第16話元老院
ノックの音がしてリンダが猫耳をぴくぴくさせながら珈琲を持ってきた。
「リンダ、ありがとう」
イツキはこの猫耳がぴくぴくするのがお気に入りだ。だからリンダには日頃から優しい。
リンダは笑いながら「ごゆっくり」と言って退室した。
「ところで、本当に魔人魔獣保護区って作る気か?」
イツキは聞いた。
「作るよ。」
ヘンリーは明快に答えた。
「ダリアン山脈周辺は一番の狩場だからな。そうするとこの国では大物はほとんど狙えなくなるな……という事は……」
イツキはこれからどうなるのかを想像しながら聞いた。
「そう。冒険者は隣のカクヨ国に行って貰う。テミン国はうちと歩調を合わすだろうからこの大陸の東と北はほぼ保護区になると思ってい構わないだろう」
「期間は?」
「1年ぐらいは様子を見たいな」
「そうかぁ」
「ナロウ国の転生者は案外魔人を選ぶかもな。僕も勧めるけど……」
「名キャリアコンサルタントのイツキ先生がお勧めするんだから大丈夫だろう。期待しているよ。」とヘンリーは笑いながらイツキに言った。
「そう言われてもねえ」
とイツキは答えるしかなかった。
「それよりも元老院は大丈夫なのか?」
「ああ、それは大丈夫だ。ただ、またイツキには他の魔王にも会いに行って貰うかもしれないが……」
「ええ?またぁ??……全部が全部オーフェンみたいに好意的な魔王ばかりじゃないぞぉ。面倒臭いのも居るんだぞぉ……」
イツキは思わず大きな声を上げた。
「いや、全部行ってくれなんて言ってない。もしかしたら他の魔王もあと2~3人は会いに行って貰うかもしれないって事だよ」
ヘンリーは焦ってイツキをなだめた。
「まあ、それぐらいなら良いけど……僕はキャリアコンサルタントであって、ギルドの本部スタッフではないんだけどね。」
イツキは半ば呆れ気味に言った。
しかし、相手がヘンリーなのでそれ以上は言えなかった。
「それは分かっているよ。でもうちのスタッフで、魔王と渡り合える奴なんか他に居ないんだから頼むよ。イツキ。」
「それは分かっているけど……」
兎に角ここでイツキにへそを曲げられたら、この話は前に進まなくなる可能性が大きくなる。ヘンリーは何とかイツキの機嫌を取りつくろうとした。
「で、それで元老院はいつ開かれるんだ?」
イツキは改めてヘンリーに聞いた。
全てはこれが上手くいかないと始まらない。
「明後日だよ。その場で国王からこの件に対して諮問が行われる。
シェーンハウゼン侯爵から上奏され、国王が諮問されるので私がそれにお答えするという形になるかな。」
「まあ、前もって話は通してあるから形だけで終わると思うんだけどね。」
ヘンリーはそれなりに自信があるといった表情でイツキに話した。
「僕としては、折角ロンタイルの魔王にまで会いに行って了解を貰ったんだからな。無駄骨に終わるのだけは避けたいけどね。」
イツキはリンダに入れてもらった珈琲を飲みながらそう言った。
「分かっているよ。イツキ」
そう言ってヘンリーも珈琲カップを手に取った。
2日後、元老院は予定通り開かれた。
定例の議題が進行している間は、会議が行われている広間の隣の控室でヘンリーは待っていた。
余り緊張したりする性格ではないヘンリーであったが、流石に元老院で話をするとなるとそれなりに緊張感が漂ってくる。
扉を通してこぼれ聞こえる話の雰囲気からすると取り立てて何の問題もない、いつも通り会議が進行しているようだった。
「これなら、すぐにこの案件も終わりそうだな」とヘンリーは安心した。
「ヘンリー・ギルマン伯爵。元老院へ」
そう呼ばれてヘンリーは立ち上がった。
元老院への両開きの扉が左右同時に重々しく開いた。
扉の両サイドには衛視が立っていた。
ヘンリーは中へ静々と足を踏み入れた。
目の前には国王陛下。長テーブルをはさんで左右に元老院の貴族が3名ずつ座っていた。
その長テーブルの前に立ったヘンリーは、直立不動でこう述べた。
「ギルド・シュレンツェン、ギルドマスター ヘンリー・グラフ・フォン・ギルマン。お呼びにより参上つかまつる。」
「よく来た。伯爵。着席するが良い。」
良く響き通る声でフィリップ・シェーンハウゼン侯爵が声を掛けた。
「は!」
ヘンリーは許しを得て長テーブルの前に置かれた椅子に座った。
正面の玉座には国王オットー・ウオンジが座っていた。
シェーンハウゼン侯爵は続けて
「現状の異世界からの転入者の件について卿の存念を述べよ。」
とヘンリーの意見を求めた。
「は!。謹んで申し上げます。
現在も異世界からの転生者は止(とど)まるところを知らず、増え続けております。
お蔭で我が国だけでなく、この世界全体の魔物という魔物が駆逐されつつあります。」
「おお~」と元老院の議員6人からどよめきが起きた。
それを確認してからヘンリーは話を続けた。
「それはそれで喜ばしい事ではありますが、モンスターを狩る事が冒険者の生業(なりわい)であります。言ってしまえば全て駆逐されモンスターがいなくなると彼らの生計が成り立たなくなるのであります。
そうすると、どうなるのか?」
ここでヘンリーは一息つき元老院の貴族の顔を眺めた。
「そうです。
