第454話 それぞれの思惑③

 声が告げてきた内容はこうだった。


 逃げ出した事は許してやるから早く戻ってこい。

 戻らなければ、女王を慕う民の命を1人ずつ奪っていく。

 それでも戻らなければ、さらに捕らえて殺す。


 それが女王に対するメッセージ。

 さらに国民に対しては、女王を見つけだして連れてきた者には褒美をだす、そう告げていた。

 全てを聞き終えたアンドレアが、ふぅ、と小さな息を吐き出す。


 それを聞いた瞬間に思った。彼女は戻るつもりだ、と。

 女王として、己の民を守るために。

 国のトップとしては甘すぎるかもしれないが、人としては敬意に値する判断だ。

 でも、それを許容する訳にはいかない。



 「執着されてるね、アンドレア」



 女王の若干強ばった顔を見上げ、シュリはあえて軽い調子で語りかける。

 それにつられたように、アンドレアもその口元に苦笑を浮かべた。



 「そろそろ姉離れをして貰わねば困るが、奴が憎しみを向ける相手はもはや私しかいないからな。私が受け止めてやらんといかぬのだろうな」


 「いやいや、お姉さんだからってそこまでしてあげることないよ。弟さんのしつけなおしは、思い切って僕らに任せてみない?」


 「だが、あの薄暗い地下牢から救い出してくれただけでも十分なのに、これ以上お前達に迷惑は……」


 「大丈夫。まだそんなに働いてない子達もいるし、まずはその子達に働いて貰うから。イルル、タマ」


 「うむ」


 「ん~」


 「捕まってる人達を助けてきてくれる?」


 「了解なのじゃ!」


 「りょうかい~」


 「場所、わかる?」


 「黒幕はそこな女の血族、なんじゃろ? ポチほどじゃないが、タマも鼻がきく。ま、なんとかなるじゃろ」


 「なると思う、よ~」


 「ん。じゃあ、任せた。気をつけて行ってきてね」


 「うむ! 任せておくのじゃ!!」


 「任された~」



 大好きな主に見守られ、今回の旅で1番働いていなかった2人は、ばびゅんと飛び出していった。

 いってらっしゃ~い、と和やかに見送るシュリと違って、アンドレアもローヴォもシルバも、何となく不安そうな表情だ。



 「シュリ?」


 「ん? なぁに?? アンドレア」


 「助けて貰う立場でなんだが、その、良かったのか? あれで」


 「ん??」


 「陛下はこう言いたいのだ。指示が適当すぎないか、と」


 「ああ、そういうことか。大丈夫。ああ見えてちゃんと考えて行動できる子達だよ。不安はあるかもしれないけど、信じてあげて欲しい」


 「そうか……だ、そうです。陛下」


 「な、なるほど」


 「母上、ここはシュリとその仲間を信じよう。今の俺達に出来ることは、それしかない」


 「そう、だな。すまんな、シュリ。面倒をかける」


 「気にしないでよ。僕がやりたくてやってるんだし。ん~、大本はイルルとタマが何とかしてくれるから、大丈夫として。後は、街の人達の守りだなぁ。ナーザ、ジャズ、ポチ」



 声をかけると、3人はキラキラした目でこっちを見た。

 3人とも、やる気満々だなぁ、と頼もしく思いつつ、シュリはみんなに指示を出す。

 3人の狙いは他の者よりいい手柄をたててシュリにご褒美を貰うことだけだということには気づかないまま。



 「みんなは街を巡回して、街の人を無理矢理連れて行こうとしている人がいないか警戒してほしいんだ。もしそういう現場に出くわしたらなるべく阻止を。僕の精霊達も巡回に参加させるから大丈夫だとは思うけど、危なくなったら必ず助けを呼ぶこと」


 「わかった。だが、精霊まで街に出してしまってはシュリの護衛はどうなる?」


 「そうだよ。1人じゃ危ないよ」


 「そうであります! 誰かは残った方が……」


 「大丈夫だよ。ここにはアンドレアもシルバもローヴォもいる。それに、事態が動いたときにすぐに動けるように、オーギュストにも居て貰うつもりだから、僕のことは心配しないで」


