第465話 キス、キス、キス②
「シュリ様ぁ、朝ですよぅ~」
「……ん~」
「もう起きる時間ですよぉ~? 起きて下さぁい」
「んぅ~。もうちょっとだけ」
もぞもぞしながら、中々あかない目と格闘する。
が、しつこい眠気は変わらずそこに居座っていて。
シュリを揺り起こすために伸びてきたルビスの手を両手で捕らえて封じたまま、再び眠りに落ちてしまいそうになる。
「また寝ちゃうんですか? シュリ様ってば、困った方ですねぇ」
苦笑する、柔らかな気配。いつまでも起きようとしないシュリを怒る様子もなく、ただ優しくシュリの頭を撫でてくれる。
なんだか許された気分で眠りに落ちていこうとしたシュリの耳に、
「ほら、起きて下さい。早く起きないと、ちゅー、しちゃいますよ?」
聞こえてきたのはそんな声。
夢見心地でその言葉を聞きながら、それでも起きられないシュリの頬に、温かくて柔らかな何かが触れる。
あ、キスだ。
そう理解した瞬間、キスされたほっぺたを手で押さえて、ぱっちりと目を開けていた。
目を開いたとたん、視界いっぱいに広がるルビスの顔。
ちょっと得意げに、わずかに頬を染めて少しだけ恥ずかしそうにこっちをじっと見てるルビスはなんだか可愛くて。
僕も顔が赤いんだろうなぁ、なんて思いながら、シュリは己の頬の熱さを手のひらでただ感じる。
そうして彼女を見つめることしか出来なかった。
寝起きの不意打ちで、頭が混乱しきっていたから。
「目、つぶって、いいですよ?」
ルビスがささやく。
「そうしたらもう1回、ちゅーできちゃいますし」
彼女の唇が笑みを形作って弧を描く。
その唇から、なぜか目を離せなかった。
引き寄せられるように手が伸びる。
なめらかな頬に指先が触れ、手のひらが吸つくようにくっつき。
次の瞬間、シュリは状態を起こして彼女の唇に自分の唇を押し当ててた。
唇が触れ合ったのはほんのわずかな時間。
その至福の時間を存分に味わって、シュリは様子をうかがうようにルビスの顔を見る。
彼女はとっても驚いたような顔をしていた。
その頬はリンゴのように赤くなっていたけれど。
「え、と。ま、まさかシュリ様からしてくれるなんて」
「は、初めてのキスなんだし(そういう設定)、そういうのはやっぱり男からしないと、でしょ?」
言いながら、シュリは彼女の頬を撫でる。
手のひらに伝わる彼女の熱が、とても心地よかった。
「初めての時、だけですか?」
次をねだるような、甘くとろけた眼差し。
その求めに応じるように、シュリは再び彼女に顔を近づけていく。
「もちろん、2回目だって……」
言いながら彼女の唇に触れる。
もちろん自分の唇で。
「その先も、何度でも」
そんな宣言をしながらのキスは、今までより少しだけ長く。
唇を離し、赤く熟れたようなルビスの顔を至近距離から見ながら、シュリは少し照れたように微笑む。
「何度でも、ですか?」
「うん。何度でも」
ルビスのそんな問いかけに頷いて、
「えっと、それって……」
「ルビスが好きだよ」
シュリは真摯な思いで言葉を紡ぐ。
そして、心からのその言葉を証明するように、もう1度、甘い甘いキスをした。
◆◇◆
「シュリ様。もうお休みの時間ですよ?」
夜も更けて、部屋を訪ねてきた執事姿のアビスがそう告げる。
今日のアビスは胸をしっかりつぶしたイケメンバージョン。
きりっとした表情も凛々しくて、こんな彼女を街中へ放り出したら、王都の目の肥えたお姉さま方も放っておかないであろうレベルの男装の麗人っぷりだった。
「え~? でも寝たらアビスはもう行っちゃうんでしょ?」
そんな彼女を見上げ、シュリはあえて駄々をこねてみせる。
「そう、ですね。シュリ様がお休みになるまで見守らせていただくのが、私の1日を締めくくる勤めですから」
「じゃあ、もう少し起きてる。後少しだけ、お話ししようよ」
目をキラキラさせて、シュリは大好きな執事の顔を見上げた。
