第47話サラミとワイン

「回りくどい話は無しだ。聞きたいことは一つ。もし我が軍を三軍に分けたとして、果たしてその軍隊を動かす事ができるかだ。ただ単に三軍に分けただけで良いのではないだろう?」

アイゼンブルグは話題を元に戻して話しだした。


「はい。その通りです。三軍に分けるのは機能的に兵を動かすために必要だからやるのです。軍隊として動けないとすればは烏合の衆と同じです。」


「ワシはどうすれは良い。三軍をそのように動かした事はない。陛下の軍隊を無駄死にさせる訳にはいかん。」

アイゼンブルグはイツキに正直に言った。その潔さにイツキはこの将軍を心から尊敬した。

過去の栄光と地位と立場でしかモノが言えない奴らばかりを見てきていたが、ここで本当の軍人を見た思いがした。



「まず閣下は中軍で総司令官として全軍の指揮を取ってもらいます。参謀にヘンリーが横に付くでしょう。まずは彼に任せておけば大丈夫です。ただ、最初だけ我が師、老師シドにお任せ下さい。兵を閣下の指揮で手足のごとく動くように変えて見せることが出来るでしょう。」


「まことか?」


「はい。はっきりと言いますと、如何に優秀な作戦参謀がついてもそれを実行する兵が動かなければ意味がありません。なので最初だけ私と老師が教練をやります。」


「ふむ。老師シドかぁ……聞いたことがある。陛下も一度宮城に招きたいと仰っていた人物だの」


「そうなんですね。ただ。老師の教練は厳しいです。容赦ないです。それをやらねば一気に烏合の衆を軍隊にできませんから。それだけは覚悟しておいてください。」


「うむ。分かった。覚悟しておこう。」

アイゼンブルグはそう言って頷いた。

イツキもそういったもののシドがどんな教練をするかは分からなかった。ただ、15万の烏合の衆を一気に戦う集団にするには生半可な手法では成し得ない事は分かっていた。

シドは中途半端を嫌う男だ。その男がイツキの頼みに答えてやると言った限りには絶対にやる。

イツキはシドがどんな教練をするか楽しみであったが、怖くもあった。


「老師シドも陛下に仕えてくれれば良いのだがな」

アイゼンブルグはイツキに言った。


「はぁ。ただ老師はそういうところはあまり好みませんので……。」


「卿もその影響かのぉ?近衞の師団長を辞めたのは……」


「いえ……それは……」

 イツキは返答に困った。

あるといえばそれはあったが、それだけが辞めた理由では無かった。

よそ者であるイツキには辛い立場でもあった。あるいはイツキを我が陣営に取り込もうと言う誘いもあった。イツキにとっては色々と煩わしい場所であったのは確かだった。


「ワシは卿に師団長から将来は王軍の総監になってもらいたかったんだがな」

アイゼンブルグはワインを飲むとそう言った。


「え?」


「今の卿に勝てる勇者がどこにいる?」

そういうアイゼンブルグのフォークの先にサラミが刺さっていた。

アイゼンブルグは本当にこのサラミが気に入ったようだ。


「いえ。私は異世界から来たよそ者ですから、それだけは有り得ないと思っていました。」

イツキは驚いたように応えた。


「ふん。どこの世界にも反対勢力と言うものはあるもんじゃ。誰に何のためにお仕えしているのか?という事を忘れよる。陛下にこの命も捧げ、名誉も地位も陛下に頂きそれを無事にお返しする事が武人の誉れだという事を分かっていない。」

イツキはヘンリーがなぜこの老将を羨望して止まぬのかその理由をやっと分かったような気がした。

この老将には私心が無かった。あるのは陛下への忠誠心のみだった。


「まあ、済んでしまった事は仕方ない。ただ今回は卿にも働いて貰わねばならぬようだ。よろしく頼む。」

そう言うとアイゼンブルグはイツキに頭を下げた。


「頭をお上げください。確かに私は異世界から来たよそ者ですが、この国に転生してきてこの国が第2のふる里である事は間違いありません。閣下ほどの忠誠心は持ち合わせておりませんが、私なりの思いはあります。なのでご心配なきようお願いします。」