 「そうか。なら安心だな。みてろよ、シュリ。1番手柄は私がたててみせるからな」


 「なにいってるの、お母さん。1番は私がとるよ。いつまでも、弱いままの子供だと思わないでね? 負けないから!」


 「それはポチのセリフでありますよ! 1番はポチが頂くであります! 1番をとって、シュリ様に1番に褒めて頂くでありますよ!!」



 シュリの心配がないと分かった3人は、鼻息荒くそう言うと、我先にと宿を飛び出していった。

 その後ろ姿を苦笑混じりに見送ってから、シュリは自分の中にいる5人の精霊に念話でお願いを伝えた。



 『今出て行った3人の補助と街の人の守護をお願い出来る? 魔力は好きなだけ持って行っていいから』


 『あら、今回はくちづけでは頂けませんの?』


 『ごめんね、アリア。キスでの魔力供給は色々落ち着いてからちゃんと時間をとるよ。だから今は、ね?』


 『仕方ありませんわね。後で必ず、ですわよ?』


 『うん、約束する』


 『ならば我らに依存はない。みな、そうだな?』


 『後でちゃんとちゅーできるならいいよ~』


 『ま、緊急事態みたいだしな!』


 『大丈夫よ、シュリ。任せておいて』


 『あ、サクラはもし、まだ僕から離れるのが辛いなら無理しなくていいよ?』


 『大丈夫。魔力もだいぶストック出来てきたし、私もいつまでもシュリの中に隠れてばかりいられないわ。頑張ってくるわね? だから、あの……』


 『ん??』


 『私にもキスで魔力を……』


 『ああ、それか! もちろんだよ。じゃあ、みんな、お願いするね? 魔力供給の時間は、最初に出来なかった分、長めに時間をとるようにするから』


 『うふふ。楽しみにしてますわぁ』


 『な、長めに、か。わ、わかった。頑張ってきゅる……いや、その、頑張ってくるぞ!』


 『わ~い。濃厚キス、楽しみにしてるよぉ~』


 『濃厚言うな!! なんか照れんだろぉがよぉ。でも、ま、頑張ってくるわ。だからよろしくな?』


 『頑張ってくるわね、シュリ。期待してて』



 5人の精霊達はそれぞれに言葉を残し、シュリの中からその気配を消した。

 シュリはそれを見送るように胸の辺りをぎゅっと掴み、それから改めてアンドレア達の顔を見上げた。



 「よし、これで当面の対策はOKだね。僕達は報告を待ちつつ、この後どうするか、考えておこうか」



 にっこり笑ってそう告げると、3人は顔を見合わせた後、神妙にまじめな顔でこっくりと頷いた。


◆◇◆


 「ぐっ……ぐああっっっ」


 「……ん~? どうだ? 女王への忠誠心を捨て去る気分になったかぁ? ほら、言ってみろ。女王はクソです。俺は新たな素晴らしい王に忠誠を誓います、ってな」


 「だ、誰が!! 俺らは女王様に感謝してるんだ。たとえ死んでもあのお方を裏切るものか!!」


 「強情な男だ。だが、いつまでその気持ちのままで居られるか見物だな。今すぐ殺してやってもいいが、ちょっと早すぎるか。我が姉上も、さっきの今では流石に駆けつけては来れぬだろうからな。もう少しだけ生かしといてやろう。その間、お前が生き残る可能性が高まるように、改心の手助けをしてやろうな」



