第79話アレットの転職

オーディンは頷いてアレットを地面に下ろすと

「アレットよ。もしまた間違えて他の召喚獣を呼んで困った事が起きたらワシを呼ぶが良い」

と言った。


「うん。分かった。そうする。オーディンのおじちゃんを呼ぶよ」

アレットはオーディンを見上げていった。アレットはオーディンが召喚獣として契約してくれたので嬉しかった。そしてやっと緊張の糸がほどけた。


「おじちゃんのぉ……そう言えばモモガにも最初はそう言われたのぉ」

オーディンは懐かしそうにヒゲを撫でた。


「そうじゃったかいのぉ」

モモガは少し照れながら応えた。


「あのオババにも若い頃があったんだ……生まれた時からババアじゃないのか?」

イツキは小声で呟いた。

途端にイツキの頭に魔法の杖が飛んできた。


「若い頃はアレットよりも可愛かったわ!たわけが!」

やはりモモガには聞こえていたようだった。


イツキは頭を押さえて

「いちいち杖を投げるな!」

と怒鳴っていたが、シドは

「今のはイツキが悪い」

と笑っていた。


「ところで、イツキもオーディンを呼び出せるのか?」

モモガはイツキに聞いた。


「ああ、できる」

イツキは答えた。


「ほほぉ、オーディンの体調でも悪かったのか?」


「アホか!そんなもんで倒せたら苦労はせんわ」

イツキは呆れながらモモガに言った。


「まあ、そうじゃな」


「シドもイツキもなかなかのもんだったぞ。戦ってワシは楽しかった」

オーディンは懐かしそうに昔を思い出して言った。


「もう1対1で戦うのは御免被りたいわ」

とイツキが言うとシドも大きく頷いていた。


「はははは」

オーディンは笑うと、

「では、またいつでも戦いたくなったら呼んでくれ」

と言って空へと飛んで消えた。



イツキとアレットは空を眺めていた。

そのオーディンの消えた空を見つめながらイツキは


――オーディンとバハムートの戦いも見たかったな――


召喚すれば良かったと少し残念な思いで見送っていた。



「アレット!」

気が付くとモモガはアレットのすぐ後ろに立っていた。

アレットは驚いて振り向いたが、すぐに俯いて

「はい」

と消え入りそうな声で答えた。


「アレットよ。やはり思った通りじゃったな」



「え?」


「お主は我がクリムゾン家の中でも、ワシに次ぐ力を持っておる。それは前から分かっておった。しかしお主はその力加減が分かっておらぬ」


「はい」


「イツキよ。アレットに足りないものはなんじゃ?答えてみよ」

モモガはイツキの方は見ずに、まっすぐアレットを見たままイツキに問うた。


「アレットはその能力に比べて技と体力と精神力のバランスが悪い。能力が先走ってしまってそれに技と精神力がついて行ってない。そして一番の問題は体力の無さだ。能力が暴走するのを止められない」


「うむ。そうじゃ。お主の言うとおりじゃ。お主には分かっていたようじゃな。そこそこは成長したようじゃの。イツキよ」

モモガは珍しくイツキを褒めた。


「しかし、オーディンを呼び出す程の能力があるとは思わなかった。あれには驚いた」

とイツキは呆れたように言った。


「そこでじゃ、イツキ。アレットにはどうすれば良いと思う」


「まあ、一番いいのは剣士か騎士あるいは戦士系の体力が付く職種を選ぶことだな。まず、自分の生まれ持ったえげつない召喚能力に頼らないようにする事だ」


「そうだ。イツキ、お主の言う通りだ。そこで就職担当のお主にアレットの転職をお願いする」

そういうとモモガはイツキに頭を下げた。


「だからキャリアコンサルタントだって言っているだろうが……で、本気か?学校はどうなる?まだ退学になった訳ではないだろう?」

イツキは驚いてモモガに聞き直した。

勿論、当の本人のアレットは驚いて開いた口がふさがらない状態になっていた。

アレットは学校に戻されるとばかり思っていた。


「そもそもアッレットはもうあそこで習う事はない。これ以上あの学校にいても能力の暴走が悪化する事はあっても治る事はないのじゃ。お主の言う通り、アレットに必要なのは力だ。それが身に付かない限り召喚士として一人前にはなれん。アレットは飛び級で卒業した事にする。ワシがそうする」


