身体は正直なもの

 五月の好投に、既存選手を中心とした白軍は手も足も出ない状況が続いた。その状況が、望月たちを苛立たせ、焦らせた。

「クソッ!なんであの程度のボールが打てねえんだ!ボール自体は大したことないのによ!」

 ベンチに戻るや、そう吐き捨てながらグラブをベンチに叩きつける望月。他の選手たちも、「打てそうなのになんでだ?」と首を傾げたり、「初めて見る軌道だし、しょうがねえよ」とあきらめたかのように肩をすくめたりしていた。そんな状況を見て、田森コーチは全員を集めて円陣を組ませた。


「お前ら、そろそろ意識を変えたらどうなんだ。初めて見る投手だから打ちにくいのは当たり前だ。だが、いい加減認めろ。いつまでも侮っているからこそ、きりきりまいにされてるんだぞ」


 田森コーチの淡々と、それでいて語気は強い檄に、白軍の選手たちは黙り込む。一つ息を吐いて、田森コーチは続けた。

「マウンドのピッチャーはまだ高校を出たばかり。厳密に言えばまだ卒業してないから高校生だ。技術はあったとしても、それが9イニングも続ける体力があるかと言えば疑問。まして女子、そろそろ身体が限界を感じ始めるころ・・・反撃のチャンスがあるとすればこの回だ。まずは自覚しろ。そして恥も外聞も捨てて、全力であの投手にかかれ。女が打てないようじゃ、チームのリーグ優勝も、個々のプロ入りも夢のまた夢だ」



 一方のマウンドの五月。田森の読み通り、投球練習で体力的なものを感じつつあった。

(なんだろ・・・。ボールは悪くないのに、強く握れなかったな…)

 投球練習の最中、悪くないボールは投げれていたのに、これまで感じていた『投げ応え』を感じられなかった。

 そしてその違和感は先頭打者、穴吹への初球で形となって顔を出した。


「あっ!」

「うおっ!?」


 アウトコース低めを狙って投げたストレート。それが抜けてど真ん中に入っていった。五月は思わず声に出して驚いたが、穴吹もまた想定していなかったせいか、手が出ずに立ち尽くした。


(あっぶな~・・・なんであんな抜けちゃったのかな・・・)


 ロジンを手に弾ませて、五月は自省する。その後、穴吹を今まで通りに翻弄して打ち取ったものの、続く鈴本にも、カウント2ストライクからのカーブが再び甘く入り、打球は外野まで飛んだ。


「くっそ~、甘かったのに・・・」

「いい感じだったのにな・・・。そんなに甘かったか?」


 悔しがる鈴本に次打者の仲が声をかける。一方で五月は冷や汗をかき始めていた。


(どうしたんだろ・・・。さっきのストレートと言い、今のカーブと言い・・・なんか指に力が入らなくなってる?)


 自分の左手を見やりながら、五月は甘くなった二つのボールに戸惑っている。そして仲への初球。またもボールが甘くなった。九番打者の仲は、それを力みのないスイングで捉え、打球は梶野の横っ飛びも及ばずセンター前に抜けていった。

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