「シュリ様」
でも、困ったように眉尻を下げるアビスの顔を見て、その瞳の輝きは陰ってしまう。
シュリだって大好きな彼女を困らせたいわけじゃない。ただ、彼女ともう少し、同じ時間を過ごしたかった。
わがままでしかそんな気持ちを伝えられない自分に対してこみ上げるため息をかみ殺し、
「……わかったよ。もう寝る。アビスを困らせたい訳じゃないんだ」
シュリはとぼとぼベッドへ向かう。
背中を追ってくる、アビスの視線を感じながら。
「ありがとうございます、シュリ様。あの、ちょっとだけ、こちらを振り向かないで下さい」
そんな言葉の後、背後から聞こえたのはわずかな衣擦れの音。
その後、カツカツと、アビスの規則正しい足音が追いかけてきて、
「さ、ベッドへお連れします」
ふわりと抱き上げられ、ベッドへインされた。
次いで、ベッドの上にコロンと転がったシュリの横にアビスがするりと入り込む。
「ア、アビス?」
添い寝はいつものことだが、あえて戸惑った声を上げておく。
これはこういうプレイなのである。
シュリはそう自分に言い聞かせ、渾身の恥じらいの表情を浮かべてアビスの顔を見上げた。
彼女は片腕で支えて軽く上体を起こし、もう片方の手でシュリの胸のあたりをぽんぽんしながら、じっとシュリを見つめている。
これ以上ない愛おしい者を見つめる愛情にあふれた眼差しで。
アビス側のシュリの肩に当たる柔らかな感触は、きっとさっきさらしから解放された彼女の胸。
シュリと添い寝するだけなのにわざわざさらしを外したのは、ちゃんと女性として意識して欲しいという、彼女の望みの現れなのだろう。
「シュリ様がお休みになるまでこうしていますから、安心してゆっくりお休み下さい」
柔らかく微笑む、彼女の笑顔がまぶしい。
ゆっくりお休み下さい、とアビスは言うが、胸がドキドキして眠れそうにない。
焦がれる想いで彼女を見つめる。
そんなシュリの熱のこもった視線を受けて、彼女が小首を傾げる。
シュリ様、どうされましたか?、と。
そんなアビスの声に背を押されるように。
シュリはわずかに上体を起こすと、手を伸ばしてアビスのシャツの襟元を掴んで彼女を引き寄せた。
抵抗は、ほとんど無かった。
引き寄せられるままに近づいてくる彼女の顔に自分の顔を寄せ、かすかに触れるだけのキス。
驚いたように目を見開くアビスの頬が、赤く色づいていく様をじっと見つめ、シュリはもう1度彼女の唇に口づける。
精一杯の想いを込めて。
「好き、だよ」
かすれる声で、秘めていた想いを告げる。
「アビスが僕の事をそういう風に思ってなくても、僕は、アビスが……」
シュリの言葉が途中で止まる。アビスの唇に、唇をふさがれて。
触れ合うだけの甘いキスの後。
アビスは潤んだ瞳でシュリを見つめた。
「アビスも、ずっとシュリ様をお慕いしておりました」
その告白に、今度はシュリが目をまぁるくする。
子供な自分は、アビスのそういう対象になるなんて思っていなかったから。
「それって、僕の事を好きって事?」
「はい」
彼女を引き寄せ、キスをする。今度は少しだけ長く。
アビスの気持ちを、確かめるように。
「僕の好きは、こういう好き、なんだよ?」
シュリの挑むような問いかけに、アビスもキスで応える。
シュリからのキスより更に少しだけ長く。
私の想いの方が上です、と宣言するかのように。
「私の好きも、そういう好きです」
「……ほんとに?」
「はい。シュリ様が大好きなんです。こうして触れ合えば、胸が高鳴って仕方ないくらいに」
「僕もそうだよ。アビスが大好きで、そばにいるとドキドキする」
お互いに想いを確かめ合って、もう1度、しっかりと唇を触れ合わせる。
そうして2人で、シュリが眠るまでの長い時間、甘い幸福感に身をゆだねるのだった。
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