「うむ。ありがたい言葉じゃ。」

そう言うとアイゼンブルグはワインを一気に飲んだ。。

イツキは慌ててグラスにワインを注いだ。


「ところで一軍は約5万人の兵力を考えていますが、上軍と下軍の司令官はどなたをお考えですか?」

イツキは聞いた。

「ふむ。それが問題だ。はっきり言って誰が適任か分からん。誰も経験してないのでは判断できん。今までは貴族の順列で役職が決まっていたからのぉ」

アイゼンブルグはそう言って嘆いた。


「それでは軍をまとめ切れる能力のある方は?あるいは閣下が信用できる将軍は誰でしょうか?」


「それで言うなら、アンディ・ゲールとクルト・アイヒマンか。」


「分かりました。お二人共伯爵ですね。」


「そうだ。どちらも中将だ。彼らであればワシよりも上手く戦えるであろう。そして国への思いも熱い。」


「それは頼もしい。ヘンリーはその2人については?」


「よく知っているはずじゃ。」


「それは良かった。ヘンリーもやりやすいでしょう。明日、師匠に連絡を取ります。今週中に一度全軍の教練を実施できるようにヘンリーと相談します。」


「それはありがたい。」

アイゼンブルグはホッとした表情でグラスのワインを飲んだ。


「任命権については陛下にありますが人事権は閣下です。ここはヘンリーとよくご相談の上お決めください。」


「分かった。必ずそうするであろう。ところで卿はずっと軍にいてくれるのか?」


「いえ。最初だけです。途中で師匠と一緒に抜けます。もっとも心配なことがまだ確認できておりません。」


「それはどういう事だ。」


「まずアルポリの戦力が分かっておりません。大体、我が軍と同じぐらいだとは思われます。確かに銃があるのはアルポリ国が強気になれる理由ですが、それだけで我国相手に戦争を吹っ掛ける理由になるでしょうか?もう一つピンと来ないのです。」


「なるほど……。」


「あともう一つ。私と師匠はアルポリの国王に戦争を炊きつけた奴がいると思っています。それを確かめに行きたいのです。」


「なるほど……そういう事か……。あの国王が戦争を自ら始めるとは思えなんだが、そういう事か!戦争を焚きつけた奴がいるのか?」


「いえ。まだいると決まったわけではありませんが、その可能性が高いのです。なので確かめに行くのです。」

イツキは慌てて言い直した。


「もしそんな奴がいるのが分かったら?」

アイゼンブルグの表情が変わった。彼の目は軍人の目だった。


「その日がそいつの命日になるでしょう」

イツキの目も厳しいものへと変わった。


「うむ。それでことが済んだら安いもんだ。戦争はないのに越した事はないからのぉ。戦わない軍隊が一番の軍隊だ。ワシはそう思っている。」

アイゼンブルグは国家に於ける軍隊というものがよく分かっていた。今までまともな軍隊がない状況であったのに本質をちゃんと捉えていた。

そう言うとアイゼンブルグはワイングラスを見つけた後にワインを飲んだ。


――稀に見る名将だな――


イツキはそう思った。今日はこの老将と話が出来て良かったと心の底から思った。


夜が更けるまで、2人は国家の事、軍隊の編成、将来のこの世界の事を語った。

まだまだ話は尽きなかったがアイゼンブルグは名残惜しそうに言った。

「卿と話をするとキリがない。楽しい時間であった。それとこのサラミもご馳走になった。そろそろお暇(いとま)するとしよう。」


「はい。本日は拙宅までお越しいただきありがとうございました。」


「ふむ。一度卿もヘンリーと一緒に我が家に招くので来て貰いたい。よろしいな」


「はい。喜んでお伺いさせていただきます。」

イツキは本心でそう応えた。


アイゼンブルグが席を立ち帰ろうとした時に、思い出したようにイツキに言った。

「ヘンリーの事をよろしく頼む。あれの父親はわが友であった男だ。あれは父親を早くに亡くして今までよく頑張ってきた。いづれこの国を背負って立つ男だと思っている。支えてやってくれ。」

アイゼンブルグはそう言ってイツキの手を取って頭を下げた。


「閣下。頭をお上げください。言われるまでもなく彼と一緒にやっていきます。僕にとっても大事な友ですから」

イツキはそう言ってアイゼンブルグの手を力を込めて握り返した。


「我が王の事も頼む。」

そう言い残すとアイゼンブルグは片手にイツキが作った自家製のサラミと共に夜の闇へと消えていった。



アイゼンブルグがヘンリーの意見に同調してもらえるならこの軍は生まれ変わる事ができる。これで愚かな全滅が回避できる。


――これからもアイゼンブルグ元帥とワインが飲める――


イツキは重い気分が晴れていくような気がした。



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