2-4

休み時間になった。


 結局あれから、竹本さんとはまだ話が出来ていない。

 竹本さんは嫌々ながらも上田君に付きっきりで、色々と世話をやいている。

 あれだけ嫌がっていてもちゃんと相手をしているところを見ると、竹本さんは責任感が強いのだろう。

 たまに一人になった時に、私が話しかけようとしても、すぐに周りの友達に話しかけられてそっちに行ってしまう。

 友達が多いのは羨ましいと思うのだけれど、あんなに人に囲まれていたら話しかけられるタイミングが全然無くて困ってしまう。もちろんそれは私の勝手な都合だから、文句を言う筋合いは無いんだけど。

 とにかく、そんな風に機会を伺い続けていたら、あっという間にもう三回目の休み時間だ。


 私には友達と呼べるような人がほとんどいない。

 別に人付き合いが苦手だとか、口下手で話が続かないとかでは無いのだけれど、三年前のあの事件以来、周りの人とはなんとなく距離をおいてしまっていた。

 クラスメイト達はお気楽で、毎日楽しそうで、将来のことなんて何も考えてないみたいに感じてしまって、そう思ったらどうしても上手く付き合うことができなくなった。

 そうして打ち解けられないでいるうちに、気がつけば仲の良い友達もほとんどいないまま、三年生になってしまったのだった。


 この機会を逃すと、次はお昼休みになってしまう。お昼は貴重な自習時間なんだから、なんとしてでもこの休み時間のうちに話しかけないと。

 そんな私の思いが通じたのか、竹本さんは授業が終わるとすぐに、サッと席を立つと一人で教室から出て行った。

 チャンス! 私も竹本さんの後について教室を出る。


 外に出て辺りを見回すと、廊下を歩いていく竹本さんの姿が見えた。

 多分、トイレにでも行くんだろう。

 私はその後姿を追いかけた。


 三年生の教室がある三階のフロア。私たち一組の教室からは一番遠く、廊下のちょうど端にトイレはある。

 ていうか、追いかけてみたは良いけど、なんて声をかけようか。竹本さんとはほとんど挨拶程度しかしたことないし……。

 走ればすぐに追いつけるんだろうけど、いまいち勇気が出ないせいで、一定の距離を保ったまま私は竹本さんの後ろをつけていく。

 これじゃあまるでストーカーだ。なんだか、ただ追いかけているだけなのに、無駄にドキドキしてきた。

 そんな風にして廊下を歩いていると、三組の教室の前を横切ったとき教室の中から声をかけられた。


「おー、川澄ー」

「んー?」

 その声に振り返る。

「宮し──た?」

 そして振り返った途端、私は固まってしまった。


 廊下側の教室の窓から顔を出して話しかけてきたその人は、私も良く見知った顔。宮下弘という名前のその男の子とは、一年の時に一緒のクラスだった。

 何が面白いのか、やたらと私にちょっかいをかけてきて、そのことがきっかけで仲良くなった。この学校でほとんど唯一、私が気を使わないで喋れる友達かもしれない。

サ ッカー部のエースらしく、体格が良くて背も高い。私と並ぶと、大人と子供みたいでなんとなく居心地が悪い。いや、それはまあ良いんだけど。


 問題は、その頭の上。

 そこには、あの、例の旗。


「なんだよ急に。どうかしたのか?」

 宮下が訝しげな顔をする。

 私は慌てて誤魔化した。

「い、いや、なんでもない。急に話しかけられたから驚いちゃって」

「そうか? 振り返ってから驚いてなかった?」

「……宮下の顔怖いから」

「うっせー」

 宮下と話していると、視界の端にちょうど竹本さんがトイレに入って行くのが見えて、私はここにいる目的を思い出した。

 竹本さんを追いかけなきゃ、と思ったけれどすぐに考えを改める。それよりも宮下に聞いたほうが、よっぽど話が早そうだ。

 宮下の旗を改めて観察してみる。

 真っ先にそこに書かれている文字が目に付いた。

 どうやら旗は一人一人違うらしい。宮下の旗は、私のものとも、竹本さんのものとも違っていて、そこには『逆転』と書かれていた。鮮やかな黄色で、大きさは私の旗よりもちょっとだけ小さいくらい。

 竹本さんの『恋愛』が誰かと恋愛をすることを意味しているのだとしたら、宮下の『逆転』は、何かと勝負をして逆転するということだろうか。

 死亡、恋愛、逆転……。

 なんか、私のだけ酷くない?