 床に叩きつけた時に折れたのであろう鼻から血を流す男の顔をのぞき込み、王位簒奪をもくろむ女王の弟は、酷薄な笑みを浮かべた。



 「ロドリガ」


 「は、はいいぃぃ!!」


 「こいつの指を折れ。どれでもいいぞ。選ばせてやる」


 「ゆ、ゆゆゆ、指をですかぁぁぁ!? ひいぃぃっ。考えただけでも痛すぎますぅぅぅ」


 「ったく、本当に使えない男だな、お前は。もういい。そこのお前」


 「はっ」


 「こいつの指を折れ」


 「……っ。はっ」



 ぶるぶる震える正直豚にしか見えない虎の獣人に見切りをつけ、ゼクスタスはその辺にいた兵士の1人に声をかけた。

 兵士は顔を青くして表情を固くしたが、迷いのない足取りで床に倒れた男に近づき、その指に手をかける。



 「……すまない。女王陛下がお戻りになった時、あのお方のために戦うため、俺は生きていなくてはならない」


 「いいんだ。女王様の為なら、俺は我慢できる。……やってくれ」


 「……必ず、女王陛下の御代を取り戻す」


 「……ああ。っく!! ぐあぁぁぁ!!」



 周囲に聞こえない小さな声で言葉を交わした後、兵士はためらいを捨てて男の指を折った。

 なるべく治りがいいよう、あえて思い切り良く。

 苦痛の悲鳴が響き、それを聞いたゼクスタスは満足そうに口元をゆがめる。

 そんなことがしばらく続いた後、ゼクスタスは再び男の顔をのぞき込んだ。



 「……どうだ? 心は変わったか? 言ってみろ。女王はク・ソ・だ、と」


 「……クソはお前だ。女王様は素晴らしい方だ」


 「よほど死にたいらしいな? お前が死んだらお前の仲間も順に死んでいくんだぞ?」


 「きっと女王様が助けて下さる。俺はあの方を信じている」


 「そうか。なら死ね」



 ゼクスタスは、腰の剣を抜いて振り上げた。

 城の宝物庫から適当に持ってきたものだが、それなりの業物だ。

 きらめく刃が男の首に落とされる、その瞬間。

 ゼクスタスの刃と男の首の間に何かが割り込んできた。

 ごち~ん、と、ものすごい音がした後。



 「ふおぉぉぉ~。痛い、痛いのじゃあぁぁ。じゃっ、じゃが、どうにか間に合ったのじゃ。良かったのじゃ~!!」


 「イルル様、ぐっじょぶ。ぎりぎりセーフ」



 響いたのはちょっぴり間抜けな響きのそんなやりとり。

 現れたのは、は虫類の特徴を宿した獣人の少女と、狐の獣人と覚しき美女。

 2人はどこからともなく現れ、死ぬ運命にあった男の命を見事にすくいあげた。



 「お、お前達、いったいどこから……」



 若干ひきつった顔でゼクスタスが問いかけた次の瞬間、それなりに業物だったはずの剣の刃が粉々に砕け散る。

 ゼクスタスは、呆然と、一瞬で柄だけになってしまった剣を見た。

 そしてその視線を、殺すはずだった男の側にかがみ込む少女へと向ける。

 少女は男を助け起こしてやろうとして、彼の体の惨状に気づいたらしく、



 「うぬおぉっ。お主、よく見れば鼻が血塗れで曲がっておるし、指もあっちこっち向いててものっすごく痛そうなのじゃ。ぬぬぅ。コレは治療が必用じゃな~。じゃが、妾、急いで来たから治療薬、持ってきてないしの。妾の能力はどっちかというと攻撃特化型じゃしな。これ、タマよ。お主は治療薬的なモノを持ってたりせんのか?」



 うんうんうなった後、傍らの狐獣人の美女を見上げた。

 見上げられた方は、おっとりと首を傾げ、



 「申し訳ない。タマにあるのはコレくらい」



 ゆっさりと大きすぎるくらいに大きな2つのギフトを揺らした。

 ぺったんこな少女に見せつけるように。



 「ふぬ~!! 自慢しよってからに!! じゃがの~。シュリは意外とちっこいのも好きなんじゃぞ? なんせ、あだるとぼでーな妾より、ちびっ子な妾の方がいいと言ってたんじゃからな!!」


 「負け惜しみはいいから、早く救助を」


 「負け惜しみなんかじゃないわい!! もういいのじゃ。ほれ、男よ。とりあえず命には別状なさそうじゃし、後で治療もしてやるのじゃ。もうちぃと頑張ってみよ。ほかに仲間はおらんのか?」



