第14話「アケトアテンのパン作り」

 陶器のボウルに小麦粉と少量の水を入れて、まぜまぜ。

 他の材料も加えて、こねこね。


「従来のエジプトの住宅は、風で飛んできた砂が入らないように窓が小さく作られており、それはパンの酵母カーにとっても育ちやすい環境となっています」


 ハタプ神が教鞭を振るう。


「先王アクエンアテンは古くからのエジプトの首都であるテーベを離れ、新たな首都としてアケトアテンという町を作りました。

 アケトアテンの建物は、王宮も民家も全て、太陽神アテンの光を取り入れるための大きな窓があけられていました。

 このような建物では、仮にお供え物を台所に置いていたとしても、お供え物の酵母カーは風で吹き飛ばされてしまって、パン生地にはなかなか付着してくれません。

 そのためアケトアテンでは、パンを膨らませるための新たな方法が無数に試みられました。その一つがこちらです」


 ハタプ神は甘酸っぱいニオイのするかめを差し出した。

「ワインか?」

 ツタンカーメンがかめの中を覗き込む。

「時間が経てばワインになりますが、これはその前の段階ですね。この汁を取って、パン生地に直接、練り込みます。現在でも王宮のパン作りではこの方法が使われています」


 そこから十分ほど、まぜまぜ、こねこね。


 アクエンアテン王の死後、アケトアテンの町は打ち捨てられ、住人達は逃げるようにエジプト中に散らばって……

 同時に、パンを効率的に膨らませる技術もまた、各地に広められつつある。

 豊かで安定した食生活は、のちの第十九王朝に花開き、ラムセス二世の時代のかつてない繁栄の礎となる……かもしれないが、これはツタンカーメンが知るはずのない未来の話である。

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