第453話 それぞれの思惑②

 深夜に宿に戻ってから眠りにつき、日が完全に上る頃、シュリはようやく目を覚ました。

 非常に窮屈な状態で。


 左側にはシュリの頭を胸に抱え込んで、非常に幸せそうな寝顔のジャズ。

 で、右側にはじゃんけんで勝ち抜いたポチがいて、彼女もまた、シュリの頭を抱えているジャズごとむぎゅっと抱きしめるように寝ている。

 この時点で、シュリの顔は左右から幸せな柔らかさに包まれているわけだが、もちろん、これだけでは終わらない。


 娘のジャズの下半身を押しのけるようにして、シュリの左足に頬を寄せて寝ているのはナーザ。

 さらに右足を枕にしているのはタマで、最後に、シュリの上に半ば乗った状態で、シュリの胸元を涎で濡らしているのがイルルだった。


 普段のシュリならこんな事どうってことない。

 でも、寝てる間も猫耳のままだったため、みんなの拘束がけっこうキツい。

 困ったなぁ、と思いつつ、みんなよく寝てるし、起きるまで我慢するか、と思った瞬間、ぶるり、と体が震えてアレがやってきた。


 誰の身にも起こり得る、朝の生理現象である。

 シュリは内ももをきゅっと寄せ、



 「み、みんな~? あ、朝だよ~? もう起きようか」



 平然な様子を装いつつ、眠るみんなに声をかけた。

 その声に最初に反応したのはジャズだ。



 「ん~? シュリ?? もう、起きたの?」



 彼女は若干眠気を残した声音でそういうと、シュリの頭をぎゅうっと抱きしめた。

 左頬を圧迫する柔らかな塊がむにゅりと形を変えて幸せを伝えてくるが、生理的欲求が逼迫しているためそれを感じているどころではない。



 「お、おはよ~。じゃ、じゃず? みんなに声をかけてそろそろ起きようよ。今日もやることがいっぱいあるしさ」



 さりげなく起床に向けて促すが、ジャズは名残惜しそうにシュリの頭に頬をすり寄せるのみ。



 「おはよう、シュリ。起きなきゃいけないのはわかってるんだけど、まだ起きたくないなぁ。シュリの隣をゲット出来る幸運なんて、今度いつ巡ってくるかわからないし」



 なぁんてうだうだ言いながら、一向に起きあがる気配を見せない。

 焦ったシュリは、今度は右側に救いを求めた。



 「ぽ、ぽち~? 朝だよ? もう起きようよ」


 「ふみゅ~? もう朝でありますか? ポチはまだまだ寝れるでありますよぉ~?」



 シュリの言葉に答えつつも目は閉じたまま。ポチは若干寝ぼけながら、シュリの頭をジャズごと抱きしめている腕に力を込める。

 ジャズごとむぎゅっと抱きしめられて、左のおっぱいも右のおっぱいも圧力を増す。幸せな感触なのだが、今はそんなのどうでもいい。

 とにかく少しでも早くみんなを起こして解放され、一刻も早く駆け込みたい場所があるのだ。

 だが、そんなシュリの心も知らず、



 「んぁ~? シュリぃ? 逃がさないぞ~ぅ?」


 「みゅぅぅ。タマの、まくら」



 内股をきゅっと寄せたことで刺激してしまったのか、左右の足を確保していた2人が、ぎゅうっとシュリの足を抱え直す。

 結果足が引っ張られ、その刺激がシュリのある場所が激しく刺激されてしまう。



 「ちょ!? ナーザ!? たまぁぁ!!」



 シュリの口から思わず悲鳴のような声があがる。



 「んぬ~。騒がしいのじゃ。シュリ~。妾はここにおるからの? そう騒ぐでないのじゃ」



 そのシュリの声に目覚めを促されたイルルが、妙な勘違いとともににんまり笑う。

 そして、シュリを真上からぎゅうっと抱きしめ。

 シュリの我慢の限界が試される。

 大きな波が、シュリの我慢の堤防を突き崩そうと激しく荒れ狂ったが、シュリはどうにかそれを耐えきった。

 そして、



 「いい加減に起きろってば!! 漏れちゃうでしょぉ!! おしっこがあぁぁぁ」



 我慢の限界とばかりに、大きな声でそう叫んだのだった。

 

◆◇◆


 「で? 大丈夫だったのか? シュリ。おしっこは間に合ったのか?」


 「……おかげさまでね」



 今後の作戦会議の為に部屋にやってきたアンドレアから、朝の挨拶もそこそこにそう問われ、シュリは憮然とした表情で返す。

 そのまま視線をシルバへ向けると気まずそうに目を反らされ、彼の耳にもしっかりと朝のシュリの叫びが届いていた事を知らせてくれた。

 もしや、ローヴォも!? 、と豹頭の宰相の顔を見上げると、彼は髭をぴくぴくさせた後、



 「……まあ、こういう宿の壁は、得てして薄いものだからな」



 そんなことを言いつつ、ちょっぴり目線をシュリから外した。

 ローヴォにも聞かれてた、とがっくり肩を落とし、だが悠長に落ち込んでもいられない。

 シュリは大きく息を吐き出して気持ちを切り替えると、みんなの顔を見回した。



 「……で、えっと。作戦会議、だよね?」


 「ああ。そのために女王陛下と王子殿下にも集まって貰った。本来なら臣下の私が全てをお膳立てすべきなんだろうが、戦力もまだ集まっていないし、作戦をたてるための手札が少なすぎてどうにもならない。シュリ達の力を貸して欲しいのはもちろんだが、敵の内情を知るために、陛下と殿下からも情報をご提供いただきたい」


 「情報か。構わんが、大した情報はないぞ? シルバはずっと牢に閉じこめられていたし、私も情報を吐き出せと拷問をされたくらいで、あちらの情報を得る機会はほとんどなかった」


