第70話ケンウッドの森の攻防 その2

 リチャードはケントと合流するとシューから聞いた話を伝え、直ぐにシド達にも伝えるように言った。

ケントからリチャードの伝言を聞いた2人は直ぐに新しい兵器がカノン砲である事を理解した。


「カノン砲まで作ってましたか……シューもそこまでやってネタをばらすかね?」

イツキはその情報元がシューだと聞いて呆れていた。


 アルポリ軍のこれまでの戦いで一度もそれが使わなかった。

隠していたのかそれとも使う程の戦いではなかったのか……イツキはそのどちらかだろうとは思ったが

「多分、意味もなく森に打ち込んでくるだろう。経験していない軍事行動は意味がない」

シドはそう言って、その武器を意にも介していなかった。


 しかしシドとイツキからその武器の説明を受けたタブナックルとホーリーは不安だけが広がって残っていた。

それが今目の前に展開されていた。


「ほほぉ、あそこから撃って届くのかぁ……さて当たるかのぉ」

シドはそう言うと気軽に眺めていた。


 アルポリ軍の大砲が一斉に火を噴いた。

弾が森の中へと降り注いだ。大木に弾が当たり幹が木っ端微塵に砕けて木々が倒れた。

森の動物が驚いて逃げ惑う。アルポリ軍に攻め込んだ部隊のうち体制を整え直すのに遅れた部隊が砲弾の中を逃げた。


「ほほぉ、ちゃんと届いておるのぉ……まぁ暫くしたら撃ち止むからそれまでは休憩じゃ」

と涼しい顔をしてシドはその砲撃を見ていた。


 初めはその大きな音と威力に驚いていたダークエルフ達だったが、シドの言うとおりに森から出て避難していたので、しばらくしたらその音にも威力にも慣れてじっくりと見る余裕も出てきた。


 砲弾は頭の上を超えて誰もいない森の中へ飛んでいくだけなので、被害は全くなかった。

逃げ遅れていた部隊もほどなく森から出てほかの部隊同様、持ち場にたどり着いた。


「大砲は敵が固まっている所に撃ち込まないと意味がないと言う事を分かっていないようだな。まだまだ使いこなすには時間がかかるようじゃのぉ」

とシドは相変わらず他人事のようにその光景を見ていた。


 そして森の中にも相変わらず玉は撃ち込まれていた。その間にさっきまで森にいたダークエルフの一部の部隊は森の中を東西二手に迂回し、アルポリ軍の砲撃部隊の側面を狙う位置まで来ていた。


砲弾の雨が止んだ。

アルポリ軍は歩兵へ進軍を命令した。


「これであの世間知らずのダークエルフも肝を潰して散り散りばらばらになったであろう」

ホベロイは左右に控えている部下達に笑いながら言った。

確かにダークエルフたちは肝を潰しそうになったが、戦場は放棄していなかった。


それを見張り台からみていたシドは

「え?本当に攻め込む気か? 愚かじゃのぉ……」

と呟いた。

その顔にはさっきまでの気軽さはなく、どちらかを言えばこの無策振りに怒っているようだった。


 2万程の歩兵が森へ突入した。

結果は同じだった。またもや頭上から矢が降り注ぎ、そちらに注意を向けていると側面から狙い撃ちされた。

ヴィクター族はこの森を知り尽くしていた。

その上、前もってシドとイツキから大砲の事は聞いていた。

聞いていた通り空から火の玉が降ってきたが、それは避ける事ができるレベルのものだった。


 アルポリ軍は家にあった槍と剣を各々勝手に持ってきた農民がほとんどの軍隊だった。

剣を持っていた兵士はまだマシだったが、槍を持ってきた兵士は森の中で長い槍を振り回す事もできずに弓と剣の餌食となっていた。

長い槍を持って森に入ればどうなるかは、森の住人エルフには分かりすぎるほどの常識だった。


 


