第451話 深夜の救出作戦③

 中々起きないシルバに苦戦したがどうにか起こし。

 シュリは説明もそこそこにシルバに着替えを押しつけた。

 展開の早さに目を白黒させつつも素直に着替え始めたシルバを見上げ、



 「着替えの手伝いは平気? アンドレアが、正装は1人で着るように出来てないってローヴォに文句を言ってたけど」



 はっとしたように問いかけた。

 シルバは、母上らしい言い分だな、と口元に笑みを刻み、



 「女性の正装は確かに1人で身につけるのは難しいかもしれないな。でも、男の方はそこまで複雑じゃないから1人でも大丈夫だ」



 囚人服を片手に答える。

 ふぅん、そうなんだ、と頷いているシュリを横目で見ながら、シルバはさらに問いを重ねた。



 「母上はご無事か? 怪我を負っているはずなんだが」


 「あ、それなら大丈夫だよ。持ってきた回復薬でちゃんと治療した。だから、もうすっかり元気」


 「そうか。それなら良かった。うちの宰相ともすっかり打ち解けたみたいだな?」


 「まあね。質の悪い兵士に追っかけ回されているところを、ローヴォが隠れ家に連れてってくれたんだ。で、ほら。目的も一緒だし、力を合わせてシルバとアンドレアを救い出そうってことになってさ」


 「頼りになる人だろう? 俺も母上も信頼してるし、いつも助けられてる」


 「僕達が来なくてもきっと、ローヴォなら根気強く2人を助け出したはずだよ。情報収集もばっちりだったしね。僕らも目立たないように入国したはずなのに、情報を掴まれてたみたいだし」