「どうした? ぼーっとして」

 宮下の声で現実に引き戻される。考え事をすると、すぐに意識がどこかに行ってしまうのが私の悪い癖だ。

 気を取り直して旗のことを尋ねる。

「えーっと……、宮下さ、近いうちに何かと勝負する予定ってある?」

 我ながらなんて間抜けな質問だろうと思う。でもだからといって、他になんて聞いたら良いというのだろうか。

「なんだよ、急に」

「いいから答えて。なんかある?」

「……もしかして今度の試合の事、誰かから聞いた?」

「今度の試合?」

「来週サッカー部の大事な試合があるんだよ。県大会の予選。まっ、俺は出られないかもしれないんだけどさ」

「へぇー」

「聞いといて興味なさそうな反応すんなよ……」

 宮下は肩を落とすジェスチャーをしながら、大げさにため息をつく。

 それでも、何だかんだ言いながらもちゃんと答えてくれるあたり、真面目というかなんというか、律儀な奴だと思う。

「試合出れないって、なんで?」

「練習中に怪我しちゃってさ、出れるか微妙なんだよなー。監督には出さないって言われてるしさ。まっでも、もしものときには無理やりにでも出てやるけどな。ガチガチにテーピングすれば、5分くらいはなんとかなると思うし。絶対に負けられない戦いがそこにある!! って感じで」

「ふーん」


 そう言って宮下は右足をちょっとだけ持ち上げて見せる。確かに、包帯でグルグル巻きにされている足首が痛々しかった。

 怪我の事は可哀想だと思うけど、試合に出ないということは、旗のことと試合とは関係ないのかな?

 宮下は、全然興味を示さない私にもめげずに、話を続ける。

「俺って一応エースだしさ、試合終了直前に出てきて、華麗に逆転! とかさ、そんな展開になったら、超かっこ良いだろ?」

「逆転っ!?」

 逆転という言葉が出てきて、私は驚いて思いっ切り大声を出してしまった。その声に宮下も驚く。

「な、なんだよ急に」

「いや、……ごめん」

「さっきからなんだよ。なんか今日変だぞ。熱でもあるのか?」

「い、いや、大丈夫大丈夫。……えーっと、うん。そうそう、きっと勝てるよ!」

「なんだよそれ。ホント適当だなー」


 慌てて誤魔化したからか妙にわざとらしくなってしまった。宮下は苦笑していた。

 どうしよう……旗のことを聞いてみようかな? 宮下だったら冗談ってことにすればなんとかなりそうな気はするし……。

「あの、頭なんか変じゃない? 痛いとかない?」

「え? って、俺の頭の心配かよ。そりゃ川澄と比べたら勉強はできないけどさあ、変は酷いだろー」

「いや、そうじゃなくて、えっと……すっごく変なこと言うかもしれないけど、頭の上に逆転って旗が立ってるの、気づいてる?」

「……逆転?」

 宮下は少しだけ考えたあと、いきなりニヤッと笑った。

「ああ、なるほどね」

「なっ、なに?」

「逆転フラグの事? そうだな、大事な試合の前にエースが怪我して試合に出れないーってなると、漫画なんかだと絶対最後のピンチの時にエースが出てきて逆転! の流れになるよな」

「逆転……フラグ?」

「でも川澄も漫画とか読むんだな。ちょっと意外かも」

 そりゃ私だってたまには漫画くらい読むけど……。

「え、あ、いや、そうじゃなくて……」

 私は説明しようとして途中で思いなおす。せっかくだから、もっと話を聞いてみた方がいいかもしれない。

「あー、えっと……その、フラグ? っていうの、詳しく教えてくれない?」

「ああ、いいぜ。フラグって言うのは──」

 宮下は嬉々として語りだした。


 結局宮下の講座は、休み時間終了のチャイムが鳴りひびくまで続いた。

 いつの間にそんなに時間がたっていたのか、周りを見てみても廊下にはもうほとんど人が居なくなっている。

「あ、やべっ! もうこんな時間か。ごめん、つい引き止めちゃったな」

「いや、それは大丈夫……」

「そっか、悪いな。川澄も早く戻った方がいいぜ」

 宮下はそう言うと、机の中から次の授業の教科書を取り出し始めた。仕方ないのでそこで話は諦める。


 去り際、私がきびすを返すと宮下は、

「川澄またな。今度漫画とか貸してやるよ!」

 と言った。

 私は適当に「ありがとー」とだけ返事をして、足早に教室に戻った。

 まだまだ色々と聞きたい事はあったのだけれど、一番重要な事は聞くことができたと思うから、まあ良いか。


 自分の席に戻ると、竹本さんはとっくに帰ってきていたみたいで、隣の席の上田君となにやら話をしていた。

 ほどなく授業が始まったけれど、私の心はそれどころでは無かった。宮下の言ったことで、この旗が何なのかが段々わかってきていたからだ。

 そう考えてみると、確かに今朝の竹本さんも、まるで漫画みたいな展開だった。これが少女漫画だったら、あの後二人は間違いなく恋に落ちるだろう。


 この旗は、きっとそういう、今後の展開のようなものを表しているんだろう。

 宮下は、旗のことを『フラグ』と呼んでいたっけ。

 だから、恋愛。竹本さんの恋愛フラグ。

 宮下の、逆転フラグ。


 だとしたら、私は……?

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