結の言葉は、諦めへと意識を傾けたワタシをなんとか繋ぎとめようとしているだけのもののように、ワタシには思えた。いくら二十九日におかしな行動を取っていたとはいえ、ワタシはその日に何度も彼と会っている。お酒臭かったこともないし、だったらそれこそ、その為に休みを取る意味がない。


 実結自身が考えを巡らせて、巡らせている間の、繋ぎだ。


 彼女はワタシの為に時間と頭を使ってくれている。額に浮かんだ汗がそれを物語っていた。


「ごめん。アイス買って来るよ。何が良い?」


 ほんの罪滅ぼしだ。食べたそうにしていたことだし、クールダウンにもいいだろうし。


「あ、すみません。では、コーヒー味とキャラメル味を」


 ちゃっかり二つだった。これで計五つ。お腹は大丈夫なのだろうか。


 実結はこちらをちらりとも見ずに、携帯画面に目がくぎ付け、といった様子。


 ワタシはアイスを買おうと列に並ぶ。閑散としていたショッピングモールも、夜が近付くと人がわらわらと増えて来た。仕事終わりなのか女性たちが。部活終わりなのか高校生が。夕食時にアイスを食べるなんて何を考えているのか……いや、他人のことは言えないか。


 ついでだし、ワタシも二個目にチャレンジしよう。チョコミントの爽やかさから一転、普段はあまり頼まないけれど、こんな状況で食べる抹茶味というのもオツかもしれない。


 二分ほどだったが、実結を待たせてしまった。


「またカップだけど良かった?」


「ええ。食べやすいですからね」


「良かった。ワタシは珍しくコーンにしたよ。さっきの親子がコーンで頼んでたから釣られちゃった」


「親子、ですか?」


 実結が顔を上げた。目線が久しぶりに交わる。


「うん。そこで仲良く食べてるよ」


 幸せそうに――そう付け加えようとしたが、実結の目線が、フードコートの一席に座る母親の手元に集中しているような気がした。


「どしたの」


 と問う声は、やや訝るようなものになってしまった。


「いえ、少しだけ、希望的観測をしてしまいました。悲観的よりは、比較的マシ、と言いますか、わたしとしては最善の結論と言えると思うのですが……」


 そう言う実結は、先程までに見られた険しさや、集中を幾重にも積み上げたような汗ばんだ表情の一切をなかったものにして、とても穏やかな、神秘的ともいうべき微笑みを、ワタシのネガティブな感情に向けた。


「それって……え……」


 ――希望的観測。



 一瞬にして、ワタシはその言葉に、つい希望を見出していた。


 諦めようとして、それでもしがみつこうとしている情けない恋心を肯定するように、実結の言葉が、廃トンネルに薄っすらとしたオレンジ色の光を灯す。


「ではまず、彼氏さんに抱いた疑念の発端はなんだったのか、から、考えていきましょう」

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