第3話「なってしまったの」
ツタンカーメンはふわりと浮いて、手頃な瓦礫にストンと腰かけた。
スメンカーラーがにこにことツタンカーメンを見上げる。
何か違和感があった。
(あ)
子供の頃は身長差で、いつもツタンカーメンのほうがスメンカーラーを見上げていたのだ。
ツタンカーメンが無意識に選んだ瓦礫は、スメンカーラーが椅子代わりにしている瓦礫よりも背が高くて、ちょうど玉座の王と臣下の配置のように自然になっていた。
ツタンカーメンはスッと体を滑らせて、その瓦礫の、低い位置の出っ張りに移動しようとした。
「ダメよ、つーたん。王様らしくしなさい」
「!」
弾かれたように元の位置へ戻る。
だけどスメンカーラーは、もうツタンカーメンを見ていなかった。
父の側近であり、母の友人でもあった神官の目は、遠い過去を見つめていた。
風がまた少し冷たくなった。
「むかーしむかし、王宮の女子寮に、高貴な血を引く五人の姉妹が住んでいたの」
女子寮。
後宮と訳されることが多いが、王の正妃や側室だけでなく、母親や娘や親戚のオバサン、臣下の妻子、宮廷の女性職員などが暮らす場所である。
「姉妹の両親は娘達に、エジプト中のいろんな地域の神様の名前をバランス良くつけていったの。
長女はテーベのアメン神にちなんでスィトアメン、次女はヘリオポリスの女神イシスにちなんでイシト。
どちらも大都市の神様で、とっても有名だし人気もあるのよね?
だけど三女、四女とだんだんマイナーになっていって、とうとう五女は、ベケトアテンになってしまったの」
「なってしまったの」
ツタンカーメンが目をぱちくりさせる。
「その名をつけておきながら、実は姉妹の両親も、アテン神がどんな神様かわかっていなかったの。
名前のことで姉達にからかわれたベケトアテンは、アテン神について自分で調べようとして、王宮の書庫に駆け込んで……
だけど幼すぎて
一人で泣いていたところに、王子様が現れたの。
それがあなたのお父様」
文字通りの王子様。
未来風に言えば、お花を
「って、人気のない書庫でいきなり二人っきりですか!? それでおれを身ごもったんですか!?」
叫んだ弾みでツタンカーメンが瓦礫からずり落ちた。
「違う違うっ。いきなりそんな話に行っちゃダメ! その頃のベケトアテンは確か五歳だったのよォ。そんな年じゃないの!」
「ごごご五歳!? 父上は小児性愛者なのですか!?」
瓦礫に上り直そうとして盛大に転げ落ちる。
「ちーがーうー! 二人がそういう関係になるのはもっとずっとあとの話! だから泣かないで! ンもうっ! 黙って聞いていてッ!」
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