第48話教練

数日後、教練の朝が来た。

シドはイツキと共に現れた。

アイゼンブルグとヘンリーが2人を迎えた。


それを遠巻きに見ている貴族達がいた。

明らかに「よそ者が何をしに来たのだ」という顔で見ていた。

「訳のわからん事を総監に吹き込んで、余計な事を……」とかそんな声が聞こえた。


シドはそんな声が聞こえたのか聞こえなかったのかは分からないが、いつものように飄々と変わらぬ姿だった。



ヘンリーを先頭に4人は指揮台に上った。

目の前に王軍5万。貴族達の軍が10万。合計15万の大軍が目の前に整列していた。


「王軍は真ん中の部隊ですね」

イツキがアイゼンブルグに確認した。


「そうだ。この国の軍隊ではそれが一番精鋭と言われる部隊だ。」

アイゼンブルグは応えたが、どう見てもダレ切った部隊にしか見えなかった。




しかし15万の大軍が整列している様は流石に壮観だ。


指揮台の上にシドとイツキがいた。その後ろにアイゼンブルグとヘンリーが見守るように控えていた。


アイゼンブルグが前に出て全兵士に言った。

「我々はこれから困難な戦いに入ることになる。今までとは違う戦いを余儀なくされるであろう。全兵士に告ぐ。我々はこの国を守るため、愛する家族を守るために戦わなければならない。これから我が軍は生まれ変わらねばならない。命令は絶対である。それを破るものは自らの命で償わなければならない。心して教練に励んで欲しい」


そう言うとアイゼンブルグはシドに司令官が持つ指揮杖を手渡した。

指揮杖を受け取ったシドは全軍に向けて声を張り上げて言った。

「皆さん。これからこの軍隊を戦う軍隊として変えなくてはなりません。変わらねばなりません。信賞必罰は軍の規律の根幹を成すものです。分かりますか?」



多くの兵隊は真面目に聞いてなかった。聞いていてもニヤニヤと笑いながら聞いていた。


「良いですか?これからはモンスターとの戦いではなく、皆さんと同じ人間相手に戦う事になります。いいですかぁ」

なんとも優しげな話し方のシドであった。

イツキも初めて見るシドの教練だったが、「俺の時とは全然違うな」と思いながら見ていた。


指揮台のすぐ横のひな壇に立つ他の貴族・将軍も冷えた笑いの中で見ていた。


「……なので軍隊での命令は絶対です。一人が勝手な事をすると他の人の命に関わります。軍隊が全滅に追い込まれます。分かりましたかぁ」


前列の方にいた兵士が笑いながら「は~い」と答えた。


「いい返事ですね。それでは、今から命令を出しますよぉ。まず。この目の前の2小隊に命令します。良いですね。では。右向けぇ右ぃ!」

とシドは叫んだ。


兵士はダラダラと右に向いたが、中には左に向いたり全く動かなかったりした。


それを見てシドは言った。

「私は右向け右と言ったのですが、わかりにくかったようですね。それでは小隊長2人前に出てください。」

シドはそう言うと小隊長を2人指揮台の下へ呼んだ。

2人に「今度も右向け右というので兵士に命令するように」と伝えた。


2人は軽く笑いながら返事をした。


「それではもう一度やりますよ。今度は小隊長からの命令になります。」


シドは小隊長に「右向け右」と命令した。

小隊長は「何を今さらこんな訓練をしているんだ?」というような顔をして命令を部下に下した。

「小隊、右向け右」

勿論、兵は最初と同じようにダラダラと動いただけだった。


シドはそれを見ると2人の小隊長を指揮台の上に呼んだ。


「最初は私の命令が聞きづらいのかと思い、小隊長に同じ命令を伝えた。それにも関わらず、この動きは一体なんなのですかな?もう一度言いますよ。軍隊は信賞必罰は規律の根幹。軍の命令は絶対です。分かりましたね。」

シドは全軍に聞こえるように大きな声で言った。


2人の小隊長は元の位置に戻りシドの命令を待った。


シドはもう一度「右向け右」と言った。


3度目の命令も虚しく最初と同じようにだらだらと緩慢な動きで兵は右を向いた。


シドはもう一度小隊長を指揮台に上げた。


「さて、諸君には3度同じ命令を下したが、3度命令通りに動かなかった。最初は私の言い方が悪かったのかと思い2度目は小隊長に任せた。それでも変わらなかったのでもう一度全体に告げた。それでもこれでは軍隊として機能しているとは言えない。

