第5話 ヴァゼルの真意

いつもの様に朝食を摂り、いつもの様に談話し各々が席を離れるときに、誰にも聞かれぬ様にそっと囁く。


「ヴァゼル様、少しお話があります」


俺はそう言って、魔族の王子であるヴァゼルを呼び出した。

部屋で待つこと数分、扉がノックされアーニャの声がした。


「ヴァゼル様を、お連れいたしました」

「どうぞ、お入りになってください」


俺が、そう言うと扉が開きヴァゼルが入ってきた。

アーニャも、後から入ってくるが。


「アーニャ下りなさい。それと、この部屋への入室は誰であろうとも通さないように」

「し、しかし姫様。さすがに、魔族の王子といえども、殿方と2人きりにすることは!?」

「2度は言いません」

「失礼致しました、姫様」


睨みを利かし、アーニャを一瞥すると理解したのか直ぐ様に部屋から出ていった。

その一連を見ていたヴァゼルは、俺の方を見て不思議そうな顔をする。


「ささ、こちらへ。お茶の用意もしてありますので」


ヴァゼルをテーブルに誘い、お茶とお菓子を並べる。

この時の為に、他の侍女に用意をさせておいたのだ。

イロリ姫の記憶の中に、紅茶の淹れ方があったので、卒なくこなしていく。


「この度は、お部屋にお招きいただき、ありがとうございます」

「そんなに畏まらなくてもかまいませんわ。もっと、気楽にしてください」


俺は、そう言って紅茶を注く。

高貴な香りを立ち昇らせながら、琥珀色の液体がカップを満たす。

温度も蒸らしも、注ぎ方も完璧だ。

どうやら、記憶によるとアーニャに教わったらしい。

ふむ、さっきはアーニャに悪いことしたな。後で、何かお詫びしなくては。


「これはこれは、イロリ姫様自らのおもてなし、恐悦至極にございます」

「どうぞ、召し上がってくださいな」


ヴァゼルは、ゆっくりとカップを持つと香りを楽しみ、琥珀色の液体をそっと口に含む。


「美味しい!こんなに美味しい紅茶は久しぶりですね」

「お褒めに預かり恐縮ですわ」


少しのあいだ、紅茶を楽しみ時間を過ごす。

さて、そろそろか。

ヴァゼルも、気が付いたのか目が合うとコクリと頷く。


「それで、なぜ私に求婚をなさったのですか?」


遠回しな言い方をせず、はっきり疑問をぶつけた。

しかし、返ってきた答えは驚くものだった。


「もちろん好きだからです。正直一目惚れでした」


ヴァゼルは、真剣な眼差しでそう言った。


「そうだとしても、ネムリスお姉様の方が姫としても女性としても振る舞いが素晴らしいし、オルディナお姉様は姫であるのに勇ましく優雅です。姫としても女性としても、お姉様達の方が遥かに魅力的です」


俺は、とにかく魔族の王子が何か画策しているのではないかと疑問を持ちつつも、奴がイロリに惚れたと言った真意を聞き出したかった。


「それに比べれば、私は末姫で年も見た目も未熟であります。魔族の王子、しかも大国の第一王子が見初めるほど魅力はありません、姫として不足のところであります」


出来るだけ自分を卑下する方向で話す。

すると、ヴァゼルの様子が変わった。


「何を言ってるのですか!イロリ姫は、姉姫様方にも勝る魅力があります!それに、自分を卑下するのは感心いたしませんな。それは、イロリ姫を見初めた私にも失礼なことになります!」


ヴァゼルが急に立ち上がり声を荒げる。

あの、静かな物腰のヴァゼルからは想像できない。


「失礼いたしました。ヴァゼル様が、そこまで思っていてくださったとは」

「いえ、私も急に声を荒げて、驚かせてしまったことをお詫びいたします」


確かに、ヴァゼルは好意を持っているのかもしれない。

だが、ここで引き下がることはできない。

俺は、交際をする気も、結婚する気も無い!


「私は、交際する気も結婚する気もございません」


はっきりと、言葉にして拒否の態度をとる。


「それが、たとえ国益に影響すると分かっていても?」


やはり、それを持ち出してきたか。

ヴァゼルは、この国と自分の国との貿易を白紙にすると暗に言ってきた。


「ヴァゼル様の真意がどこにあるかは分かりませんが、そうであっても私は自分の心を魂を殺すことはしません」


毅然とした態度で返す。


「なるほど」


ヴァゼルは、こちらを向くとその目を真紅に輝かせ睨みつける。


「正直、簡単に事が運べると思っていましたよ。我々、魔族が交流を求めれば人間族は、否応なくとも賛同してきたものなのですがな」


尻尾を出してきたか。

ヴァゼルの態度が変わったことに驚きはなかった。

そんなことだろうと思っていたしな。


「分かっているのかな?君の中に存在するモノがなんなのか?」


今、聞き捨てならないことをヴァゼルが言った。

こいつ、俺の存在に気づいていたというのか!?