 一方のアルポリ軍は、森の手前の草原の上に建てた櫓から森の中の状況は分かりづらかった。

森からは黒煙が立ち上っていたが、森自体が燃えているようではなかった位しか分かることはなかった。


「戦況はどうなっておる?」

ホベロイは少しイラついたように部下に聞いた。

「は、間もなく報告が来ると思われますが、もはや森の中にダークエルフどもはおりますまい」

とフクジンが応えた。


「ふむ」

ホベロイは頷いたが、顔色は冴えなかった。


その時、歓声が聞こえた。


「敵の大将の首でも上げたか?」

ホベロイが相変わらず椅子に座ったまま聞いていたが、状況が変わったという報告を聞きたかった。


フクジンが櫓の手すりに体を預けるように乗り出して周りの状況を見ていた。


「閣下、大変です。我砲撃部隊に敵の攻撃が!!」


「なんだと?!」

期待は裏切られた。

ホベロイは驚いて立ち上がるとフクジンの側まで寄ってきて戦場を見た。


 自陣の前に並べられた大砲に向かって、両側面からヴィクター族の軍が攻め込んでいるのが見えた。

前方の森の戦況ばかり気にしていたアルポリ軍は完全に虚を疲れて、逃げ惑うしかなかった。

その上、砲兵は基本的に武器を持っていない。持っているのは指揮官クラスの兵士だけだった。


 完全にアルポリ軍は浮き足立っていた。

その内に森に攻め込んだ部隊が森から逃げ帰りだした。


「どういうことじゃ?森にまだダークエルフどもがいたのか!?」

ホベロイ叫んだ。しかしそれに答えられる者はいなかった。


「閣下、我が軍は総崩れです。このままではここも危険です。一刻も早く陣を払いましょう」


「何を申す。ここでおめおめとわしに逃げろというのか!」


「逃げなければ間違いなくやられます。ここは一旦引いてから軍を立て直すのです」

フクジンはホベロイに撤退を進言した。


「分かった。引いて軍を立て直す」

そう言うとホベロイは一目散に櫓から飛び降り、馬に乗って駆け出した。


 こうなればアルポリ軍は逃げるしかなかった。しかし逃げた先の自軍も既にヴィクター族に攻め込まれていた。


「このまま突破しろ!突き進め!」

アルポリ軍の将校はそう命令するしかなかった。この状況で立て直すことなど不可能だった。


アルポリ軍は走りに走った。怒涛のように追いかけてくるヴィクター族。それに対抗すべくもなくただただ逃げるだけだった。


 森から大きな鐘の音が鳴り響いた。

ヴィクター族の兵士は振り返り森を見た。

森からは砲撃で起きた黒煙と共に赤い狼煙が上がっていた。それは「追尾中止」の合図だった。

アルポリ軍を追い立てていた兵士はそれ以上深追いするのを止めて立ち止まり、アルポリ軍の陣地で集合していた。


森の見張り台の上でシドがタブナックルに言った。

「思った以上に早くけりが着きましたな」


「そうですな。それにしてもとことん追い詰めたりはしないのですな」

タブナックルはシドに聞いた。


「追いかけても良いのじゃが……できればここでもう一度踏ん張ってもらいたい。そうすれば二度と攻め込む気が起きないように完膚なきまでに叩き潰してやれる」

とシドは言った。


 シドはホベロイという将軍の事は知らないが、多分このまま引き下がるわけには行くまいと思っていた。

大砲も全部残したままだ。

敗残兵をまとめてまた攻撃を仕掛けてくるだろうと思っていた。


そもそも、これほど脆く崩れるとは思ってもいなかった。


 大砲を森に打ち込んだ後はしばらくは硬直状態のにらみ合いになると思っていた。

あわよくば、本陣まで攻め込めることはあるかもしれない程度に思っていたが、予想以上にアルポリ軍が何も考えていなかったので逆に驚いていた。


 アルポリ軍はここまで1~2万程度の相手としか戦っていなかった。それも戦争もしたことがない軍隊と呼べるものもない部族との戦いであった。

だからこれまでは多勢に無勢で勝ててこられたのであった。

 アルポリ軍はここに来るまでに負け知らずで、何も学ぶことがなかった。戦えば連戦連勝。言ってみれば戦い方も知らない素人同士の戦いだった。


それがここに来て、にわか訓練とは言え軍隊としてある程度機能している敵と遭遇したのである。

今までのやり方が全て通用しなかった。



見張り台には要員のみを残して、タブナックル、シド達はアルポリ軍の陣地跡にやって来た。


「ほほぉ。大砲の置き土産ですかな。全部置いていくとは気前が良いのぉ」

とシドは笑いながら大砲を見ていた。

タブナックルと長老達は多くの兵士が迎える中アルポリ軍の陣地後に入った。


「これがさっきの空から火の玉を降らした元凶ですな」

ホーリーが聞いた。


「そうじゃ、びっくりしただろう」


「ああ、田舎者には腰を抜かす音じゃったわい」

とホーリーも笑いながら言った。





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