第9章アウトロ大陸
第50話街道
シドは出て行ったが教練は続いていた。
アイゼンブルグとヘンリーは指揮台から命令を発し続けていた。
ひな壇にいた他の貴族はもうそこにその姿は無かった。全員、師団長として教練に参加し、声をからして現場で兵に命令を下していた。
「嘘のようにキビキビと動いているな。ヘンリー、そうは思わないか?」
アイゼンブルグは隣にいたヘンリーに聞いた。
「そうですね。流石にあれを見た後は……」
ヘンリーはまだ真相を知らなかった。そしてまだあの現場の残像が頭の中から消えていなかった。
そこへイツキが指揮台に上がってきた。
「おお、老師は出発したか?」
アイゼンブルグはイツキを横目で見ながら声を掛けた。
「はい。閣下によろしくと言ってました。」
イツキはそう答えた。
「そうかぁ。ところでどうじゃ?この動きは」
イツキは目を細めて軍隊の動きを暫く眺めた。
「とても良いと思います。予想以上の動きです。」
イツキはそう応えた。
「まずは軍隊としての動き方を体で覚えてもらう事が重要だからな。でないと首を刎ねられた2人の死が無駄になる」
ヘンリーが軍隊を見ながら言った。ヘンリーはまだ何も聞かされていないようだ。
――事実を聞いたら怒るだろうなぁ――
とイツキは思っていたが、流石にこの場では言うわけにはいかなかった。
その代わり
「それが終わったら、今度は兵科ごとに再編成が待っている。まあ、時間がかかる事だから焦る必要はないが……」
とヘンリーに言った。
「分っている。それまでには銃兵を1万にするつもりだ。最終的には兵全員に行き渡るよにしないとな。そうだな?イツキ」
「ああ、ヘンリーの言う通りだ。」
イツキも軍隊を眺めながらそう言った。
教練が終わる頃、シドは既に王都を出て街道を西に馬を進めていた。
「本当にモンスターは出てこぬのぉ……イツキが狩り過ぎたかのぉ……」
と言いなが馬の上で独り言を呟き、ダリアン山脈を右手に見ながら馬を進めていた。
そう言えば街道にも人が多く行き来していた。
シドがイツキとパーティを組んでいた頃は、1人で街道を歩くなんて考えられない事だった。
ある意味この世界は平和になったと言える。
それほど異世界からこの世界へ多くのヒキニートが転生して来たという事だった。
街道も昔なら次の村か街まで何もなかったがモンスターの脅威が薄まった現在、街道沿いに宿場が出来つつあった。
「ほほぉ。こんなところに宿場がのぉ……人はどこでも逞しいのぉ。」
シドは感心しながら馬の背で揺れていた。
街道に宿場はある距離ごとに作られているようだ。こうやってシドが街道を進むと何軒かの宿場を通り過ぎた。
一応、モンスターが現れた時に対応できるように剣士や魔道士が雇われているようであった。
ただそれは、まだ街や村の近辺の街道に集中していたが……。
「シド老師ではありませんか?」
シドはある宿場で唐突に声を掛けられた。
馬上から声の主を見ると若い剣士だった。
「はて、どなたかな?この頃物忘れが激しくてのぉ」
とシドはその剣士に話した。
「いえいえ。私はシラネの部下、ヨッシーと申します。イツキさんに自衛団に放り込まれた転生者です。先日の会議の日は自衛団の本部の前で立哨(りっしょう)してました。」
その剣士はヨッシーだった。トシと一緒に街道沿いの見回りの途中だった。自衛団での会議の時にイツキとシドを本部の前で立哨として出迎えたのがヨッシーとトシだった。
「おお、あの時の衛兵さんか。それはそれは失礼な事をした」
シドは馬を降りヨッシーに挨拶をした。
「わざわざ馬から降りていただき恐縮です。」
「君も転生者か?」
シドはヨッシーに聞いた。
「はい。つい数ヶ月前にやってきました。」
「そうかぁ。とんだ災難だったな」
「はい。でもイツキさんのおかげで路頭に迷わなくて済みました」
「それは良かったのぉ。あいつもたまにはいいことをしよる」
シドは笑いながらヨッシーに言った。
「はい。ところで老師はどちらへ?」
ヨッシーはシドが余りにも軽装なので、散歩の途中か何かだろうと思って声を掛けたようだった。
「いや、これからアルポリ国へでも旅でもしようかと思ってのぉ」
シドはそう応えた。
「え?軍の教練は良いのですか?というかその軽装で?」
「あれはイツキに任せた。ワシのやれることは終わったよ。このカッコはいつもの事じゃよ」
「そうなんですね。ご苦労様でした」
ヨッシーは素直にシドの話を聞いた。
そこへトシもやってきて
「あ、シド老師。見回りですか?」
と聞いた。
「いやいや。もうやることもないからちょっと旅に出ようと思ってな。街道もモンスターも少ないようだし……」
