第123話侯爵

その三日後、またしてもマーサが飛び込んできた。


「今度はなんだ? マーサ。ヘンリーがロバにでも蹴られたか?」


「そんなんじゃない!! 今度はノイマン侯爵本人がお越しになられました!」

とマーサは叫んだ。


「そうか。今度は粗相がないようにギルドの応接室にお通ししなさい」

イツキはマーサとは打って変わって落ち着いた声で答えた。まるでこの訪問を予想していたかの様に。


「え? はい、でも……」

とマーサが入り口で言い淀んだ返事をした。


「いやいや、それには及ばんよ」

と一人の貴族の男が部屋の中に入ってきた。マーサは慌てて部屋から出て行った。


 中肉中背のその男はロードリック・フォン・ノイマン侯爵という貴族院で、近頃、頭角を現しつつある名門貴族だった。


 イツキは立ち上がりいつもの自分のデスクの前の椅子ではなく、応接セットにロードリックを案内した。


「むさ苦しいところですが……」

とイツキが長椅子を勧めた。


「お気を遣わずに」

そう言うと長椅子に深々と腰を下ろした。


イツキも同じようにテーブルを挟んで向かいの椅子に座った。

侯爵はまっすぐにイツキを見て

「突然訪問して申し訳ない」

と軽く頭を下げた。


「いえいえ。今は御覧の通り暇ですから。お気遣いは必要はありません」

イツキは笑って応えた。



 ノックの音がしてマーサが紅茶を運んできた。

侯爵の突然の訪問にも拘らず、マーサは急いでお茶の用意をしたようだった。


 マーサは絨毯を敷いた床にひざまづいてテーブルの上に静かにティーカップを置いた。

そして立ち上がって黙って一礼をすると部屋から出て行った。イツキは彼女が出て行くまで目で追っていたが、視線を侯爵に戻すと

「どうぞ」

と言って紅茶を勧めた。


「うむ」

侯爵はそう言うと皿ごとティーカップを持ち上げて、紅茶を一口飲んだ。


「良い香りだ……」

そう言ってカップをテーブルに戻すと

「この度は我が愚息を士官学校へ推薦頂きありがとう。感謝の気持ちを伝えに参った」


「それはわざわざ痛み入ります」


「うむ。ただ……解せんのだ……我が息子……クラウスは三人いる息子の中で、唯一どうしようもない馬鹿息子だ。親の目から見ても不気味な末恐ろしさを感じる息子だ。それが急に心を入れ替えたように落ち着き『士官学校へ行く』と言い出したではないか……」

 

「そのようですね」

イツキは軽く頷いてから自分もティーカップを持ち上げた。


――そりゃ落ち着いてもいるだろう……見た目は18歳だけど中身は30歳のオッサンだからな――

とイツキは笑いお押さえながら聞いていた。


「昨日、士官学校の校長から連絡があった。クラウスの入学申し込みの件と貴殿からの推薦状の話を聞いた」

ノイマン侯爵は硬い表情でイツキをじっと見つめた。


「入学に何か支障でもありましたか?」

イツキは柔らかい笑みを浮かべて聞いた。


「いや、そうではない。貴殿は元近衛第一師団の師団長ではないか? そのような方から推薦状を頂けるとは、親としてこれほどありがたい事は無い。が、何故貴殿がそんな事をしてくれるのか? 正直に言おう……ワシは驚きとともに疑問も湧いた」

 ロードリック・フォン・ノイマン侯爵の訪問目的はイツキへの謝意を伝えるためであるのは間違いないが、本当の目的はイツキが書いた推薦状にあったようだ。


「ご懸念はごもっともですが、推薦状を書いたのは彼が推薦に値する人物と判断したからですよ」

とイツキは当たり前のように言った。

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