この責任は兵への命令を徹底できなかった小隊長にあると思われる。故に両小隊長に責任を取ってもらうことにする。」


そう言うとシドは剣を抜いて2名の小隊長の首を刎ねた。

それは一瞬の出来事だった。


2人の小隊長の首が空を舞った。2人の小隊長は指揮台の上に膝から崩れ落ちた。

血しぶきが飛んだ。

15万の兵が息を飲んだ。

ひな壇に居た貴族たちも凍り付いた。


返り血を浴びたシドが

「副官前へ!」

と叫んだ。

「はっ!」

呼ばれた2人の副官は目が覚めたように指揮台の下へ走って直立した。

「小隊長がいなくなったので、両名を小隊長に任命する。よろしいな。」


「はっ!」二人は応えた。


「それではもう一度やります。」

指揮台の2人の遺体と首はすぐに片付けられた。


シドは新たに任命した小隊長に命令した。

「右向け右」


「小隊、右向け右」2人の小隊長は声を張り上げて命令した。

一瞬で2小隊の兵は右を向いた。


シドはふうと息を吐くと指揮杖をアイゼンブルグに渡した。


「はい。これで私の教練は終わりですな。あとはヘンリーに任せても大丈夫でしょう。」

そう言うとシドは指揮台から降りていった。

アイゼンブルグは一言も声を出さずにシドを見送った。

ヘンリーの顔は真っ青だった。


イツキは慌ててシドの後を追った。


「師匠……」


「イツキ。戦争をするという事はこういう事なのです。覚悟を決められない軍に勝利はない。」


「は、はい。」

イツキは改めてシドの凄まじさを知った。

やはり師匠に妥協は無かった。


「2人は生贄か……仕方ないのか……」

イツキは割り切れないものがあったが、シドの執念を見た感じがした。


軍事教練は凄まじい雰囲気の中で行われた。

ヘンリーが前もってアイゼンブルグと綿密に打ち合わせをしていた軍隊行動を徹底的に教え込んでいた。

師団長・連隊長等の部隊長もヘンリーの指示には見違える程機敏に応えていた。


軍本部の建物の中へ入ったシドとイツキは、シャワーを浴び返り血を落とし服を着替えた。


2人はあてがわれた部屋で休んでいたが会話は一言も無かった。

イツキはまだあの衝撃が忘れられなかった。

散々モンスターや黒騎士や野党の類を切り殺して来たイツキだったが、命令違反で人を斬った事は無かった。


「師匠。あれしか方法な無かったのでしょうか?」

イツキは聞いた。


「多分あったよ」

シドは事も無げに答えた。


「え?じゃあ何故……」


「あれが一番手っ取り早くてインパクトが強いかったからだ。」


「それだけですか?」


「それだだけだ」


イツキは無言で俯いた。

――やはり割り切れない――


イツキがそう思った時。ノックの音が聞こえた。

イツキが顔を上げると男が2人入ってきた。


その顔を見た瞬間イツキは息が止まる思いがした。

その顔は紛れもなくさっきシドが首を刎ねた小隊長2人だったからだ。


「え?これは??」


2人はまっすぐシドの前にやってきて敬礼した。


「ご苦労さんだったねぇ。首を刎ねられた気分はどう?」

シドは二人に声を掛けた。


「最悪ですよ。首が飛んでも意識があるから目が回るわ、頭が地面に落ちて痛いわ散々です。」

と苦笑いしながら1人の男が言うともうひとりは

「戦でも首だけは刎ねられない様に気を付けます。」

とこれも苦笑しながら話した。



「イツキ。首をワシに刎ねられたアンソニーそしてこっちがマイケルだ」

シドはイツキに2人を紹介した。

イツキはまだ混乱していた。


「イツキ。この世界がどんな世界か忘れていただろう」

シドが悪戯っぽく笑った。

そして手元に羽のようなものを出して言った。

「この世界にはフェニックスのしっぽという便利なモノがあるんじゃ。なんともご都合主義の楽しい世界ではないか。ほほほぉほぉ」

と笑った。

イツキは小さく

「あっ」

と叫んだ。


「実はシドさんから昨日、小隊の状況を聞かれて、『ダレまくってますよ。』と答えたんですよ。そうしたら「一度死んでくれ。すぐに生き返らせてあげるから』って言われましてね。」


「ああ、よく納得してくれたよ。」

シドは笑いながら言った。

「なんせ殉職は2階級特進ですからね」と2人は言った。

「そうだったな。でも今回は生き返ったから1階級だけどね」


「そうですか。残念」

マイケルが笑いながら言った。


「でもよく引き受けてくれた。ありがとう。」


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