第4話「アテン神の子」
「王子様もまだ子供だったけれども、ベケトアテンから見ると頼れるお兄さんという感じで、読書家で、アテン神の神話の本がどこかにないか一緒になって探してくれたの。
書庫にはいろんな神様の神話が収められていたわ。
女神セクメトが傲慢な人間を罰する話、邪神にして戦神たるセトが外国からの侵略者と戦う話。
でも、アテン神が活躍をする神話はなかった。
アテン神は人を罰したり敵と戦ったりする神様じゃないから、っていうのもあるけど……
ぶっちゃけ、信者の政治力が足りなかったのよね。
だから注目されてなくて、世の中でいいことがあってもアテン神のおかげではなく他の神のおかげ、悪いことがあってもアテン神のせいではなく他の神のせい。
本当に神様が居るわけじゃないけど、人々はそう考えてきたの」
(いや、本当に居るんだけど。おれ、ついさっきまで神々と一緒に居たんだけど)
でもスメンカーラーの話の腰を折るのも嫌なので口を閉じておく。
「寂しがるベケトアテンのために、王子様はアテン神を称える詩を書いてあげた。
そしてね、ベケトアテンと二人きりの時にだけ使う、秘密の名前を作ったの。
それが……アクエンアテン」
「…………」
「あら? つーたん、驚かないの? あなたの養父の先王様が、あなたの実のお父様だったのよ?」
「知ってましたから」
「あらら。それでさっきからつまらなそうにしてたのね」
「それだけじゃありませんけど」
ちなみにアクエンアテンの当時の本名はネベルケペルウラー・ワーセンラー。
父であるアメンホテプ三世の死後、威光を借りるために一時的にアメンホテプ四世に。
その後すぐにアクエンアテンに正式に改名する。
「アクエンアテン様は、自分は第二王子だからって気楽に暮らしていてね。
ベケトアテンと子供同士でふざけ合って、大きくなったら結婚しようなんて笑い合ってらした。
だけど第一王子が突然の病で亡くなられて、アクエンアテン様は詩を書く時間もベケトアテンに逢う時間も取り上げられ……
おまけに結婚相手までも決められてしまったの。政治的に重要な相手と、ね。
……王様になれば側室を百人でも千人でも迎えられるわ。
けれどベケトアテンは正妃でなければ嫌だと言って、王宮を飛び出して、アテンの神殿の巫女になったの」
「追いかけて駆け落ちでもすれば良かったのに」
「ふふふ。そうね」
ツタンカーメンがほほを膨らます様子があまりに期待通りで、スメンカーラーは思わず微笑んだ。
「でもね、ベケトアテンとのもう一つの約束を果たすには、王様になるのが一番の近道だったの。
アテン神信仰をエジプト中に広めること……
つーたん、あなたは一神教を捨てて多神教に戻して、それでエジプトの内戦を回避しようとしてたのよね?
……回避、できた?」
「うん」
「そう。良かったわね」
そう言いつつもスメンカーラーはどこか不満げだった。
「つーたんはお父様のことを悪者だって思っているかもしれないけれどね、だけどアクエンアテン様が王になった頃は、神々の名を利用して人間同士が争っていてね、これはこれで危機だったの。
ベケトアテンのお姉さん達も、大きな神殿のゆがんだ争いに巻き込まれていたのよ」
そっとため息をつく。
「ベケトアテンが出家した先は、小さな村の、小さくても綺麗な神殿だったの。
あのね、つーたん。お父様はちゃんとベケトアテンを追いかけたのよ。
ベケトアテンが暮らす神殿の周りに、大都市アケトアテンを築いたの。
二人はすぐ近くに居たけれど、それぞれの立場に追われて……
結ばれたのは、
その一晩が、一人の誕生と一人の死に繋がった。
風が砂を巻き上げて、ツタンカーメンは目を閉じた。
「純潔であるはずの巫女が身ごもって、そりゃあもう大変な騒ぎだったわ。
しかも巫女はお産の時に亡くなって、赤ん坊は生まれながらに足の骨と頭蓋骨がゆがんでいて……
そんな時、どこからともなくこんなうわさが流れ出したの。
いつかこの子の腕も足も消えてなくなって、頭蓋骨から直接、触手が生えてきて、アテン神そっくりの姿になるって。
そう信じてつけられた名前が
それなのに、あなたはいつまで待っても一向に、アテン神に似てこなかった。
ねえ、つーたん。
アクエンアテン様から自分がつーたんの父親だって聴かされた時、アタシ、すごくショックだったのよ。
……つーたんが、アテン神の子供じゃないだなんて……」
風が冷たい。
気がつけば、日は完全に暮れていた。
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