庇護なき旅路
第1話「つーたんって呼ばれたい」
「聞こえねーのか!?
少年にナイフを突きつけられても、ツタンカーメンはポケ~っとしていた。
(これって追いはぎか? うわさに聞く追いはぎってやつか? マジか? そんなのが本当にこの世に居るのか? いや、ここはそもそもこの世じゃなくて……あれれ?)
「待ってよ、ガサク! この人、あたし達より貧乏そうだよ! お供え物なんて持ってないみたい……」
少女が少年の腕を掴んだ。
「へ?」
偉大なるエジプトのファラオが貧乏人扱い?
泥の中に座った格好のまま、ツタンカーメンは改めて自分の体を見下ろした。
王冠がなくなったのも、頭巾がどこかへ飛んでいってしまったのもわかっていたけれど、それにしても金銀宝石、護符の類が一つもないと、確かに王様っぽく見えない。
(まいったな……)
一緒に飛ばされてきた杖を泥について立ち上がると、太ももから下の腰布がストンと落ちた。
「ふええっ!?」
ツタンカーメンに残された腰布には、パンツがギリギリで見えない、本当に必要最低限の長さしかなかった。
それより下はズタボロのただの繊維になっている。
腰紐につけられていた今は亡き護符は、最後の力を振り絞って、ツタンカーメンのパンツが丸出しにならないように守ってくれたのだ。
それにしてもここまでミニ丈の腰布は、人生で初めてであった。
ツタンカーメンは再びペタンとしりもちをついた。
「ガサクぅ!」
少女が咎めるような泣きそうなような声を上げる。
どうも少女はツタンカーメンが、腰布の状態に驚いたのではなく、今さらナイフに怯えたように思ったらしい。
少年は困ったようにナイフを下ろした。
少女がほっとして少年から手を離す。
「怖がらせちゃってゴメンね。あたしはファジュル! こっちはガサクよ!」
大きなタレ目がふにゃんと笑う。
対照的にツリ目のガサクは、いかにも安物そうな鞘に慎重にナイフを戻した。
良く見るとナイフも古びてボロボロだった。
「おれは……」
名乗りかけて口ごもる。
いかに世間知らずの少年王でも、追いはぎに正体をバラしたら、せっかくしまってくれた凶器をまた抜かれるかもしれないというぐらいはわかる。
(てきとーな偽名……庶民っぽいの……カルブですとか言ってみるか? いや……でも……)
この旅の目的は、オシリスの社殿で審判を受けて、アアルの野に入れてもらうこと。
審判員の一人である正義と真実のマアト女神は嘘に厳しく、トート神は全てを見通す。
「おれの名前はツタンカーメンだ!」
正直に言った。
「ウソつけ」
「あははっ。ファラオとおんなじ名前なんだねっ。ちょっとうらやましいかも」
まったく信じてもらえなかった。
すっかり短くなった上に、泥に浸かった腰布からは、ファラオ用品の高級さは伝わらなかったようである。
「こんな貧乏そうなヤツをファラオの名前で呼べるかよ」
「もう! ガサクってば!」
ガサクはさっきからずっと不機嫌そうで、ファジュルは怒っても声が可愛い。
「……つーたん……」
ファラオがボソリとつぶやいた。
「ツ太郎」
ガサクが冷たく言い換える。
「つーたんって呼ばれたい」
「じゃ、決まりだね、つーたん!」
ファジュルにはガサクは逆らわず、ただ黙って肩をすくめた。
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