✬魔術師の卵✬
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⚘あぁ痛い。
この痛みだけは慣れないものだ
最後に痛みを感じたのはいつだったか、百年、二百年、まぁよい
身体が引き裂かれるような痛み
コレは間違いなくあれだ
またどこかの馬鹿が俺を呼びだそうとしているのだろ。
次の馬鹿はどんな最期を送るだろうか
この時間の無い世界でどれだけの月日が流れたのやら......
いたずら心に少しばかり抵抗は試みたが、僅かな努力も全くもって意味をななさない
目を閉じ、痛みに耐え、流れに身を任せるーーーーーー
ーーーーーー湿気の匂いだ
それと、濡れた犬と腐った魚の匂いも追加だ
つまりは、酷く臭いのだ
どうやら着いたらしい
フゥッと息を吐くと瞼をゆっくりと持ち上げ憎悪のこもった眼差しを正面に向ける
なんて冴えない少年だろうか
見た目は人族の10代前半だろう
瞳は髪に隠れて見えないが身長は小柄でさらに猫背ときたもんだ
こんな小僧には、とてもじゃないが我を呼ぶことなど出来ないはずなのだが
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✪少年は緊張していた。
初めての召喚。
何度も繰り返し、唱えて練習した呪文も噛まずに言えた。
魔方陣も綺麗に書けた。
何度も確認し間違いは無いと自信はあるがそれでも確信は出来ない。
この魔方陣が生命線でもあるのだから。
粗の一つでもあれば、たちまち命を落とす事になる。
寒さに凍えながらもゴクリと生唾を飲み込み、ひたすらにその時が来るのを待つ。
五分程たっただろうか。
やがて、変化が訪れる。
未だ強く光る《六角形の魔方陣》から、白い靄(もや)が人のような姿を形作るが、
しっかりと悪魔だと認識できるのは、
赤い二つの目だけだ。
赤い二つの目が恐怖を煽る。
緊張は恐怖へと変わっていた。
またも生唾をゴクリと飲み込み、少しばかり心を落ち着かせ、乾燥した唇を軽く舐め湿らすと口を開き言った。
「僕が主人だ。これより命令を与える」
と、うわずった声を荒げて言った。
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⚘出たよ。
古く使い回された言葉。
まったく魔術師って奴はどいつもこいつも必ずコレを言わなきゃ死んでしまう病気にでもかかってやがるのか?と、悪魔は心の中でごちた。
「えぇご自由に」
と、素っ気なく悪魔は言いながらも、その赤い双眼は正面に立つ少年の足元、青く光る《三角形の魔方陣》をまじまじと見ている
ここまで綺麗な魔方陣も珍しい
粗の一つも見当たらない完璧な魔方陣
少しでも隙間があれば、たちまちにあの冴えないクソガキの心の臓を抉り出し、氷らせて、飲み物の割りにでも使える極上のお土産をもって元の世界に帰れるというのに
この世界の空気は肌に合わない
召喚されているだけで少しづつ命を削られていく
とはいえ自分で言うのもなんだが、ランクの高い魔神である俺にとって、この小さな部屋を仕様に変える事は容易く、気分は幾分かはマシではある。
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✪やけにすんなりと応じてくれるものだ。
それもそのはず。
いかに強大な力を持つ悪魔と言えど、魔方陣の内側に《封じる鎖(カセ)》で縛られている限り、術者に対して何も抵抗する事は出来ないのだから。
ここまで丁寧に魔方陣を描いているのだ。
自信を持とう。
と、少年は自分に言い聞かせる。
そもそも、本来の目的はまだ達成されていない。
であるならば、次の命令は決まっている。
「悪魔よ、真の名を示せ」と。
ちなみに、あの悪魔の名前を少年は知っている。
低級の悪魔や中級の悪魔とは訳が違う。
それこそ悪魔辞典に固有名称がつくほどに有名であり、業の深い悪魔なのだから。
悪魔自信に名前を名乗らせ、その名前を《命の鎖(カセ)》として契約は成される。
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⚘フゥとため息を吐き魔神は名乗る。