 「分かる範囲でいいのです。私の得ている情報とあわせれば、情報の精度が増しますので。まず、あちらの勢力ですが……」


 「大臣のロドリガと我が弟ゼクスタス。敵の首魁はその2人だ。幸いなことに、ロドリガ以外の裏切り者はいなそうだな。あるいはいたとしても、徹底して私から隠れていたか」


 「いえ、裏切り者はロドリガだけでしょう。他の有力者は、城内に幽閉されているようですが、まだ裏切りには至っていないようです。女王陛下の人望の賜物ですね」


 「私の人望はともかく、裏切り者が少ないのは助かるな。奴らを排除した後の建て直しが楽でいい」


 「確かに。他にめぼしい者はいませんでしたか?」


 「他は雑魚ばかりだな。いや、1人だけ」


 「1人、ですか。誰です? 私も知っている人物ですか?」


 「知っている、と思うぞ。ロドリガの娘だ。名は確か、アゼスタ、とか言ったか? あの娘はどうやらシルバに想いを抱いているらしい。ロドリガの道具にされているのだろうと思って、奴の持ってきたシルバとの縁談をすげなく断ってしまったが、ちょっと可哀想な事をしてしまったな。今回彼女があちら側で積極的に動いているのも、シルバへの想い故、のようだ」


 「殿下への想い故、ということは、父親であるロドリガ達と違う目的で動いている、ということでしょうか?」


 「ほう? よく分かったな」


 「父親の言いなりになっていただけでは、殿下と添うことは出来ないでしょうから。王を僭称するあの男に献上されるのがせいぜいでしょう」


 「ゼクスタスに、か。まあ確かにわが弟の好みそうな美人だったな。だが、奴に献上したところで、大切になどしてもらえんぞ? 奴が飽きるまで好き勝手されてぼろぼろにされるのがオチだ。そんな男に、自分の娘を差し出すかな?」


 「奴ならやるでしょうな。ロドリガは、自分の娘だろうと家族だろうと、己の道具としか思っていないでしょうから」


 「己しか大切に思えない人生、か。虚しく寂しい人生だな」


 「奴が己で選んだ人生です。それでどうなろうとも、自業自得と言うものです。それで? 奴の娘はどんなたくらみを?」


 「他愛ないものだぞ? あの子は愛しい男を己のものにしようとしただけだ。牢の食事に媚薬を盛って、己の貞操を差し出してでもな」


 「へ!? は、初耳だぞ!? 母上!!」


 「アゼスタもまさか、自分の想う男が、コレくらいのことで狼狽えるほどお子ちゃまだとは思っていなかっただろうがな」


 「……まあ、コレはコレで。誠実なのは良いことですよ。我が義娘むすめは幸せ者です」


 「う、うるさいぞ、ローヴォ。でも、母上は俺の食事を食べてましたよね? 媚薬入りの。大丈夫だったんですか?」


 「ん~。まあ、ムラムラはしたな。だが、私のところには誰も忍んでこなかったし、まあ、我慢できないほどではなかったぞ。おまえが食べていたらどうなったかは分からんが」


 「でも、夜に誰かが来てたなんて、俺は全く……」



 うろたえた顔をする息子をからかうように、アンドレアはにんまり笑う。



 「気づかなかっただろうな。お前は私の食事に入っていた睡眠薬でぐーぐー寝てたんだ。アゼスタは頑張って胸を押しつけたり、添い寝したり、お前のを触ったりしてたみたいだが、お前は全く無反応でな。隣の牢からも彼女の苦労がしのばれて、非常に面白……いや、気の毒だったぞ」


 「は? え? 胸? 添い寝? 俺のを……? それだけされても全く覚えてないなんて」


 「……覚えていなくて幸いです。我が義娘むすめと再会したら、よく話して聞かせておきましょう。殿下はそういうことに興味があるお年頃なので、大人の階段は早めに上った方がいいかもしれない、と」


 「ちょ!? やめろよ!? リューシュに変なこと吹き込むなよ!? リューシュはあのままでいいんだから!!」


 「……孫の顔を見るのはだいぶ先になりそうですね」



 やれやれ、とローヴォが肩をすくめ。

 そんな3人のやりとりを目を丸くして聞いていたシュリはぷはっと吹き出した。



 「じゃあ、敵はアンドレアの弟のゼクスタスって人と、元大臣のロドリガって人の2人だね。シルバを好きなアゼスタって人は、シルバに関しては味方、ってことでいいだろうし。いざとなったら、アゼスタ封じはシルバに頑張ってもらおう」



 よろしくね、とにんまりすると、シルバは苦虫を噛み潰したような顔をしつつ、



 「……まあ、アゼスタにそれほどの罪はないのかもしれないしな。全てが終わった後には、ちゃんと罪は罪として償って貰うにしても、それまでは彼女が無茶をしすぎないように、俺が気をつけておく」



 それでいいか、と返すシルバにうなずきを返し、シュリは再びローヴォの顔を見上げた。



 「アゼスタに関してはそれでいいとして、残りの2人はどうしよっか?」



 非常に軽い調子で問われ、深刻な思いで国を取り返す算段をしていたローヴォは思わず苦笑を漏らす。

 捕まえて連れてきてくれ、と言ったら、分かった、と答えて首謀者の2人を簡単に引き連れてきそうだな、などと思いつつ。



 「そうだな。2人に関しては……」



 考えながらローヴォが口を開いたとき、その声は聞こえてきた。



 『慈悲深き女王陛下に継ぐ……』



 魔術による拡声なのか、やけに鮮明に聞こえるその声を聞いた瞬間、凛々しくも優しい笑みを浮かべていたアンドレアの顔からその笑みが消えた。

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