第124話杞憂
「ふむ、やはり推薦状は事実であったか……実は貴殿の様な人物からの推薦状をあのクラウスが貰えるわけがないと思い、問い質すと『イツキ殿にこれからの進路を相談しに行ったら士官学校を勧められた』と答えたのだが俄かに信じる事も出来ず、それも確認したくてこのように参った」
侯爵は駆け引き無しでイツキに本音をぶつけた。これが侯爵のいつものやり方なんだろう。
転移者のイツキに偏見を持つ貴族が多い中、侯爵にはそれが無いように見受けられイツキは好感を持っていた。
「ご安心ください。推薦状の件は事実ですし、彼は真剣に士官学校の進学を考えています」
「うむ。ワシもそう思いたいのだが、今までが今までであるからな……」
侯爵はまだ完全に納得していないようだった。
「そうでなくては私も推薦状を書いたりはしませんよ」
イツキは侯爵を安心させるように笑って言った。
「ふむ。貴殿がそう言うのであれば間違いないだろうが……我が息子ながらすぐには信じられないのだが……」
侯爵の疑念はすぐには晴れそうには無かった。
――中身は別人だからなぁ……それも普通のサラリーマンだし……――
とイツキは侯爵に教えてあげたかったが、そういう訳にはいかない。
侯爵はイツキの瞳をじっと見つめていたが、軽く息を吐くと
「そうじゃな。貴殿の言う通りかもしれん。今回は貴殿の目を信じてみよう」
と言った。
「私もできる限りの応援はさせてもらいますよ」
イツキは柔らかい声で明るく言った。少しでも侯爵の疑念を払しょくしたかった。
「それはありがたい。これからもよろしく頼む。ただあのバカ息子を信じるのはこれが最後だが……」
そう言って侯爵は立ち上がった。
元々クラウスの悪逆非道な行為は公然の事実と思われていたが、噂でしかなく確たる証拠を押さえられた訳ではなかった。だから彼は今まで捕まる事も処罰されることもなく生き延びて来たのだ。
親としてはやはり息子を信じたかったようだ。それが親心というものかもしれない。
イツキも立ち上がり
「兎に角、息子さんを信用してしばらく様子を見ておいてください。今回は間違いなく大丈夫でしょう」
と言いながら侯爵を案内するように扉を開けた。
「どんな結果になろうとも貴殿には迷惑がかからない様にする。それだけは約束する」
侯爵はイツキとは視線を合わさずに、まっすぐに出口に向かったまま言った。
「お気遣いありがとうございます」
とだけイツキは言って頭を下げた。
そしてそのまま侯爵をギルドの入り口まで送って行った。
侯爵は待たせていた馬車に乗り去って行った。乗り込む前にイツキに振り向き
「息子をよろしくお願いする」
と頭を下げてから馬車に乗りこんだ。別れ際のその侯爵の表情は父親の顔であった。
イツキはその馬車を見送りながら
「クラウス。頑張れよ」
と呟いた。
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