毒舌系金髪幼女はオレンジジュースがお好き。7

 私は気になっていた。いかに医学の知識があるとはいっても、あの皮膚症状だけで梅毒だとは断定できるはずがない。単なる虫刺されやアレルギーなどでも似たような症状が出ることがある。むしろそちらの可能性の方が高い。そうした疑問を、ようやく百パーセントのオレンジジュースにありつけてご満悦の少女にぶつけた。

「そんなの、わかるわけないに決まってます」

 メアリはあっけらかんと答えた。

「まあ、奥さまの方はなにかしらの心当たりがあったようですけれど。あれはたぶん、ただの虫刺されでしょうね」

「え、適当にいってたの?」

「あの性格でしたら他に男のひとりや二人いると思っていっただけです」

「いくらなんでも、新婚旅行中の二人に対してはいいすぎじゃないかな。もしあの二人が別れでもしたら、あなたは二人分の人生を壊してしまったということになるのよ?」

 そういうと、彼女は振り返り、私の眼をじっと見つめながら、

「あの程度で別れることになるのなら、それは、二人の間にはそれまでの愛でしかなかったということです。私が茶々を入れずとも、結局いずれは別れていましたよ」

 と、きっぱりといい放った。

「それよりも、検査結果です」

 血液検査の結果、シェソンはメアリの考えた通り低ナトリウム血症であることが判明した。その事実を告げると、メアリは得意がるでもなくやたらに真剣な表情になって、顎にそっと指先を当ててなにやら考え始めた。

 と、そこへ近づく足音があった。振り返ると、昨日出会った姉弟がこちらへと駆けてきている。ジュースを買いにきたのかと思ったが、彼女らは自動販売機には眼もくれず、全速力で私の傍まで寄ってきて、いきなり腕を掴んだのだった。

「ドクター!」

 弟が私よりも拙い発音でそう叫んだ。その後に姉が続く。

「探していたんです。きてください、父が、先生に診ていただきたいと」


「昨晩のことだ、急に、胸が、心臓が痛んでね。苦しいんだ」

 姉弟に連れられて入った客室のソファに頭を抱えて座りこんでいた父親――名をチャールズ・ライトというそうだ――は完全に憔悴し切っていた。ライト夫人もまた顔に疲労の色を貼りつけたままでキッチンの椅子に腰かけうなだれている。

「昨日、きみたちと別れてから酒は飲んでいない。その、ばち指、とかいうのが気になってね、ネットで少し調べてみた。確かに、そこのお嬢さんがいった通り、心臓病の兆候と書かれていたよ」

「ご家族に心臓病の方はいらっしゃるのですか?」

 と私は問う。

「ああ、叔父さんが心臓を患っていた」

「これが俗にいう、嘘から出た真ってやつですね」

 メアリは無表情のまま日本語でそういった。

「か、彼女は今、なんといったんだね?」

 ライト氏は、彼にとっては暗号に等しいメアリの発した言葉に不安を隠そうともせず訴えかけるような視線を送ってくる。私がどう答えたものかと思案する間もなく、

「狭心症かも、といったのです」

 と、彼女自身が答えた。

「酒が、原因かね?」

「お手を拝借」

 彼の手を取り脈を診る。

「どうなんだ。悪いのか?」

「大丈夫です、落ちついてください」

「私は、死にたくない」

「脈拍は――」

「まだ、死にたくない。やめろ、くるんじゃない」

「眼の焦点が定まっていません」

 メアリがいった。

「これは、幻覚を見ています」

 そして次の瞬間、ライト氏は私の手を振り払って、胸を掻きむしり、唸り声をあげながら床へと崩れ落ちた。私は首にぶらさげっ放しの聴診器をひっ掴み彼の背中にへと当てた。

「心拍が――、心室細動がくるかも」

「AEDは?」

「確か廊下に――取ってくる!」

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