第8話「ザクロのジュース!」

 増えた分の触手もまた、すぐに蚊柱に覆われる。

 蚊柱を満たすにはまだまだ触手が足りない。

 ここまでは前菜だ。


「行きます! タマネギとニンニクとヒヨコマメのスープ!」

 カルブがスープの器を掲げ持つ。

 祭壇にスープが捧げられたのはまだ日が出ている時間だったはずだが、イシス女神の力で保温されているので湯気が立っている。

「来い! タマネギとニンニクとヒヨコマメのスープ!」

 ツタンカーメンの手の中に、スープの霊体カーが器ごと現れる。

「スプーンもくれ!」

「はい! えい!」

 寒暖差の激しい砂漠の夜に、体の芯から温まる。

 アテン神の触手が増える。

 そこにまた蚊柱が群がる。


 次は特大の魚。

 魚は庶民の食べ物とされているが、これほどの大物ならば神秘性を感じて神殿に捧げられてもおかしくない。

「行きます! でっかいナマズの香草焼き!」

「来い! でっかいナマズの香草焼き!」

 カルブが上手に骨を避けるので、慣れないツタンカーメンでも安心して食べられる。

「おお! うめー!」

「こういうのは初めてですか? ふっふっふ」

 アテン神の触手が増える。

 それでもまだ多くの蚊が、留まれる場所なく飛び回っている。


 次は口直しにワイン。

「行きます! ワイン!」

「来い! ワイン!」

 高級品である葡萄ぶどうの実の、最も高貴なたしなみ方。

 二人とも十八歳で、古代の基準ではとっくに成人している。

 カルブは一口飲んで笑い出す。

 ツタンカーメンは余裕。

 アテン神の全身から芳醇な香りがただよい始める。


 いよいよ肉料理。

「行きます!! 子羊の丸焼き!!」

「来い!! 子羊の丸焼き!!」

 これはもう、これ以上の説明は要るまい。

 子羊である。

 丸焼きである。

 最高に贅沢な一品である。 

 あまりに美味でカルブはついついガツガツ行ってしまったが、ツタンカーメンはあくまで上品に平らげる。

 触手が一気に倍増し、大半の蚊が拠るところを得る。

 残っているのは蚊柱の中でもドン臭い者達。

 だからって冷たくあしらったりはしない。

 神殿へのお供え物は、まだまだたくさんあるのだから。


 次はフルーツ。

「行きます! イチジクにスイカにナツメヤシ!」

「来い! イチジクにスイカにナツメヤシ!」

 いずれもエジプトでは古くから食されている。

 飛び回る蚊は、もうほぼ居ない。


 そしてデザート。

 これも二人とも大好物。

「行きます! ハチミツをたっぷり使った甘い焼き菓子!」

「来い! ハチミツをたっぷり使った甘い焼き菓子!」

 べとべとになった指をペロリ。

 あと少し。


 仕上げの飲み物。

「行きます! ザクロのジュース!」

「来い! ザクロのジュース!」

 ついに最後の一匹が、アテン神が差し伸べた触手の先端に留まった。

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