 モモガは召喚士の世界では誰も意見する者がいない程の実力者だ。

勿論、魔法学校でも反論する者はいない。

アレットの実力を知っている教師達がそれに反対するとは思えなかった。


 イツキはアレットに合う職種を考えた。

本人に選ばせるのは勿論だが、今回の転職は目的がはっきりしている。体力をつける事だ。それさえできればその職種をマスターする必要はない。


「アレットはどんな仕事に就きたい?」

イツキはアレットに聞いた。

アレットは暫く考えていた。

「よく分かんない。でも転職したらもう訳の分からない召喚獣が出てくることはなくなるの?」

アレットはイツキに不安げな表情を見せて聞いた。


「ああ、そうだ。アレットが一人前の召喚士になるための仕事だからな。別にマスターまで行かなくても良いが、そこまで行けばそれはアレットの実力にはなるよ」


 アレットは暫く考えていた。

散々召喚士を辞めると言っていたが、それに代わる職種は何も考えていなかった。

アレットはまだ幼かった頃にイツキ相手にやっていたチャンバラを思い出していた。


――どうせやるなら楽しそうな方が良い――


イツキも武士をやっていた時代があった事をアレットは思い出した。


「武士が良いかな」

アレットはぽつりと呟くように言った。


「お前、チャンバラ好きだったからなぁ」

イツキが思い出したように言った。


「そうだよ。悪いか」

アレットは頬を膨らませて拗ねた。


「いやいや、全然悪くないよ」

イツキは笑いながらアレットの頭を撫ぜた。


「じゃあ、武士で良いんだな」


「うん」

アレットは頷いた。


「婆さん、アレットはそう言っているが、それで良いのか?」

イツキはモモガに念を押すように聞いた。


「ああ、良い。アレットが納得しているのであればそれで良い」


「どうせ、お主が面倒を見るんじゃからな」

とモモガは事もなげにイツキにアレットを押し付けた。


「な・な・なにぃ? 俺がか?」

イツキは思わず叫んだ。

「そうじゃ、お前が見ずに誰が見る? 今度はオーディンではなくオーフェンがやって来るかもしれんじゃろうが? お主の大親友の……そんな奴の相手をお前以外の誰がやれるというのだ?」


「オーフェンは大親友なんかじゃないぞぉ。あれは魔王だぞぉ。おいらの天敵のはずだぞぉ……オーフェンの相手ならお婆も出来るだろう?」

 イツキはそう言いながらすでに諦めていた。モモガの婆さんが言い出したら聞くしかない。その上、モモガの婆さんの後ろで師匠のシドも笑いを抑えて肩を震わしている。

なんか腹立たしい。


「ワシャこう見えても忙しいでの。アレットも良いな。イツキのいう事を聞いてちゃんと修行するのだぞ」


「うん!お婆ちゃん。ありがとう!」

アレットは桃がに抱きついた。


「……何がありがとうだよ……全く……師匠……このオチを知っていたんですかぁ」

イツキはその場に屁垂れ込んでシドを見上げるようにして聞いた。


「うんにゃ。ワシも知らん。ワシャ、モモガの婆さんと飯を食っていたら街道で魔人が暴れているというので飛んできただけじゃ。まさかお主等がオーディンと戦っておるとは思わなんだわ」

と、イツキにとってはどこまでが本当か分からないような返事だった。


「仕方ない。取りあえず、ナロウに戻るまでは一緒にいるが、そこからはまた考えよう。誰かのパーティに入るのも良いし……」

イツキはそういうとマジックバックから一枚の紙きれを取り出した。


「アレット、ここにサインして」

それはギルドに出す転職の書だった。

アレットはそれにサインした。

「経歴はこっちで書いておくから、職業は武士ね。良いね?」

アレットは黙って頷いた。


イツキはアレットの経歴などを書き込み、最後に自分のサインを書いた。


そして呪文をと絶えるとその用紙を空に投げた。用紙は一瞬で消えた。

「あれ?紙は?」

アレットが聞いた。

「今、ギルドのマーサの机に飛ばした。これでギルドでの手続きは完了した。アレットは転職と言ってもまだ正式な召喚士ではないので、転職の神殿にはいかなくて良い。まあ、形式上初めての仕事は武士になるけどね」


そう言うとイツキはモモガに向き直って

「婆さん、コレでいいか?」

と聞いた。


モモガは黙って頷いた。

そして黙ったままアレットを抱きしめた。


アレットもモモガに抱きついた。

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