ヤンキーと黒猫

第0話「東京の魔女」

 


 その少年は生まれて初めて、ほうきで空を飛んだ。



少年は、一見掃除用具に見えるそれにまたがりながら、眼下に広がる景色を眺めていた。


空から見下ろす東京の貪婪どんらんな夜景はとても幻想的で、夢のようだと、少年に思わせた。



「もうすっかり春ですね。夜風が気持ちいい。」



 童話に出てくる魔女のような帽子をかぶり、黒ずくめの衣装をまとった女が、少年の方に少し振りかえって、つぶやいた。

 振り向きざま、彼女の金色の髪が風になびき、彼女の後ろにしがみつく少年の頬を撫でた。


15歳の少年は、彼女の髪の扇情せんじょう的な香りに戸惑い、舌打ちを一つして彼女に応えた。


 魔女は、少年の不躾ぶしつけな返事にあっても、穏やかな微笑をたたえていた。



「・・・不思議の国のアリスってお話、知っていますか?」

「・・・は?」

彼女の突然の問いかけに、少年は不機嫌に答えた。


「アリスって女の子がね、白いうさぎさんを追って、不思議な世界に迷い込んでしまうお話ですよ。だいぶざっくりですが。」

「・・・・・・」

「日常から幻想ファンタジーに足を踏み外すきっかけは、ほんの些細ささいなことなんです。何が君のHello,Worldになるかはわからない。・・・・君は、白うさぎを追うべきではなかったのに・・・・。」


 東京の魔女は少し、悲しげな表情を浮かべた。


そして魔女は、その手の杖を一振りして、少年を優しい燐光りんこうに包んだ。

その燐光は少年の傷に入り込み、彼の痛々しい怪我を癒した。



「・・・・ようこそ、魔法の世界へWelcome to the wonderland。願わくば、君がハッピーエンドを迎えられることを。」



 悪魔と呼ばれた彼女は、天使のような優しい微笑みで、少年の新しい門出かどでを祝福した。



 少年は舌打ちを一つした。


彼はファンタジーが嫌いだった。







 





 



 








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