第17話元老院の後

「おお、あのイツキか……」

元老院の貴族は全員イツキの事を知っていた。


「ご存知の通りイツキは唯一の5大陸制覇者です。それ以外も7つの海と9つの峡谷をも制覇しております。その彼に国王は男爵の称号をお与えになりました。この大任は彼しか可能な人間はおりません。また、唯一イツキはオーフェンに1人で勝負を挑んで勝利しております。」



「成る程……」

クンツェン侯爵は満足げに頷いた。

ヘンリーは一瞬国王の表情を窺(うかが)った。ヘンリーがイツキの名前を出した瞬間、国王は目を細めて笑ったようだった。ヘンリーの記憶が正しけれは、イツキは国王のお気に入りの騎士だった。


「他に何かご質問はございませんでしょうか?」

ヘンリーは元老院の貴族に問いかけた。




口を開いたのは国王だった。


「イツキは今何をしておる」


「は!イツキは今、当ギルドでキャリアコンサルタントとして転生者の面倒を見ております。」

ヘンリーは思わぬ国王からの質問に緊張しながら答えた。


「ほほ~。あやつも相変わらず酔狂な奴よのぉ。まあ、良い。

また一度、余(よ)のチェスの相手をしに参れと伝えてくれんかのぉ。伯よ。」


「は!心得ました。しかと申し伝えます。」

ヘンリーは椅子から立ち上がり礼をした。


この国王の一言で、今回の議題は国王の裁可が下りたものとなった。


頭を下げた状態でヘンリーはこの会議で一言も発言をしなかったペール・シュナイダー侯爵を見た。

シュナイダー侯爵は無表情で国王の顔を見ていた。


「一番反対すると思ったのだが……読み違いか……」

ヘンリーは頭を下げたまま国王が退席する音を聞いた。

他の元老院の貴族も立ち上がり敬礼した。


国王は静かに部屋を出て行った。


その後をゲルトール・キッテル公爵が後を追いかけるようについて行った。


元老院が閉会した後ヘンリーは、宮殿内のフィリップ・シェーンハウゼン侯爵の部屋に居た。

丸テーブルに座り2人で紅茶を飲んでいた。

シェーンハウゼン侯爵は 、貴族の中でも常に国王の影となり盾となりこの国を支えてきた重鎮の1人である。そんな彼をこの国の他の貴族達も一目置いて尊敬していた。


侯爵はヘンリーを若いころから可愛がっていたが、政治の場面ではヘンリーは間違いなく侯爵の参謀として片腕を担っていた。


「今回は上手くいったのぉ、ヘンリー」

シェーンハウゼン侯爵はティーカップを置くと口を開いた


「はい。思った以上に順調でした。」


「まあ、反対しようにも、この状況ではあれ以外に方法は思いつかんだろう……」

シェーンハウゼン侯爵は計画通り事が進んだので気持ち良さそうに笑った。


「はぁ」

ヘンリーは生返事で返した。


「うん?なんじゃ、何か他に有りそうな口ぶりじゃのぉ。」


ヘンリーは迷っていたが意を決したように語り出した。

「もう一つ、転生者を活かす……いや利用する方法があります。」


「そんな方法があったのか?それはどんなものか?」


「それは転生者だけの軍隊を作る事です。」


「転生者だけの軍隊とな?」

シェーンハウゼン侯爵はティーカップを持ち上げて口元に運んだ。


「はい。今現在、勇者と呼ばれる魔王を倒した完遂者は100人程度おります。この者たちは力の差こそあれ一騎当千の強者(つわもの)です。」


「それは分かっておる。しかしそんなにも勇者が居たとはのぉ……それらが100人いるだけでもどこの国の軍隊も勝てないであろうよ」


「そうです。閣下の仰る通りです。勇者が100人も居れば1万や2万の軍隊はゴミ同然です。」


「そんな軍隊を一体どこと戦わす気じゃ?」

とシェーンハウゼン侯爵はヘンリーに尋ねた途端

「まさか……」

と目を見開き絶句した。



ヘンリーの目元に怪しい光が浮かんだ。

「そう、そのまさかでございます。その最強の軍隊を他の国へ向けるのです。我が国は転生者が一番多い国です。勇者と転生者の数では他の国に圧倒的に勝ちます。その上、我が国にはイツキがおります。彼が居るだけで相手国の勇者は戦意を失います。世界制覇も夢ではありますまい。」


「それを誰かに言ったか?」


「いう訳がございません。」


「卿も恐ろしい事を考えるのぉ……」

シェーンハウゼン侯爵は深く椅子に座り直した。


「私はいつも起こり得る可能性を考えているだけです。」


「そうじゃのぉ、それが卿の仕事だからのぉ……」

シェーンハウゼン侯爵はそういうと少し考え込んだ。


「既に他の国が同じ事を考えているとは?」

シェーンハウゼン侯爵の目に厳しいものが現れだした。


「可能性はあります。我が国の次に転生者が多いカクヨ国なら気がついてもおかしくはないでしょう。

それに転生者の多くも最初に転生してきた地が我が国だったので、ここを故郷のように感じておりますが、条件に依っては他国の兵とならんとも限りません。」


シェーンハウゼン侯爵は眉間にしわを寄せ聞いていた。


「それとまだあります。」

ヘンリーは続けて話した。


「まだあるのか?聞きたくはないがそうも言えぬのぉ……申してみよ」


「はい。今のは国家単位で申しましたが、貴族の私兵として雇い入れた場合はどうでしょう?」


「それは……」

シェーンハウゼン侯爵の目が再び大きく見開かれた。


「口にするのも憚(はばか)れますが、陛下に対して弓を引く輩もおりますまいか?」


「う~ん。卿は本当にロクでもない事ばかり思いつきよるのぉ……」

とシェーンハウゼン侯爵は天井を見上げた。


「あくまでも可能性の問題です。」

ヘンリーはまた同じように応えた。


「もしかして、それ故にイツキを近衛師団に入れたのか?」


「ご明察にございます。彼が陛下の傍に居れば陛下に指一本触れさせる事は有りますまい。そう思い転生者の中で唯一爵位を授け近衛兵の師団長に抜擢したのであります。その当時は転生者が爵位を受けることなど有り得ませんでしたが。」


