第51話森の中
王都を出てから何日経っただろうか?シドはトシのアドバイスを聞いてノイラー峠を目指した。
ノイラー峠に辿り着く前にフェレンの森を通る街道を進まねばならなかった。
昔なら冒険者は勇んでこの道を選び、そうでない旅人はこの道だけは避けた。昔からモンスターと間違いなく遭遇できる場所として有名だったが今ではほとんど遭遇する事はない。
そんな森の中を通る街道をシドは一人馬に乗って進んでいた。
「なぁコータロー、この森は寂しいのぉ……。モンスターが出て来たらどうしよう?怖いのぉ」と馬相手にシドは話しかけながら進んで行った。
馬は既にシドによって「コータロー」と名付けられていた。
その時、森の中からモンスターの吠える声が聞こえた。
「うん?この声は?」
その声はそこそこ大物のモンスターの声だった。
シドは引き返して他の道を行く気はさらさらなかったが、このモンスターと遭遇するのも面倒だなと思っていた。
またモンスターの声が聞こえた。今度の声は獲物を襲う時の声である事にシドは気が付いた。
――誰か襲われているのか?――
もしそうであれば見過ごす訳にはいかない。シドは馬を森の奥へと急がせた。
街道から外れ細い山道を進んで行くと仁王立ちで暴れる巨人系のモンスターとその前で震えている2人の子供の姿が見えた。
――これはやばい!――
シドは馬から飛び降りるとモンスターに向かって走った。
その時に、そのモンスターに飛びかかる騎士の姿を認めた。シドの足は止まった。
騎士は黒い甲冑で身を包み剣を振りかざし、その巨人系のモンスターと戦っていた。
そしてもう一人同じく黒い甲冑姿の騎士がモンスターの前から子供たちを抱きかかえて2人を助けていた。
――2人組の騎士か……でもあの格好は黒騎士(シュワルツリッター)か……キースの配下の者か――
2人の黒騎士は一人は黒髪でもう一人は金髪だった。
シドは暫くその戦いを眺める事にした。
2人の黒騎士は良く戦っていた。連携は見事で呼吸(いき)も合っていた。
――金髪は良いとしても、もう片方の黒髪の方はまだまだ粗いな――
シドがそう思って見ているとやはり動きが粗いと思われた黒髪の騎士が、モンスターの攻撃を避けきれずに剣でまともに受け止めて弾き飛ばされた。
したたかにクヌギの大木で背中を打って息が出来なくなってうずくまった。
そこへモンスターが襲い掛かったが、もう一人の金髪の騎士がそれを阻止すべくモンスターの足元を狙って切りつけた。
モンスターは一瞬ひるんだが、右手でその騎士を払い除けた。
その動きを避けきれずに左肩が攻撃を受け、その金髪の騎士は吹き飛ばされて転がった。直ぐに立ち上がり攻撃姿勢は確保していたが苦しそうだった。
――頑張っているが、2人ではちと荷が重いのぉ――
シドはそう見ていた。
――しかし、黒騎士とモンスターが戦うとは珍しい――
黒騎士がモンスターと組んで冒険者と戦う事はあるが、モンスターと黒騎士が戦う場面はあまりない……と言うかシドは見た事が無かった。
――ふむ。あくまでもあの子供達を救うつもりか――
シドはこの場面がおおよそ理解できた。
そしてその黒騎士をよく見た。黒騎士は2人とも女だった。黒髪と金髪の2人の女黒騎士だった。
キースが長い髪をしていたので黒騎士には長髪が多いんだろうと思って気にしていなかったが、この2人は女騎士だった。
――もしかして黒薔薇騎士団(シュヴァルツローゼンリッター)か?あれはイツキが勢いに任せて粉砕したのではなかったか?――
兎に角、今はこの2人、いや4人を救う事だと決めたシドは、モンスターと右肩を抑えながらも攻撃姿勢を崩さない金髪の黒騎士の間に割って入った。
目の前に急に見知らぬ男が現れたので金髪の黒騎士は驚いた。
しかし視野でその男を捉えていても、体が反応しなかった。
うつろに見えているだけだった。今この状態でモンスターに次の攻撃を仕掛けられたら間違いなくまともに受ける事になったであろう。
シドはヒノキの棒を持ってモンスターに静かに対面した。
モンスターは一瞬ひるんだが、直ぐにシドに飛びかかった。
闘いは一瞬で終わった。ヒノキの棒がモンスターの喉を突き抜けていた。