「何のことですの?」


とりあえず、ここは誤魔化して話を引き出そう。


「ふむ、惚けているのか、本当に知らないのか。だが、私も易々と引き下がれないのでね。悪いが、強行手段をとらせてもらうよ」


そう言うと、いっそうヴァゼルの目が輝きだした。


「さぁ、イロリ姫私と結婚しようではないか!」

「嫌です」

「そうだろう、最初からこうすれば良かった・・・えっ?」

「なんですか?だから、私は結婚する気はありません」

「魅了が効かないだと!?」


こいつ、今何かしたみたいだが、俺には効かなかったようだ。


「あんたも、正体を明かしたんだから、こちらも隠す必要はないよな」

「なっ、イロリ姫?しかし、その口調はいったい。それに、振舞い方も・・・」


突然のドスの効いた声を聞き、ヴァゼルが及び腰になる。


「悪いが、こちらが本当の自分と言ったほうがいいかな?まぁ、お互い様だよな、嘘ついて騙してたんだから」


奥の手が効果なかったことが功を奏したのか、ヴァゼルは更に混乱してきたようだ。


「それで、こちらも聞かせてもらおうか、俺の中に何があるのかを」

「ほ、本当に何も知らないのか。イロリ姫の中に在る強大な力の存在を」

「強大な力だと、何だそれは?」

「そこまでは、教えられないな」


ふむ、俺のことに気づいたわけではないのか。

しかし、強大な力ねぇ。正直、そんなこと言われてもピンとこない。

だとしても、魔族の大国が人間の小国と利益の見込めない貿易をしてでも欲しがる力か・・・。


「で、そいつを手に入れるために、国王に貿易を持ちかけてきたのか」

「あぁ、そうだ。たぶん、他の種族の奴らも狙ってくるだろうと思ったので、そうそうに手に入れようと思ってね。実際、簡単にいくはずだと思っていたんだがね」


俺は、別に怒っていない。

こういう世界なら、ありえるものだろうからな。

だが、イロリ姫は俺であって、そのイロリは気に入らないから拒絶をした。


「あなたも、分かっているだろう。これが、この国にとって途轍もない利益になることを、国が国民が、あなたの家族が、全てが潤うのですよ。悪いようにはしない、あなたも私を愛する必要ない、我が国総勢であなたに贅沢の限りを約束する」