 イルルの問いに、痛みにもうろうとしながらも、男は己の仲間達のいる方を視線で示した。

 そちらに目を向けると、暴れないように縛り上げられ、猿ぐつわをつけられた数人の男の姿が目に入った。



 「タマ、救助じゃ」


 「りょーかい」



 イルルの言葉にびしっと敬礼を返し、即座にタマが動く。



 「あ、敵とはいえ、なるべく死なさぬようにの。あんまりいっぱい人が死ぬと、シュリが落ち込むのじゃ」


 「むっ。確かにその通り! なら眠らせる。寝るのも寝かしつけも、タマの得意技」



 慌てたように追加されたいルルの言葉に頷いたタマは、その瞳を怪しく輝かせた。

 九尾の狐の固有スキル[千年の眠り]

 このスキルに抵抗できなかった者は即座に眠りに落ち、解除されるまで千年でも眠り続けるという強力なスキルだ。

 発動媒体はタマの目なので、目をそらしたり目を閉じたりすれば避けられるのだが、そんなことを相手が知るはずもなく。

 タマの進行方向にいた兵士達が一斉に倒れる。救助すべき人達も諸共に。

 タマはほんの少し固まってその様子を見た後、おもむろにイルルの方を振り向いて、



 「救助対象も寝かしつけちゃった。てへ」



 どこで覚えてきたのかあざとい仕草で、自分の頭を拳で軽くこつんとやりつつ、小さく舌を出して見せた。

 一昔前のマンガのヒロインがやりそうなその仕草に、シュリなら即座に突っ込みを入れただろう。

 しかし、そういう知識に乏しいイルルにはまるで効果がなかった。



 「救うべき者まで眠らせてどうするのじゃ。運ぶ手間を考えよ、運ぶ手間を。じゃが、まあ、生きておるからセーフといえばセーフじゃな。まあ、よい。こうなったら、ここにおる敵の首魁らしい人物も捕らえてシュリへの手みやげとしようぞ……うぬっ!? さっきまでここにおった偉そうな男はどうしたのじゃ??」



 タマに軽い説教をしてから視線を戻せば、さっきまでそこにいたはずの男の姿が見えなかった。

 イルルはきょとんとして首を傾げる。

 そんなイルルの傍らで、倒れ伏したままの男がはくはくと口を動かした。

 それに気づいたイルルは、彼の口元に耳を寄せる。



 「ん? なんじゃ??」


 「や、やつならとっとと逃げ出したよ。役にも立たない大臣をひきずって。あ、あんた達にかなわないと思ったんだろうな」


 「ぬ。逃げたのか。全く情けない男じゃの~。せっかくシュリへの手土産にちょうど良いと思ったのに台無しじゃ」


 男のかすかな声に耳を澄ませ、その内容を理解したイルルは不満そうに頬を膨らませた。

 そのいかにも幼げな仕草に、傷だらけの男が思わず笑う。

 だが、次の瞬間、体中の痛みに顔をしかめた。

 それを見たイルルが慌てて周囲を見回す。



 「ぬ! これはいかん!! 誰か、応急処置の心得がある者はおらんか? といっても、ここは敵陣じゃったの。しかし、敵じゃというのに、ここの兵士はやけに静かじゃの? 主の為に戦わんで怒られんのか??」



 イルルのそんな言葉に、1人の兵士が進み出る。

 倒れている男の、指を折った兵士だ。



 「あの男は我らの主ではありません。我らの主は女王陛下ただお1人。あの男に従っていたのは、陛下の御為に働く機会をうかがっていた為。きっと、今こそがその機会なのでしょう」


 「うぬ?? そう、なのか? まあ、敵じゃないなら別にいいんじゃが」


 「その男の応急手当は我々が。ただその前に、出来れば眠らせた兵士を起こして頂ければありがたいのですが。彼らも私達と同じく、女王陛下への忠誠の心を持った者達です」


 「女王の配下なら我らの同士じゃ。タマ、起こしてやるとよい」


 「りょーかい」



 タマがスキルを解除すると、兵士達も捕虜も、1人、また1人と目を覚まし。

 事情を把握した兵士達が捕虜達の応急処置を行う間、イルルはきちんとシュリに状況報告を行った。

 その際、シュリからある提案をされ。

 快くその提案を受け入れたイルルはタマと情報共有をした後、シュリの描く道筋に従うように動き始めたのだった。



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