第15話「プクッと」
「君達が生前に捧げてきた供物も、アアルの野への旅で門番に渡す供物も、ついでにサルワ殿が罪を帳消しにしてもらうための供物も。いずれも受け取った神様が独り占めするわけではありません。
全ての供物は冥界の王であるオシリス神のところにいったん集められ、冥界の住人、神々だけでなく人間の死者達にも分け与えられるのです。アメンテトで太陽の船から配られていたパンがその代表です」
パン生地の一度目の発酵の間もお勉強。
ハタプ神は先生ごっこがよっぽど気に入ったのらしい。
ファジュルもガサクもこの年までこういう場の経験がなかったので真剣に聴いている。
けれどもツタンカーメンは、パンの膨らみ具合が気になって仕方がないようだ。
じっと見つめているとなかなか変化がわからないのに、よそ見してハタプ先生のほうを向いていて、ハッと気がつくとハッキリと膨らんでいる。
先生を見るほうが、よそ見である。
思い通りのものが見られないのが面白くないようで、見る度にツタンカーメンはほほをプクッと膨らませ、それでもパン生地を見続ける。
「罪の帳消しの儀式ッスけど……」
ガサクが、手を上げるなどのルールも知らぬまま質問をする。
「それってどんな罪にも効くンすか?」
ガサクの声は、単なる興味にしては真剣な色を帯びていた。
「そうですね……供物の内容によりますね。
儀式の相手であるマアト女神は、真実、秩序、正義の心が形を得た存在です。
故に、罪によって乱された人間社会の秩序と、供物を通じて冥界の人々の生活を支えるという正義のバランスが取れるかどうかが重要になります。
あまりにひどい罪では、見合う供物は人間の力では用意できないかもしれませんね」
答えながらハタプ神はガサクの瞳を覗き込んだ。
ガサクはサッと下を向いて目をそらした。
「まあ、サルワ殿の嘘つきの罪や、ガサク君の生前の食料泥棒ぐらいなら、ツータン君のシャブティ人形軍団がちょっと多めに働いてくれればすぐに埋められますよ」
「やっぱりサルワがウソつきだってわかってたんだ」
ツタンカーメンは唇をとがらせつつ、ファラオで良かったと心の中でだけつぶやいた。
ファジュルは心底ほっとした表情でガサクを見た。
けれどガサクはうつむいたままだった。
(あの件が許されうるかどうかは、ファジュル君の前では訊きたくないですか。でもね、神に隠し事はできませんよ?)
ハタプ神はあごひげに手を添えた。
パン生地に目をやると、いい感じに膨らんでいた。
そろそろ次の作業に入る頃合いだ。
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