第8話「恵みの野セケト・ヘテプ」

 恵みの野セケト・ヘテプの管理神ハタプは、ツタンカーメン達一行を畑の一角に案内した。

「さて、野菜の芽と雑草の見分けがつきますか? ツータン君」

 ハタプ神が穏やかに尋ねる。

「つきません!」

「正直でよろしい! ファジュル君は!?」

「パパが小作人で、あたしも体調が良くて天気が良すぎない日はお手伝いをしていました!」

「エジプトには天気が良くない日なんてほとんどないのでちょっと心配です! 無理はしないように! ガサク君!」

「……食えるモンは見分けられます……」

「苦労が現れていますね! ここではスプラウトのまま食べないでくださいね! 今日のお仕事は雑草取りです! どれが雑草かわからない人は、わかる人に教えてもらうように!」

「じゃあな、お前ら。あとは任せたぞ」

 そう言い残し、ハタプ神とサルワは別の用事があるだとかで去っていった。




 それから小一時間。

 ファジュルは最初こそ自分がお手本にならなければと頑張っていたが、すぐにグッタリとなって、今は木陰で休んでいる。

 ガサクは、ファジュルの分まで自分がやろうと……そうはっきりと口に出して言ってはいないが、そんな勢いで黙々と働いている。

 一方ツタンカーメンはといえば、生まれて初めての農作業は新鮮で楽しい経験のようだけれど、虫が出るたんびに杖の先でつついてケラケラ笑っているせいで、仕事はなかなか進まなかった。


「おい、つーたん! 真面目にやれよ!」

「ほーい」

 ブチッ。

「雑草はちゃんと根っこから抜けって、さっきファジュルに言われただろ?」

「ほいほい」

 杖の先で土をほりほり。

 コツンッ。

「なんかあるぞ」

「石だろ」

「いや……」

 ツタンカーメンが土を掻き分けると、出てきたのは、青銅でできた謎の人形だった。


「なんだこりゃ?」

「なになに?」

 駆け寄ろうとするファジュルを手で制して、ツタンカーメンの方から持っていく。


「あ! これ、死者の書で見たことがある!」

 ファジュルが巻物を広げる。

「あった! このお人形」

「シャブティって書いてあるな。持ち主の代わりに仕事をやってくれる人形だってさ」

「何だよ、お前、本当に字ィ読めんのかよ」

「使い方も載ってるの? あたし達の代わりに働いてくれる?」

「この祝詞が……ええと……あ、ダメだな。この人形は持ち主に似せて作られていて、持ち主の命令しか聞かないらしい」

「チェッ。役に立たねーな」

「……ねえガサク、あたし達の死者の書って、こんなにきれいだったっけ?」

 ファジュルがさらに巻物を広げる。

 先ほど見た時には血だらけでほとんど読めなかったのに、今は汚れがなくなっていた。


「これ、サルワさんのだよね?」

「本当だ。いつ間違えたんだ?」

「わかんない」

 あとで返そう、と、丁寧に巻き直す。

 血濡れの死者の書なんか見たら、サルワはきっと驚くだろうな……と……

 ……この時は、ただそれだけのことだと思っていた。




 そうこうするうち水路のスイレンがゆっくりと花びらを閉じ始めた。

 地上で言う日暮れにあたる時間が来たのだ。

 今日の終業を告げに来たハタプ神に、ツタンカーメンが、こんなのがあったぞとシャブティ人形を見せる。


「ああ、きっとアアルの野で働いていたのが川に落ちて流されてきたんですね」

「永遠の楽園でも農作業をするんですか?」

「しますよ。アアルの野の作物は、ここのものよりも遥かに大きく育ちます。ここの作物は地上の作物と同じくらいですが、アアルの野の小麦は、人間の背丈の何倍にもなります」

「ほえ~」

「やっぱり勉強してませんでしたね」

「うん」

「素直でよろしい! これは、ついでがある時に私がアアルの野に返しておきます」

「サルワはこういうの持ってないのかな?」

「大蛇に呑み込まれた際に、護符と同様、主の身代わりになって消えてしまったそうです」

「ところでサルワはどこに居るんだ?」

「君達のご主人様なら先に行ってしまいましたよ。お供え物の対価としての労働は君達奴隷が代わりにやるからと、自分の分のお供え物だけ持って」


 ・・・?


 一瞬、何を言われたのかわからなかった。

 ファジュル、ガサク、ツタンカーメン。

 そろって目をパチクリさせる。


「「「奴隷いいい!?」」」


 三人の驚愕の声が重なった。

 一番大きな声を出したのは、ファラオたるツタンカーメンだった。

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