「成る程のぉ。卿は本当に忠義の者だのぉ。」


「いえ。侯爵の足元にも及びませんが……さて、その時にイツキに爵位を授け近衛の師団長にするのを一番反対したのは誰であったでしょうか?覚えておいでですか?」


「それは……ペール・シュナイダーか?」


「左様でございます。本日何一つ発言を為されなかったペール・シュナイダー侯爵です。」


「それだけで侯爵が謀反を考えているという証拠にはならんぞ」


「私もそこまでは考えておりません。」


「そうか、それを聞いて安心したわ。」


「ただ、その時にシュナイダー卿は私と同じ事に気が付いたようです。」


「なんだと?」


「最初は転生者を陛下の御傍に侍らす事を反対しておられましたが、途中で自分が転生者を雇う事を思いつかれたようです。」


「そうなのか?」


「ふと、シュナイダー卿の言動を聞いていて私はそう感じました。それで一応調べてみましたが、やはりこの1年間で勇者を3名ほどと転生者を10名ほど雇い入れております。」


「何とも素早いのぉ、卿は……」


「どこまでシュナイダー卿が転生者を利用しよと考えているかは分かりませんが、これからも卿にたいしての注意は怠らないようにしようと思っています。」




シェーンハウゼン侯爵は少し考えて

「今の話はワシは聞かなかった事にしておいて良いのだな。」

とヘンリーに言った。


「はい。全ては私の独断で密かに行った事であります。」


「分かった。」

シェーンハウゼン侯爵はそう答えるとこの話題を打ち切った。


今ここでシェーンハウゼン侯爵がシュナイダー侯爵の動きを怪しんでいると感づかれるのは得策ではないと2人は暗黙の了解で理解した。

もしシュナイダー侯爵に感づかれたとしてもそれは、ヘンリーが勝手に行き過ぎた行為をしたという事で問題はそれ以上大きくなりはしない。が、シェーンハウゼン侯爵まで関わっているとなると話がこじれる可能性が大きくなるのを2人は懸念したのであった。


「そういう、色々の可能性も考えて、転生者同士で争わせる事で転生者の数をこれ以上増えないようにするためにも今回の方法が必要だと考えたのです。また魔人が増えてくれると、注目はそこにしか行きません。人類同士が戦う前に魔人を何とかしないといけないと思って貰うのが大切です。

本当の目的は転生者を魔人にするのではなく魔獣を増やす事に有るのです。魔獣を狩っている間は人類は平和でいられる訳ですから……。」


「成る程のぉ」


「もし、今日、シュナイダー卿が反対意見を強硬に述べられたら、この話までしたかもしれませんが……今日は一言も意見を述べられませんでしたからね。私も余計な事を言わずに済みました。」


「そうかぁ……それを聞くと更にシュナイダー卿が何を考えているのか分からなくなるな。」

とシェーンハウゼン侯爵は呟いた。


「はい。」


「ところで、イツキはそれに気が付いて近衛を辞めたんじゃないのか?」


「はい。その可能性は有るでしょう。彼もバカではないですから。」

イツキが近衛師団に居る事はシュナイダー侯爵のように私兵として転生者を雇う事のメリットに気が付く貴族を増やしかねない。また、イツキ自身の存在が貴族たちの不安の元になる事を危惧したのかもしれない。


「そうだのぉ。イツキが反目する可能性は?」


「今のところはないです。元々彼にそういう欲は無いですから。それでも一応その心配を打ち消す為に彼をうちのギルドに入れたんですから……。」


「成る程のぉ……何故伯爵である卿がギルドマスターなんぞするのかと思っていたが、そういう事か」


「はい。シェーンハウゼン侯爵だけには申し上げますが、その通りです。この国の命運……いや、この世界の命運を左右する力を持ってしまった男が1人ここに存在しますから。幸いにも彼は陛下の事を慕っております。まず彼が反目する事は無いでしょう。」


「それを聞いて安心した。兎に角、イツキと卿が居てくれれば陛下はご安心だ。頼むぞ」


「心得ております。シェーンハウゼン侯爵のお心を煩(わすら)わすような事はどんな手を使ってでも止めてみせます。」


「期待しておるぞ。ヘンリー」

最後はいつものように親しみのある笑顔をヘンリーに向けたシェーンハウゼン侯爵であった。



ヘンリーはシェーンハウゼン侯爵の部屋を辞すると、馬車に乗りギルドに向かった。

車中もヘンリーは考えを張り巡らせていた。

馬車がギルドの前に着いた。

ヘンリーは馬車から降りると、自分の部屋に入る前にイツキの部屋の扉をノックした。


中から「どうぞ」という声が聞こえた。

ヘンリーは扉を開け中に入った。


「職を探しているんですが……」


イツキはそれを見て笑って答えた


「今なら、謀略好きな黒騎士をご紹介出ますが……」





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