第28話「つーたんだ」

 ギザの地にピラミッドが建てられたのは、ツタンカーメンが生まれる千年も前。

 初代のファラオの誕生は、さらに五百年の昔。

 人の歴史書よりも古い時代の戦いが、ガサクの眼前で再現されようとしていた。

 かたや、兄を殺して地上の王の座を奪った、エジプトの闇。

 かたや、父の仇を退けて王位を取り返した、エジプトの光。

 金や宝石の護符をフル装備したツタンカーメンが、光の神ホルスの分身として、闇の神セトと睨み合う。

 ガサクが後退りし、砂を踏んだその音が開戦の合図となった。

 先に動いたのはツタンカーメンだった。


   ぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちっ!


 ホルス神から借り受けたハヤブサの翼の先端で、邪神セトのほほを左右両側から連続でビンタ。

 そして邪神がひるんだ隙に……

「逃げるぞ!」

 ツタンカーメンはバッと飛び下がり、ガサクを抱き上げた。

 いつの間にかガサクの霊体カーの悪霊化は止まり、もとの姿に戻っていた。


 羽ばたきで起きた砂煙を、はるかに見下ろして舞い上がる。

 砂を払うセト神の姿がどんどん遠ざかる。

「……ファラオ様……?」

「つーたんだ」

 一瞬の沈黙を風の音が包む。

「どうして……」

「おれがケンカに慣れてないだけ! ほんとはホルス神のほうがセト神よりも強いんだからな!」

 と、ツタンカーメンは言うが、神話では互角だったとされている。

「いや、何で逃げてるのかじゃなくって、何で、その……つーたんが……」

 何でファラオが墓泥棒なんかに手を差し伸べるのか、と、問いかけてやめる。

 出逢ってから日は浅くとも、つーたんがそういう性分なのはわかる。


 耳もとで風が唸る。

「……フハハハハ……」

 風に邪神の笑い声が混じった。


「!?」

 ガサクの赤銅色の肌に、墨で描いているかのように、幾何学模様や動物の絵がひとりでに現れた。

「何だ、これ……!?」

 胸や顔、先ほどセト神に触れられた場所を中心に、それは全身に広がっていく。


「落ち着け! 神聖象形文字ヒエログリフだ!」

「何て書いてあるんだ?」

「ええっと……あっ、じっとして。顔を動かすな」

 この体勢だとガサクのほほのものが一番読みやすい。


 あしの穂の絵はアともイとも読む。

 半円はT、ぎざぎざはN。

 そして太陽を表す二重の円。

(太陽神アテン?)

 いや、その手前、ほお骨のカーブの先にも言葉が続いている。

 これはアテン神の名にあやかった人名だ。


「『アクエンアテン』」

 ツタンカーメンの先代のファラオの名前。

 それがガサクの耳に届いた瞬間。

「っ!!」

 文字からトゲが生え、ツタンカーメンの腕をつらぬいた。



「痛てーッ!!」

 危うくガサクを放り出しそうになったものの、どうにかこらえ、それでもこのまま飛び続けるのは無理で、ひぃひぃと叫びながら荒野の真ん中に不時着。


 衝撃でガサクから手が離れ、そのまましばらくゴロゴロ転がる。

 霊体なので血は出ていないが、全身傷だらけになってしまった。

「うう~っ」

 身を起こし、ツタンカーメンが腕飾りの“ホルス神の目”の護符で自分の体をサッとなでると、それだけでトゲの刺し傷も、着地の際のり傷も、跡形もなく消え去った。

 これが霊に対する神の力だ。


「ガサクー! 大丈夫か? おまえもこれ、使うかー? ……おい!! ガサクっ!!」

 慌てて駆け寄る。

 ガサクは、背中から生えたトゲが地面に刺さって、空に向かってジタバタしていた。

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