皆様が今ご想像の通り、冒険者たちは他に職を求めないと立ち行かなくなります……という事は現在、我が国民が就いている職業に冒険者たちが流入する事になります。
転生者の勢いは今のところ衰える事を知りません。将来に渡ってこの状態が続くのか?あるいは数ヶ月先には収まるのか?今の現状では全くわかりませんが、収まる事はないだろうと思われます。
故に、将来的には国民と転生者たちとの間で仕事の取り合いが始まる可能性が大きいと言わざるを得ません。」
「このままこの現状を座して手をこまねいていると遅かれ早かれ現実のものとなり、街には職に溢れた者が徘徊し職を探して国民は怨嗟(えんさ)の声を上げるでありましょう。」
場に重たい空気が漂った。
ここまでの話は元老院では共通認識として既に理解されていた。
「そこまでは我々も分かっておる。そこでどうするか?卿(けい)の話が聞きたいのじゃ」
ゲルトール・キッテル公爵が口を開いた。公爵は国王の弟で、性格は温厚で控えめ。若い時から兄を敬い今でも国王の一番の理解者だった。
「それでは申し上げます。まず異世界からの転入は止められません。」
ヘンリーがそう言い切ると
「ああ、やっぱりな」
と元老院の貴族からどよめきに似た声が上がった。
それが収まるのを待ってヘンリーは続けた。
「じゃあ、やってきた転入者をどうするか?牢屋にぶち込みますか?断頭台の露として消しますか?……我国はそんな無慈悲な国ではありません。違いますか?」
元老院の貴族は全員頷いた。
「それで考えたのが、まず転入者には2つの選択肢を授けます。一つは今まで通りの冒険者ななる道を。もう一つは魔人を選ぶ道です。」
「なんだとぉ?魔人だとう?」
「そんな事をしたら魔人が増えるのではないか?」
「わざわざ魔人を増やしてどうする?」
とざわめきだした。
ヘンリーはそれを予想していたので落ち着いて片手を上げると、貴族たちの動揺を抑えた。
日頃は何を聞いても動じない広間に詰めている衛視も驚いた表情を見せていた。
「なにも魔人と言ってもアルゴスやオーガみたいな巨人とかゾンビとかではありません。黒騎士とか黒魔道士の類(たぐい)です。
もしアルゴスやオーガあるいはゾンビとかアンデッド系の魔物を選べるとしても、それを選ぶ物好きはそんなにいるとは思えませんが……。」
微かな笑いが広間に響いた。
「黒騎士とか黒魔道士とかはどちらかといえば魔王の眷属として、傍(かたわ)らで魔王を支える役目が多い魔人です。
それにある程度魔獣の類の調教もお願いしながら、冒険者と心置きなく戦ってもらいたいのです。それにより今まで無差別に人を襲ていたモンスターの類も出る場所と時を選ぶようになる可能性もあります。不幸魔獣との出会いがしらの事故も減ると思われます。
基本的には転生者同士の戦いになりますから、我国民にはなんの影響もございません。」
「魔人や魔獣が増え過ぎる事はないのか?」
フランツ・ミゼット侯爵が聞いてきた。
「それはないでしょう。これほど減っているのです。増えるのには時間がかかります。もし万が一そうなりそうな時は、このシステムを止めて元に戻せば冒険者たちが駆逐してくれます。」
「なる程……」
ミゼット侯爵は納得したようだった。
「話を続けます。それと同時にダリアン山脈周辺を魔獣保護区域として、ここでの冒険と魔獣退治を禁止します。期間は1年間を予定して居ます。順調に増えていたらそのまま解禁にしますし、まだ足りないようであればそのまま1年単位で延長を考えております。」
「如何でしょうか?」
ヘンリーは話を終えた。
元老院は沈黙が支配した。
「これは我国だけで行うのか?」
沈黙を破り、カール・ヨードル侯爵がヘンリーに尋ねた。
「はい。今のところ転生者が異常発生しているのは我が国だけです。他の国の転生者の数は我が国ほどではないようです。ただモンスターの数は我が国の冒険者が遠征しているので激減しているようですが……。」
「そうか……」
「これを認めたとして、これからどう進めていくつもりであるのか?ギルマン伯爵。」
そう尋ねてきたのはウィリアム・クンツェン侯爵だった。
「先ずはダリアン山脈エルガレ山の魔王オーフェンにギルドでの黒騎士・黒魔導士・黒魔女等の職種の取り扱いの許可を貰い、その者たちの受け皿を作って貰うつもりです。
ご存知の通り、エルガレ山のオーフェンはこのロンタイル大陸では最強の魔王です。まずここを抑えます。
その後ダリアン山脈一帯を魔獣保護区として1年間の冒険・魔獣退治を禁止します。」
「次に、他の峡谷・洞窟での冒険・魔獣退治を順次禁止していく予定です。」
「1年以内で国内及びテミン国での魔獣退治は全面禁止となります」
ヘンリーは次々と施策を述べていった。しかし既にイツキがオーフェンに会って了解を貰っている事はこの場では伏せた。この事実を知っているのは国王とシェーンハウゼン侯爵だけだった。
「して、オーフェンとの交渉には誰が向かうのか?卿(けい)がお行きになるのか?」
クンツェン侯爵は改めて尋ねた。
「いえ。私ではありません。イツキが参ります。」
「イツキとな?」
「はい。先の近衛第1師団師団長だったイツキ・フォン・ケイタ・ツェッペリンであります」
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