ヴァゼルが焦っている。早口になり、自分でも本音を言ってしまっていることに気がついてないようだ。

そして、そいつは最後に、絶対に口にしてはいけないことを言ってしまった。


「あなたは、ただ私の子供を生むだけでいいのだから」


俺は、ヴァゼルを思いっきりぶん殴った。

吹っ飛んで壁に激突する魔族の王子。

衝撃で部屋全体が揺れた気がした。


「はへっ?」


ヴァゼルは、何があったのか理解できない顔をする。


「気にいらねぇ。気にいらねぇよ、クソ野郎!お前が言ってたことは確かに選択肢の一つでもあったが、最後に言っちゃいけないことを言いやがった!」


近寄って、もう一度ぶん殴る。

床に仰向けになったヴァゼルに馬乗りになり、渾身の一撃をくれてやった。


「ぷげらっ」


変わった音を出して、ヴァゼルが鼻血を出した。

それでも、俺は殴るのをやめない。


殴る殴る殴る殴る殴る殴る。

次第に、ヴァゼルの顔が無様に腫れていく。

異変に気づいたアーニャが部屋の中に飛び込んできた。


「ひ、姫様!?」


俺の姿を見てアーニャが驚いている。

そこには、顔の形が変わるまで殴られ続けた魔族の王子と、両手を鮮血で真っ赤にして立ち尽くす姫がいたのだから。



「姫様これは?」

「アーニャ、すみませんが手当の用意を・・・」

「とにかく、回復魔法を使います」


そう言って、アーニャは通路に誰もいないことを確認して扉を閉めた。

床に転がっているヴァゼルの顔に手を添えると、アーニャの手から柔らかな光が放たれる。

ゆっくりとだが、ヴァゼルの顔の腫れがひいていく。


「アーニャは、魔法が使えるのね」

「このことは、他のものには秘密でお願いします」


人間が魔法を使える。

それは、人間種には稀有な存在である。

イロリ姫の記憶の中から、嫌な情報が入ってくる。


「まさか、ここに売られたの・・・」

「いえ、私は自らここに丁稚に来ていました。両親に捨てられたくなかったから」


これだけの回復魔法が使えるのだ、貴族や王族に知られれば大変なことになる。

一生暮らせる大金欲しさに、親が子供を売るなんてことは当たり前にある世界なのだ。


「この力のことは誰も知りません。私の両親ですら知らないです」

「ならなんで、今ここでその力を使ったの?」

「わかりません、そうしないといけないと思ったから」


たぶん、アーニャは俺の異変に気がついているだろう。

そりゃそうか、魔族の王子をボコボコニなっていて、自分の仕える姫は血塗れになってるんだからな。

なにかあったら国の一大事だもんな。

アーニャには、感謝してもしきれないな。


「もう大丈夫です」


そう言われて、確認するとヴァゼルの顔の腫れはなくなり血も出ていない。

ふむ、こんなに綺麗に治るのか。

すると、アーニャがこちらを見ていることに気づいた。


「あ、あなたは、誰なのですか?」

「私は、私よ。アヴィレイオル=クラデリカ=イロリ、それ以外の何者でもないわ」

「嘘ッ!イロリ姫様はそんな喋り方をしないし、こんな酷いこともできません」

「なら、私はいったい誰だというのアーニャ?」

「姫様・・・ち、違う。私は、あぁ・・・ご、ごめ、ごめん、なさい」


混乱し動揺しているアーニャの質問に答える。

だが、今の現状じゃ何言っても信じられないだろうな。

少し強引だが、落ち着かせる方法をとる。


「取引をしましょう」


少し汚いが、今手に入れた切り札を使おう。

取引という言葉にアーニャが反応する。


「アーニャ、私はあなたを絶対に買わないわ。言っている意味は分かりますわよね?」


少し汚い言い方をする。その方が効果的だと思ったから。

さらに、こちらから条件を言わない。

アーニャの口から言わすのだ。こちらからの強要ではなく、自らが約束したことを強く感じさせるために。


「わかりました。姫様のことは、絶対に誰にも話しません」

「そう、なら取引成立ね」


しっかりした声でアーニャが答える。

少しは落ち着いたみたいだな。

そう言ってから、アーニャの耳元で囁く。


「ごめんなさい、アーニャ」

「姫様!?」


とにかく、このゲス王子をどうにかしないとな。

あれこれ考えていると、ヴァゼルが気がついたようだ。


「さて、どういたしますヴァゼル様?」

「惚れた」

「はっ?」

「完全にイロリ姫に惚れてしまったのだよ」


起きたと思ったら、突然おかしなことを言ってきた。


「その、魔族を意に介さない振る舞いに、そして魔族の誘いに囚われない心の強さ、さらに魔族を倒せるほどの腕っ節、今までそんな女性に出会ったことがない。元々、容姿も好みであったし、イロリ姫にぶたれることがこんなにも快感だなんて」


なんか、やばい方向に目覚めてしまったようだ。

アーニャも若干ひいているようだ


「イロリ姫、先程の無礼な行い深くお詫びをいたします。簡単に謝罪を受け入れてもらえるとは思っていませんが、私は改心いたしました。あなたに殴られることによって、自分のゲスな心が浄化されたようです。信じてもらえないと思いますが、私は本当にイロリ姫の虜になってしまいました」


急に饒舌になったな。


「だとしても、私はヴァゼル様の交際も結婚も受けませんわよ」

「わかっております、ですが私がイロリ姫に好意を抱くのはお許しいただけますかな?」

「えぇ、あなたが私に好意を抱くことに、とやかく言う権利はございませんので」

「それでは、私はあなたに認められるまでアプローチをさせていただきます!」


な、なんだと。


「もちろん、先程のことは秘密にしておきますので。ふむ、2人だけの秘密ですか、なんとも甘美な響き」

「いえ、この侍女のアーニャも一部知っているので2人だけの秘密ではありませんわよ」


その言葉を聞いてショックを受けたようだ。

だが、先程のことを話すと、ずいぶんとアーニャに感謝していた。


「少なくとも、私はヴァゼル様のことを信用はしていません」

「そうですね、あんなことを言ってしまった自分を恨んでいます。ですが、その信用を取り戻すために、私の国とイロリ姫の国の貿易については、全力で取り組むことを約束いたします」

「そう、それはありがたいですわね」


貿易については何とかなりそうだ。

これで、本当に白紙にでもなったら、国王にも姉姫達にも顔を会わせられない。

だがそれよりも、俺的にはアーニャとの関係をどうにかしたいのだ。


「アーニャ、今まで秘密にしていてごめんなさい。それに、先程も脅すようなことを言ってしまって」

「私も、動揺してしまい、姫様にとんでもない無礼をはたらいてしまいました。どうぞ、何なりと処罰を申してください」


アーニャの動揺を抑えるためとはいえ、あんなことをしてしまったんだ、俺が罰せるはずがない。

俺に出来ることは・・・。


「なら、明日からも私の身の回りの世話をおねがいしますわ」


驚いた顔でアーニャがこちらを見ている。


「私達も、秘密を共有する者同士、何か困ることがありますの?それに、本当の私のことについてもアーニャには話しておきたいのですわ」

「ひ、姫様、ありがとうございます。私も、姫様に知ってもらいたいことがたくさんあります」


そう言って、アーニャが泣きながら抱きついてきた。

よかった、アーニャとも仲直りが出来たようだ。


「仲良きことは美しきかな」


ヴァゼルが、そんなことを言いながら拍手をしていた。

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