第118話過去の話
「よく知ってますよ」
イツキの脳裏につい最近街で有名な画商一家が持ち逃げ詐欺が原因で一家心中した事件が、思い浮かんでいた。
「あれはもこの男が、そこの娘を自分のものにするために仕掛けた詐欺ですよ。おかげでこの家族は一家で……って何を誘導尋問みたいな事をしてるんですか?!」
クラウスは我に返ったように慌てて語るのを止めた。できればもう少し気が付くのが遅ければ……とイツキは残念そうに軽く舌打ちをした。まだまだ聞きたいネタは沢山あった様だ。
「なるほど……あの事件の黒幕はやはりあなたでしたか……」
それでもイツキは満足そうに笑みを浮かべて頷いた。このネタはいつかどこかで使ってやろうと思っているのは明白だった。
「だから私ではなく『クラウス・フォン・ノイマン』です」
と男は否定したが、全く意味のない行為だった。どう見てもその男はクラウス・フォン・ノイマン以外には見えなかった。
「それは分かっていますよ。落ち着いてください。クラウス・フォン・ノイマンさん」
イツキはそう言って立ち上がって棚からカップを取り出すと、そこに珈琲を注いで彼に手渡した。
「あ、ありがとうございます」
男はそれを受け取りながら軽く頭を下げた。
「ところで『クラウス・フォン・ノイマン』自身もつい最近死にかけていたと噂で聞いたんですが……」
イツキは自分の席に戻ると、男が珈琲を一口飲み終わるのを待って聞いた。
「そうらしいですね。多分本人は死んだんだと思います。その後に入れ替わる様に僕がこの身体に転生した……そんな感じです」
「なるほど。ちょうどいいタイミングで転生したという事なんですね。ところであなたは彼の過去の悪行とか噂をどうやって知ったんですか?」
イツキにはおおよその予想はついていたが、敢えて聞いた。
「見舞いに来る奴らが皆どう見ても怪しげな奴らばかりで、話している内容も聞くに堪えない悪辣なものばかり。彼らは僕の事を『クラウス・フォン・ノイマン』だと思っていますからね。なんでも話をしてくれますよ。挙句の果てには『クラウス・フォン・ノイマン』本人からの記憶も流れ込んできて、全てを知るのに1日とかかりませんでしたよ。こんな冷酷残忍な男だとは……こいつは人としての感情なんか何一つ持ち合わせていないです。第一、同じ屋敷に住んでいるのに家族なんか誰も見舞いに来なかったですからね。みんな分かっているんですよ。唯一来たのは真ん中の兄貴のヴェルナーぐらいで、それも第一声が『なんだ?まだ生きているじゃん』でしたからね。家族からも煙たがられていたのは間違いないです」
とうんざりした表情で言った。
イツキは彼の話を聞いて思わず失笑してしまった。
「済みませんねえ……同情もするし理解もできるけど……正直言って笑っちゃいます。本当に申し訳ないけど……」
「いえ、良いんですよ。僕も他人事なら笑って聞いていると思います」
とイツキのその態度を気に掛けるそぶりもなくその男クラウス・フォン・ノイマン(西口明)は言った。そして彼自身も自虐的な笑みを浮かべた。
「まあ、なんにせよ、これからは『クラウス・フォン・ノイマン』で生きていくしかないんだから、これからの事を考えないとダメでしょう」
とイツキは笑いを納めて言い聞かせるように言った。
「そうなんですよね……でも、どうしたら良いんでしょうか?」
男は諦めきれないような表情で力なく聞いてきた。
「う~ん。どうしたいですか? 例えば過去を全てぶちまけて懺悔するとか?」
聞かれたイツキもどうアドバイスして良いか、名案が浮かばなかった。
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