 「目立たないように、か?」



 シュリの言葉を受けて、シルバは友人の姿をまじまじと見た。

 友人に獣人の血は入っていないはずだが、どう言うわけか本物にしか見えない猫耳としっぽがついている。

 その視線に気づいたシュリがふふん、と笑った。ちょっと得意そうに。



 「付け耳じゃなくてちゃんと自前だよ。詳しい説明は省くけど、この耳としっぽはスキルの副産物なんだ」



 得意げなシュリの感情と連動するように、シュリの猫耳がぴこぴこ動いた。

 その動きに誘われるように、シルバの手がシュリの猫耳に伸びる。



 「スキルの副産物か。すごいものだな」



 シルバの手が、形を確かめるようにシュリの猫耳に触れる。

 スキルの副産物とは言え、どういう仕組みかは分からないが、シュリの猫耳にはしっかり神経が行き渡っており。

 そうやって触られると結構くすぐったい、というか、背筋がぞわぞわするのだが、まだなんとか我慢できる範囲だったのでどうにか我慢した。

 シルバはきっと耳を触られてもくすぐったくない人なんだな、と思いながら。



 「そう、かな?」


 「ああ。毛並みが綺麗だ。シュリの顔立ちにも似合ってるし、可愛いぞ」


 「そう? 誉めてもらえるのは嬉しいけど、可愛いは男に対しての誉め言葉じゃないと思うよ?」


 「それもそうか。でもなぁ。やっぱりシュリには可愛いって言う形容詞があってると思うけどな」



 シュリの言葉に反論しつつ、シルバは何気なくシュリのしっぽに目を向けた。

 耳を触られてくすぐったいのを我慢しているシュリのしっぽが、少しだけ逆立っていた。



 「どうした? しっぽの毛が逆立ってるぞ?」



 そう言いながら、彼はシュリのしっぽに手を伸ばし、その毛の逆立ちを整えるように手を滑らせた。

 悪意のない行為なんだろう。

 そうなんだろうけれども、なぜかシュリのしっぽの神経は猫耳の比じゃないくらい敏感で。



 「ふわぁっ!? ちょ、シルバ!? しっぽは……」



 腰砕けになりつつ抗議するも、シルバはなぜかシュリのしっぽをうっとり見つめていて、シュリのその声は耳に届いていないみたいだった。



 「本当に綺麗な毛並みだな。毛色も毛艶もすばらしい。獣人のしっぽは見慣れているはずなのに、なんでなんだろうな。みょうにそそられる」


 「そっ、そそられる、って、どういう……ふみゃっ!!」



 思わず問い返したシュリは、何ともいえない甘い悲鳴をあげた。

 シュリのしっぽをじっと見ていたシルバがおもむろに、シュリの尾の先に口元を寄せ、柔らかな毛皮に歯を立て、そっと甘噛みしたからだ。

 人の歯よりも若干尖って感じられるその刺激に、最大級のぞくぞくがシュリの背中を駆け上がり、シュリの腰を完全に砕けさせた。


 シュリがすとんと座り込んでしまったことにより、シルバの手からシュリのしっぽがするりと抜ける。

 そのことで、我に返ったようなシルバの顔を、シュリは下からちょっと涙目で睨んだ。

 頬が染まり、瞳が潤んでいたせいで、妙に色っぽかった。

 どれくらいか、というと、シルバの喉がごくりと音をたててしまうくらいには。



 「獣人の人って、他の人のしっぽを気軽に触っちゃいけないんじゃなかったの!? シルバってば、誰彼かまわずしっぽを噛んで歩いてたりするわけ!?」


 「い、いや。誰彼かまわずってことは。こういうのは親しい相手にしか……」


 「しっぽに触れるって事は、唇同士のキスくらい親密な行為って認識だったけど、本当はそうじゃないの? 友達同士の挨拶でもすること??」


 「い、や。普通はもっと親しい相手にすることだ。俺だってリューシュにしか……」


 「そういうのは、普通は恋人同士のスキンシップとして行われるものだ。通常、2人きりの部屋で、そういう雰囲気になったときにすることだな!!」



 戸惑いながら答えるシルバの要領を得ない説明を補足するように、アンドレアの声が割り込んできた。

 母親の登場に、シルバは少々慌てた様子でシュリから距離をとる。

 そんな息子をからかうように、艶やかな女王の装いに身を包んだ彼女はにんまりと笑った。



 「つまり、シルバはシュリをそういう相手として認識してしまったということだな! どうする? シルバがその気ならシュリの事も嫁に貰っておくか? 実際の子作りは私が協力してもいいぞ?」



 なんていう貞操観念だよ!? 、と思いつつ、



 「お嫁になんていかないよ!? 僕はお嫁さんを貰う側だからね!?」



 シュリはきっぱり否定し、



 「俺はリューシュ一筋だ! さっきのはちょっとシュリのしっぽが本物か、その、かじって確かめただけだ!! 俺にはリューシュだけ……そうだ! シュリ!! リューシュは無事にお前のところへ着いたのか? 元気に、してるか?」



 シルバも否定している最中ではっとしたような表情を浮かべ、真剣な眼差しでシュリの肩をぎゅっと掴みリューシュの事を問いかけた。

 その様子はすっかりいつものシルバで、シュリはほっとしつつも苦笑を浮かべ、



 「大丈夫。リューシュは元気だよ。危険だから僕の家にいて貰っているけど、いつでもこっちに連れてこれるから安心して」



 シルバを落ち着かせるように、肩を掴んでいるシルバの手をぽんぽんと叩いた。



 「そ、そうか」



 シルバは心底ほっとしたようにそう呟き、己の胸元をぎゅっと掴み目を閉じる。

 愛しい想い人を、その脳裏に描くように。



 「我が義娘むすめを想ってくれる気持ちはよくわかりますが、今はとにかく早くここを出ませんか? 見回りが来ると面倒です」


 「そうだな。シルバ、早く着替えろ。お前がそのままだと出て行くにも出て行けないだろう?」


 「あ、ああ。分かった。でも、ここからどうやって……っていうか、そもそもシュリもローヴォもどうやってここに?」


 「その説明は後だ。というか、私もまだよくわからんから説明しようがない。とにかく着替えろ。のろのろしてるなら私が着替えさせてやろうか?」



 わき上がった疑問に手が止まる息子をからかうように、アンドレアがシルバの服に手を伸ばす。

 伸びてきた母親の手を見て、シルバは慌てて身を引いた。



 「大丈夫だ! 自分で着替える。だからちょっと向こう向いててくれよ」


 「なにを恥ずかしがることがある? こうみえてお前の母親だぞ? お前の体なんて隅から隅まで知ってるんだ。まあ、最後に見たときからすれば、少しは成長しているんだろうが」


