我食べる、故に我思う

ころっけぱんだ

第1話「オムライスの試練」

 オムライス。


 みんな一度は食べたことがあるだろう。黄色と赤の色合いが美しい、どこか可愛げのある料理。大人にも子供にも愛される、ゆるキャラのような存在だ。


 人は誰しもオムライスに思い出があるだろう。


 小さいころ、よく母に作ってもらったオムライス。ご馳走というわけではないが、作ってもらうとカレー並みに嬉しかったあの味。

 家族でよく行ったお店で毎回悩んで、結局いつものオムライス。大人になった今でもその店に行き、懐かしむように楽しむあの味。

 上手く玉子で包めず、グチャグチャに失敗したものを出したが、美味しいねと言ってもらったオムライス。今は我が子がそのオムライスを私に出して、嬉しすぎて少ししょっぱい味がしたあの味。


 このようにオムライスというものは話題が尽きない。語ろうと思えば3時間演説することも容易いし、ディスカッションすれば場は白熱。掲示板で話そうものなら殺害予告が出る。それほどのポテンシャルを持っている。

 やれ、玉子は固焼きだ、いや半熟だ。やれ、ケチャップだ、いやデミグラスだ。

 等々……。


 だが今回は少し別の観点からオムライスを見ていこう。


 オムライスの試練についてである。

 オムライスを家で作る際、そこには3つの試練が待ち構えている。実際の手順通りに作っていくと、その試練は順番に顔を出していく。

 実際にオムライスを作っていこう。まずご飯があることと卵があることを思い出す。そして君は思うはずだ。

 卵かけごはんが出来るなぁ、と。



 これが卵かけごはんの試練である。



 だが、この試練は軽い小手調べだ。まず、オムライスを食べようと思っているということは、その食事は昼食か夕食である。

 卵かけごはんは本当に美味しい。日本人の心のよりどころの一つと言っても良いだろう。だが、彼は朝ごはんでこそ輝く。昼食や夕食の舞台では生きない。


 例えば、大変かわいらしい声を売りにした声優がいる。彼女がアニメでヒロイン役を演じればファンがキャーキャー、萌え萌えするだろう。多少アニメの出来が悪かろうと、彼女が出れば一定のファンのおかげで作品評価は上がる。それほどの人物。

 だが、彼女が実写でドラマや映画に出たとする。するとどうだろうか、やれ声と顔があってないだとか、般若だとか意見が出てくる。

 土俵が違うのだ。その土俵で彼女の戦場ではない。彼女の舞台ではない。卵かけごはんを朝食以外で出すということは、そういうことなのだ。


 以上の理由から、この試練を超えれる者は結構多いだろう。

 この試練を抜け出し、鶏肉と玉ねぎを取り出す。そこでまた君は思うはずだ。親子丼にしてもいいかぁ、と。



 これが親子丼の試練である。



 この試練は先ほどのものより段違いに強い。まず、親子丼は昼食や夕食でも食べられる万能役者だ。

 アニメやナレーション、ドラマに映画なんでもこなすのだ。


 そして親子丼の良いところはオムライスと比べて簡単に作れることだ。オムライスという料理は手間がかかる。材料を切り、ごはんと一緒に炒め、チキンライスにする。さらにここでフライパンを変えるか、フライパンを洗わなければならない。そして卵を焼いて乗っける。

 これだけの手間がかかる。特にフライパンの件は重いだろう。途中で洗えば料理のテンポが落ちるし、あとで洗うのも面倒くさい。


 それに比べ、親子丼は単純に言えばチキンライスを作る手間がいらない。手間がかかっていないからオムライスと比べて劣るかというと、そんなわけはない。

 トロトロとした卵と出汁。ジューシーな鶏肉。それらを際立たせる三つ葉や海苔という名脇役。それらが混然一体となって、自分を幸せへと導いてくれるのだ。

 ここまで書くともう親子丼以外の選択肢がないように思える。


 だがオムライスは親子丼にはないものがある。洋風感だ。なにをくだらないことを、と人は思うかもしれない。

 だが考えてみてほしい。君の朝食は何だったのか。夕食はどうするのか。

 それらが和食の人はこう思わないか。昼は少し味を変えた方が良いな、と。和食というと、どうしても醤油から逃げられない。醤油を使わない料理もあるが、レパートリーが無い人だっているのだ。

 つまりは一日の中の「醤油味の料理」というカードを切らなくていいのだ。代わりに「ケチャップ味の料理」というカードが切れるのだ。この「ケチャップ味の料理」というカード、実際ちゃんとした料理の中では少ない。そんなレアカードを使えるチャンスを人は無駄にできるのか。そんな考えが過った段階で我々はオムライスに傾きつつあるのだ。

 以上の理由から、親子丼とは差別化が図れる。ここまで言えばこの親子丼の試練を超えることができる人も少なくないだろう。

 ここまでの脱落者のご冥福を祈りつつ、次に移ろう。


 親子丼の試練を乗り越え、オムライスを作る覚悟をした君。野菜、鶏肉を手早く切り、フライパンに油を敷き炒める。ある程度炒めたらケチャップと塩コショウで味付け、ごはんを投入。

 さぁ、チキンライスができた。次に卵を……。

 めんどくせぇな。チキンライスで良くない……?



 これがチキンライスの試練である。



 オムライスにたどり着くまでの試練、最後の刺客。それがチキンライス。


 昼食でも夕食でも活躍でき、オムライス程の手間もかからず、ケチャップ味。思わずチキンライスでいいかなと、クリスマスに唇を分厚くして、荒い関西弁で言いたくなる。


 あぁ、なんという強さか……。あまりの迫力に足が震え、息も荒くなる。圧倒的強者の風格が我々のオムライスへの固い決意を揺るがす。

 しかし、人は抗う者。寒き土地でも暖かく生きる工夫をし、時に不治の病でさえも克服してきた。反骨精神は遺伝子に刻まれている。故に思う。チキンライスなんかに絶対負けない……と。

 だが、そんな君にチキンライスは追い打ちをかける。


 匂いである。


 単純なケチャップの匂いではない、野菜と鶏、それらが抜群のチームワークで君を攻撃しているのだ。さらにオムライスを作っている時点で、あなたは少なからず空腹である。空腹時に嗅がされる食べ物の匂い。そんな拷問的ともいえる試練がオムライスを作ろうとするたびに、必ず襲ってくるのである。


 勝てない。私も勝てなかった。

 何度チキンライスに負けたかわからない。


 そう、勝てないのだ。チキンライスに。オムライスづくりにおいて誰もが経験するチキンライスへの敗北。


 これを読んでいる君たちに贈る。



 負けないでくれ、チキンライスに。

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