シドにしては珍しい力技での決着だった。
モンスターはその場に崩れ落ちて消えた。
身構えていた金髪の黒騎士はそれを見ると膝から崩れ落ちるようにして地面に座り込んだ。
シドは大木の下で息も絶え絶えになって気絶していたもう一人の黒髪の黒騎士を抱き起すと、背中から気合を入れて正気を取り戻させた。
「大丈夫か?」
シドは声を掛けた。
「……はい。何とか生きています……あの……子供たちは……?」
黒髪の騎士は息も絶え絶えながら子供たちの安否を気遣った。
「おお、大丈夫だ。泣いているが無事だ。よく守り通した。」
シドは優しい顔で答えた。
「良かった……。それに私たちも助けていただいたんですね。ありがとうございます。」
そういうとまた気を失った。
シドはその場にその黒騎士を寝かせ、子供たちの元へ行った。
「怖かっただろう。でももう大丈夫だよ。」
と優しく言った。
子供は5歳ぐらいの男の子と3歳ぐらいの女の子だった。
女の子は泣きじゃくっていたが、男の子は顔を引きつらせながらもシドの顔をじっと見ていた。
「兄妹か?」
シドは聞いた。
「うん」
男の子は頷いた。
シドは男の子を頭を撫ぜて「よく頑張ったな」と言った。その声を聞いて男の子の目に涙が浮かんだ。
シドは兄妹を抱きかかえて振り返り、気絶していない方の金髪の黒騎士に声を掛けた。
「そっちの方は大丈夫か?」
「はい。」
その金髪の黒騎士は、かすれた声で返事をした。
シドは4人を大木の下に集めて話を聞いた。
黒髪の騎士も意識を取り戻した。
どうやらこの2人の兄妹はこの森に山菜を取りに来たらしい。母親に持って帰るために。
「お父さんはどうした?」
とシドが聞くと
「妹が生まれた年にモンスターにやられた」
と答えた。
「そうか。それは悪い事を聞いてしまったねえ」
シドは優しく兄に言った。
村人たちのモンスターがほとんどいなくなったという話を聞いて、この2人はこの森に来たらしい。
「この近くに村があるのか?」
とシドはきいた。
どうやらこの兄妹はここから南下したところにあるロトコ村から来たようだ。その村から来たと兄はいった。
今日はこの周辺で宿場を管理している伯父さんの家に母親と3人で遊びにきていて、山菜を取りにこの森に入り込んだらしい。
そしてモンスターに遭遇した。その時の恐怖は如何ばかりであったであろうか?それでも兄はモンスターの前に立ちふさがり必死で妹を守ろうとした。
ちょうどその姿をこの2人の黒騎士が見つけ慌ててこの場に飛び込んだという状況だったようだ。
そこにシドは遭遇した。
「あんたらは黒騎士か?」
シドは聞いた。
「はい。」
金髪の黒騎士が答えた。
「もしかしてイツキに連れてこられた2人かのぉ?」
シドはイツキに聞いた話を思い出して尋ねてみた。
「はい。そうです。私がアイリス、こっちがエリザベスです。」
2人はイツキがオーフェンのところへ送り込んだ2人だった。
「なるほどね。それでモンスター相手に戦ったのか」
シドは合点がいった。
シドの知っている黒騎士は人間の子供がモンスターの餌になろうとも何とも思ったりはしない。自らは女子供に手をかける事はないが、モンスターが襲う事に関しては無関心だ。
しかしこの2人は元々人間だからそれは出来ない。
シドは2人に
「お疲れ様だったねぇ。これを飲みなさい」と言って回復薬を手渡した。
「ありがとうございます。」
そう言って2人は薬を飲んだ。
薬を飲んで落ち着いた二人は
「イツキさんとはお知り合い何ですか?」
と聞いた。
シドは
「ワシはシドと言ってイツキの知り合いだよ。イツキの弱みを沢山知っている知り合いだな」
と笑いながら言った。
それを聞いてアイリスとエリザベスも一緒に笑った。
シドはおもむろに
「コータロー」
と叫んで指を口に入れて鳴らした。
暫くすると草むらからコータローがぬっと草木の間から首を出した。
「どうじゃ、これが名馬コータローじゃ」
とシドは4人に、特に幼い兄妹に紹介した。
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