 「いいから! 俺に早く着替えて欲しければさっさと背中を向けてくれ」


 「ほら、アンドレア。僕と一緒に向こうに行ってよう? シルバ、着替えが終わったらアンドレアの牢に来てね~?」



 母親の好奇心に満ちた満面の笑顔に、悲鳴のような声をあげるシルバがちょっと可哀想になり、シュリはアンドレアを促して隣の牢へと向かう。

 ローヴォもそれに続き、シルバの牢に静寂が落ちる。

 母親に無理矢理服をむかれなかったことにほっと息をつき、シルバは急いで着心地の悪い囚人服を脱ぎ、用意されていた服に頭を突っ込んだところで、ふと動きを止めた。

 そして、



 「母上の牢に、って。どうやっていくんだ?」



 そんな呟きが牢の中に響いた。 


◆◇◆


 しばらくして。



 「……これは、どういう仕組みなんだ?」



 そんな言葉とともにシルバが黒モヤをくぐり抜けて合流してきた。



 「うちのオーギュストのスキルだけど、詳しくは僕も知らないんだ」



 にっこり笑ってシュリは言葉を濁し、



 「どういう、仕組みだ?」


 「これをくぐると俺が行きたいと思ったところへ行ける。ただそれだけのスキルだ。詳しくは良くわらからん」



 シルバに直接尋ねられたオーギュストが返したのもそんな返事だった。



 「辛気くさい顔してないで、さっさと脱出するぞ!」


 「ぐっ」



 なんだか釈然としない、というような顔をしているシルバの背中を、アンドレアがぱしんと叩く。

 シルバは小さく呻き、恨めしそうに己の母親を見た。



 「……元気そうでなによりだな、母上。怪我は、平気なのか?」


 「根性の曲がった弟になにをされたところで怪我などしない、と言いたいところだが、シュリが回復薬で治してくれた。すごい効き目だったぞ。背中の惨状が一瞬で消えたからな」



 問いかけに答えつつ、アンドレアは息子の探るような心配そうな視線を笑い飛ばす。

 そんな母親の元気そうな様子にほっとしつつ、シルバは小さな友人に頭を下げた。



 「シュリ。母上の治療、感謝する。それだけ効果の高い回復薬ならかなり高価なものだろう? ちゃんと支払うから後で値段を教えてくれるか?」


 「そんなのいいよ。冒険者ギルドとかでも普通に売ってる、1番手軽な値段の回復薬だし」


 「でも、ああいう回復薬にはそこまで劇的な効き目はないだろう?」


 「そこは、まあ、僕独自の改良を加えている、というか。少々混ぜものを……」


 「混ぜもの!?」


 「あ、大丈夫だよ? 体に悪いものは混ぜてないし」


 「そう、なのか? まあ、シュリの言うことだから信じるけど」


 「平気だよ。普通に食べたり飲んだりしても問題ないものしか入れてないから」



 にっこり微笑みつつ、そう返す。

 嘘は言っていない。

 元の回復薬の他には、シュリの血が数滴とアクアの癒しの水が入ってるだけだ。

 他人の血を口にするのは抵抗がある人もいるかもしれないけれど、数滴だし、言わなければ分からないはず。

 シュリの体液の効能を気軽に吹聴する訳にもいかないので、回復薬に混ぜ込んだプラスアルファについて明言するつもりはなかった。



 「詳しくは秘密なんだ。ごめんね?」


 「こっちこそ、疑り深くて悪いな。混ぜものとか言うからちょっと驚いたんだ。つまりシュリのオリジナルのレシピってことなんだろう? それなら詳しく明かせないのは当然だ。気にしなくていい。ただ、後で何か礼はさせて欲しい。必要なものとか欲しいものとかないか?」