「我の名はシルヴァだ。数千年もの昔この世界の南の地にて氷の大地を築き上げたシルヴァだ。第一次魔術異変にて人族約数万人を氷像と変えた、あのシルヴァだ」
とシルヴァと名乗る悪魔は、聞かれてもいない事をさも誇らしげに付け足しては、
三度も名乗り胸を張る。(少年には白い靄(もや)が揺らめいとしか認識していない)
だが全て事実である。
嘘はつけない、この魔方陣の中にいる限り。
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✪やはりとんでもない悪魔を呼んでしまったものだ。
と少年は思った。
歴史全書にも書かれている内容だ。
読んで学ぶのと、悪魔本人から聞くのとでは訳が違う。
嘘が無い事は魔方陣が証明済だ。
悪魔本人から名前は確認した。
であるならば手順通り次の命令に移ろう。そうして次の命令を与えるべく、少年は口を開く。
「ではシルヴァよ。僕に力を与えろ」数年前から、ずっとこの時を待っていた。
少年は力を求めていた。
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✯魔術師の能力✯
✫【使役型】《悪魔を使役し操る》
✫【付与型】《悪魔から力の一部を預かり行使する》
✫【魔人型】《悪魔の身体の一部を自信の身体の一部として力を振るう》
✫【装備型】《悪魔を道具に閉じ込め、魔道具として扱う》
など
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⚘力を求めるか
あぁ、そうだろう
魔術師が魔神を召喚する時は決まって力を手に入れたい時だ。
だが、どんな力をくれてやるかは我等、魔神次第だ。
とはいえ、人族に身体の一部を預けるなんて持っての外だ。
それに使役されるなんて真っ平だ。
もう一度、氷の大地を作ってしまうのも悪くはないが、面白く無い。
とても使役出来る程の力があるとは思えない
素直に力を与えて帰ろう
何と言ってもこんな若い者が人で我を召喚したのだ。
無知なだけか、死にたがりか、英雄願望か......はたまた......
ふん......なんだっていい
お望み通りくれてやろう
「我の指輪をくれてやる。上手に扱え」
ふふふっと笑いながら答え正面に手をかざす。
だが、どうやら、あの少年の魔力が足りていないらしい。
それもそうだ。
一人でこの召喚を行っているのであれば、むしろ今の時点でまだ立っている事自体が不思議なのだから。
人族の中では余程の魔力保持者なのだろう。
本来一流の魔術師三人分の魔力は必要なはずだが
少年の魔力量はギリギリ足りない程だ。
まさに【カラピエル級】である。
まったく世話の焼ける子供だ。
仕方ない。
契約に従い魔力を補う物を頂くとしよう。
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✪まるで力が入らない。
やはり無謀すぎたのか。
だがこれでいい。
師匠も死んでしまった。
生きるか死ぬか、生きるには力がいる。
ならばと最後の望みをかけてこの召喚に挑んだのだ。
人より数倍の魔力を持って生まれたのだから、輝かしい魔術師の人生が訪れると信じて疑わなかった。
あの時が来るまでは。
だからいっそ死ぬぐらいならと、この召喚に未来を託していたのだ。
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いつの間にか凍えるような部屋の冷たさはなくなり、部屋には温度が戻っていた。
ペンタクルは消えてなくなり、代わりに部屋には異臭が立ち込めている。
換気の出来ず、異臭にまみれたこの部屋で、
少年はうつ伏せに倒れていた。
少年の右手の人差し指には、綺麗な装飾が施された指輪が煌めき、
代償として片目を失ってはいるが、浅く呼吸をしている。
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この日、魔術師の卵が産まれた。
いずれ時代を背負う魔術師へと成長するのだが、
それはまだまだ先の話し。
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