シドはトシにも同じように答えた。
「そうですね。モンスターはこの頃復活しつつありますが、昔のように強いモンスターや一度に多くのモンスターの登場なんかはほとんど無いです」
トシは今の街道の状況を説明した。
「でも全く現れない訳ではないのでこうやって見回りをしています。」
「なるほど。今日は現れましたかな?」
「はい。午前中に1件。午後から3件現れました。昔なら5分に1回は出会ってましたけどねえ……」
とトシは昔を懐かしむように言った。
「え、そんなに出てきていたんですか?レベリングがさっさと出来て良いなぁ……」
とヨッシーが残念そうに言った。
「ほほぉ、また増えたらそんな日もこよう。それまでは地味にやるしかないのぉ」
シドはヨッシーを慰めつつ馬に乗った。
「それではそろそろ行くとしよう。」
シドはそう言うと馬を進めた。
「あ、老師!この先宿場は結構ありますが、ノイラー峠からはありません。これからこの道を行かれるのであれば、そこの宿場で夜を過ごされることをお勧めします。」
とトシはシドに教えた。
「ほほぉ。では、そうすることにしよう」
シドはそう言うと片手を上げて2人に別れを告げた。
その姿を見送りながら
「老師はあのイツキさんが勝てない人らしいな」
とトシは言った。
「……みたいですね。」
ヨッシーは答えた。
「どんだけ強いんだろう?」
「さあ?あの人にモンスターの情報なんか必要なかったかもしれませんねえ」
とヨッシーは言った。
教練が終わって控え室にイツキとヘンリーが居た。
口火を切ったのはヘンリーだった。
「イツキ。今日のことをどう思う?」
「今日のことって?」
イツキは敢えてとぼけてみせた。
「老師の首切りの件だよ。あれは驚いた。イツキも驚いていただろう?老師はあそこまで過激な人であったか?」
ヘンリーは右手で自分の首を切るような仕草をしながらイツキに言った。
「まあ、のんびりと教練する時間もないからな」
イツキはそう応えた。
「確かにあの後の兵の動きは目を見張るものがあったが……」
ヘンリーは納得しがたいといった表情で呟いた。
イツキは上目遣いでヘンリーを見ると
「生きてるよ」
と、2人の事を告げた。
「え?」
「あの2人は生きているよ。」
「え?あれは芝居だったのか?」
ヘンリーは驚いたような顔をしてイツキに聞き返した。
「いや、首を刎ねたのは事実。あの2人は一度死んだ。しかし、世の中にはこんな便利なものがあるのだよ。ヘンリー君」
そう言うとイツキはヘンリーの鼻先にフェニックスの尻尾を突き出した。
「これは?」
「見ての通りだよ。フェニックスのしっぽ。これであの2人は生き返った。」
「え?」
「で、今頃はカクヨ国へ駐在武官として向かっている」
「はぁ?」
「という事でこれは内密に」
「どういう事だ?!!」
ヘンリーもイツキと同様に頭が混乱していた。今さっきまで死んだと思っていた2人が実は生きていてその上、既に駐在武官としてカクヨ国へ行ったと聞かされて、その事実を理解して納得するのに暫くの時間を要した。
「そういう事だ」
イツキはシドがイツキにこのネタをバラした時の快感を少し分かった気がした。
しかしヘンリーの混乱した顔を見ると自分もあんな顔をしていたんだろうなぁと思って少し情けなくなった。
「あれは軍の空気を一新するために仕掛けた芝居か?」
ヘンリーは叫ぶようにイツキに聞いた。
「声がでかい……芝居ではないが、まあ、そんなもんだ」
「イツキ、君はこの事を知っていたのか?」
今度は声のトーンを少し落としてヘンリーは聞いた。
「知っていたと言いたいところだが、僕もさっき聞いたとこだ。だから師匠の前で僕が同じような間抜け面をしていた。」
それを聞いてヘンリーは軽く舌打ちをした。
「アイゼンブルグ閣下は知っているのか?」
「最初から知っていたようだ」
「クソ!爺い共にしてやられたか!」
「そういう事だ。僕もヘンリーも見事に騙されたわ。この件は半年は隠し通すらしい。師匠がそう言っていた」
「分かったよ。明日からも騙された振りをしておくよ」
ヘンリーはっこみ上げる悔しさをどうしていいか分からない風だった。
その気持ちはイツキにはよく分かった。
しばらくしてヘンリーは落ち着いたようにため息をつくと
「老師は全て自分ひとりで背負われたか……」
と呟くようにイツキに言った。
「そうだよ。その通り」
「これができるのは師匠だけだ」
「そうだな」
そう言うとヘンリーはまたため息をついた。
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