 「欲しいもの……欲しいものかぁ」


 「何でもいいからとりあえず言ってみてくれ。手に入りにくいものでも手に入れる努力はする」


 「欲しいものねぇ。う~ん……あっ!」


 「思いついたのか?」


 「筋肉!! 筋肉が欲しい!!」


 「きん、にく……?」


 「うん。僕、筋肉つけて男らしくなりたいんだ! 体を鍛えるの、手伝ってよ」


 「シュリに、筋肉……」



 シルバは言葉に詰まり、シュリを下から上までまじまじ見つめた。

 筋肉という単語とは明らかに無縁な、ちんまりした幼児体型を。



 「筋肉か。筋肉、なぁ……」


 「シュリに筋肉は無理だろう?」



 言葉を探すシルバをあざ笑うように、アンドレアがすぱっと切る。

 ざっくり切りつけられて、うぐっ、と呻いたシュリを見て、



 「い、いや! やってみないと分からないだろう!? と、とりあえず今回の事態が落ち着いたら色々試してみよう! 俺が協力するから! なっ?」



 シルバが慌てたように言葉を紡ぐ。



 「協力、してくれるの?」


 「ああ! するさ!! シュリへの礼だから、精一杯努力するぞ!!」



 ちょっぴり涙目で見上げたシュリに、シルバは力強く請け負った。

 そんな息子を、やれやれ、と若干の呆れと笑いを含んだ視線で見ていたアンドレアは、



 「……陛下。通路の向こうに明かりが。見回りの時間のようです」



 そんなローヴォの声に顔を引き締めた。



 「牢番の定期巡回か。さて、どうする? 強行突破か?」



 腕を組み、アンドレアは救出劇の首謀者に問いかける。

 その問いを受けてシュリはにっと笑った。



 「見つかっちゃったら忍び込んだ意味がないでしょ? オーギュスト、細工は終わった?」


 「ああ。用済みの囚人服に詰め物をしてそれらしく布の下に突っ込んでおいた。それぞれの髪色に合わせた糸をそれらしくつけた頭もくっつけておいたから、まあ、ちらっと見たくらいではバレないはずだ。少しは時間稼ぎになるだろう」


 「ありがと。朝まで騙せたら御の字、って感じかな。よし、じゃあ、見張りが来る前に脱出しよう」


 「ああ。脱出路はここに用意してある」



 脱出経路としての黒モヤもしっかり準備し終えたオーギュストは、さあいつでも褒めてくれ、と言わんばかりにしゃがみ込んで、期待に満ちたまなざしをシュリへ向ける。

 そんなオーギュストの様子を、シュリ以外の者が怪訝そうに見つめる中、シュリはすたすたとオーギュストに近付いた。

 そして、



 「うん。ありがとう。オーギュストのおかげですごく助かったよ」



 心からの言葉とともに、オーギュストの黒髪を優しく撫でた。

 そしてそのまま、なめらかな頬を撫で、おでこにちゅっと可愛くキスをする。



 「……撫でられるのは非常に気持ちいいが、それだけか?」


 「時間がかかると見張りの兵士さんが来ちゃうでしょ? 残りは後でね」


 「後で、か。分かった。楽しみにしてる」



 オーギュストは納得したように頷き、シュリ以外の面々を見回した。



 「さあ、さっさとコレをくぐってくれ。見張りに見つかると、シュリからの褒美が減る」


 「……褒美は確か、シュリから前払いで貰っていたように思うがな」


 「あれはあれ、これはこれ、だ。シュリが俺の仕事に見合った褒美をくれるというのを、断る意味がわからん。もらえるものはもらっておく、というのが俺の主義だ。シュリがくれる、というものなら尚更にな」


 「まあ、私には関係ないことだがな。さあ、陛下、王子殿下。コレをくぐり抜けて下さい」



 ローヴォは肩をすくめ、それから改めてアンドレアとシルバを促した。

 自国の宰相に促され、黒モヤを見る2人の視線は大いに疑いを含んだものだった。



 「くぐる……」


 「コレを、か?」


 「なにをためらっておいでです? 先ほども、牢の移動に使ったではないですか」


 「いや、だがな?」


 「さっきは牢の壁にあったから、何となく壁の向こうへ行けるんだろうなぁ、と予想はできたが、今度は、ほら。どこにつながっているかわからないしなぁ」



 大いにためらう2人に、



 「大丈夫。怖くないよ。でも、まあ、最初に入るのはちょっと不安かもしれないから、僕が先に行くね?」



 そう告げると、シュリはさっさと黒モヤをくぐってその姿を消した。

 その姿が、黒モヤの裏側から出てこないことを確認し、



 「「いったいどうなっているんだ……」」



 母子は異口同音につぶやいた。

 そんな2人の様子にため息をもらしつつ、



 「そんなのはどうでもいいでしょう? とにかく、後ろがつかえているんです。さっさと行って下さい」



 容赦なく2人の背を押した。黒モヤの方へと。



 「なっ!?」


 「ちょ、ま……」



 抗議の響きを滲ませた2人の声が、その体とともに黒モヤの向こうへ吸い込まれて消える。

 それを見届け、やれやれと肩をすくめたローヴォは、



 「では、先に行かせて貰う」



 そうオーギュストに言い置いて、臆することなく黒モヤの向こうへと。

 見送ったオーギュストも、向こうで一刻も早くシュリからご褒美を得るために、その姿を女性体へ変えると、軽やかな足取りで黒いモヤの中へ。

 ご機嫌な美女の姿を飲み込んだ後、黒モヤも消えた。

 まるで最初からなにもなかったように。

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