同僚
金谷さとる
同僚
主婦パートの多い私の職場は六時を過ぎると一気に人の気配が減る。
しかし私は契約無制限であり、養育責任がある子供も、配偶者もおらず、生活費、遊興費を自力ねん出するためにもその時間を超えることは比較的よくあることだった。
私が作業している部署は壁ぎわで背後の棚で隣部署との境界になっていた。正面は仕切り板のむこうに隣部署のパソコンラックがずらりと並んでいる。出入り口と言える部分には大型設備があったりで隔離されていたし、用事のない人はまず近づかないし用事があるとなると、急ぎで設備を動かすので帰る直前まで電源が落とせないそんな環境だった。
それでも、人の少ない時間は本当にフリーダムなのだ。
そんな中、私は時間をおいて硬化する溶剤からぷくりぷくりと浮かんでくる気泡をある程度つぶしていく作業だとか、配線を剥いてはんだ付けしたり細かい作業をしていた時だった。
ふっと背後に感じる人の気配。
作業する合間に落とした視線を足元に泳がせた。
足が見えた。
私はその足を男性だと認識し、用があれば声をかけてくるだろうと放置した。
そんなことより作業が優先だったのだ。平行作業が基本とはいえ、ひとつに集中できる時間はやはり貴重だ。
あんな色のズボンは制服にはなかったと気がついて振り返ったそこにはただ棚があっただけだった。
他のパートの人に聞いた話だと他にもいない男性を感じた人は少なからずいたらしい。
ときおり背後から覗き込まれる気配だけが続いたが不思議とコワくはなく、私の認識は『そんなに私の作業が心配か』というもので、見えないワーカーホリックさんだなぁと流していた。
私が勤めていた会社はレイアウト変更が多かった。
移動しても彼の気配は背後に感じた。
当時の私がしていた作業が彼の気にしてる範囲だったのかもしれない。
移動で、二階の部署から一階の部署へと移動した後は彼はついてこなかった。
もしかしたら、彼はあの階から動けないのかもしれない。
私の部署は常に同じ壁際だった。
本当に範囲は限られていたのかもしれない。
背後から覗き込んできた見えない同僚をときおり私は懐かしく思い出すのだ。
彼は今頃どうしているだろうか?
同僚 金谷さとる @Tomcat
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