龍の眼

加藤ゆうき

第1話二色の眼

 約六千年も前、龍と人との存在が近かったころ。

 大陸では戦で人が人を殺め続けていた。

 ある国の皇帝もその一人であった。

 地上では屍が積み上げられ、川や海は血で汚染された。

 人が去れば、その場は屍の腐敗臭が漂い、空気まで穢れた。

 戦で勝ち続けた皇帝だったが、ついに天龍ーー龍の中でもっとも尊い存在ーーの怒りに触れた。

 天龍の力で皇帝の軍は瞬く間に命を削られ、皇帝一人が残った。

 『お前には、罰をくれてやろう』

 天龍は前足の爪で皇帝の腕を掻き、傷口に天龍自らの血を流し込んだ。

 すると皇帝の両眼は黒から金色に変わった。

 変化の間に響いた皇帝の叫び声は尋常ではなかった。


 兵も、国も失った皇帝は、盲目を装って妃とともに島国に辿り着いた。

 瞼の裏では、左側の眼だけ赤に変色していた。

 新しい土地で皇帝の子が生まれて以降、子孫は代々黒の右眼と赤の左眼を受け継いだ。数代に一人を除いて。


 「ねえ、あなたはどうして前髪だけをそんなに伸ばしているの?」

 茶色がかった黒眼の少女が尋ねた。

 少年は自分の顔を前髪に重ねるように手で覆った。

 「……お父さんが人に見せたらダメだって」

 「どうして? 隠しても無駄よ。あなたの眼、とってもキラキラしているんだから! 宝石みたい」

 少年は両手を顔から離してしまった。そして言った。嘘だ、と。

 けれど少女は自分の意見を譲らなかった。少年の手を引き、立ち上がらせた。

 「本当よ……そうだ、いいこと考えた! ねえ、今から家に来て! とっておきのものを作ってあげる!」

 少年は導かれるまま一軒の店に辿り着いた。

 少女は自分の家だと言った。

 店の中に入ると、少女は折り紙とセロハンを取り出して何かを作った。

 「はい!」

 レンズの部分が黄色と赤のセロハンでできた眼鏡だった。

 「これで眼の色を気にしないで済むわ。だって、眼鏡屋の娘が作ったんだもの! あ! ついでに前髪も切りましょう!」

 「前髪は……いい」

 少年が前髪を押さえると、紙とセロハンでできた眼鏡がクシャッと音がした。

 「そう? 仕方がないわねー。じゃあ、あなた、名前は?」

 「名前? どうしてそんなことを訊くの?」

 少年は俯いたまま尋ねた。

 すると少女は当然のように答えた。

 「言ったでしょ? とっておきのものを作ってあげるって。あなたは初めてのおトクイさんなんだから、あなたが前髪を切りたくなるような眼鏡を作ってみせるわ。だから、名前教えて。あたしの名前はりか!」

 「……のぞむ」

 「のぞむ君? よろしくね!」

 少女は屈託のない笑顔で言った。


 永く気が遠くなるほどのときを経て、幼い二人は出会った。

 さらに二年後、少女りかは天才的才能に目覚め、少年、のぞむの視界開放に成功した。

 六歳の少年が見た世界は、眩しいほど輝いていた。 

 

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