第449話 深夜の救出作戦①

 夜も深くなり。

 シュリの宣言通り救出作戦が始まった。

 といっても、ローヴォに言わせると、



 「作戦もなにもあったものではないな。これでは色々準備を整えていた私がバカみたいではないか」



 ということらしいけど。

 まあ確かに、作戦と言うほどの策もない、オーギュスト頼みの力任せな案であると言えないこともない。

 シュリだって、これが他の人のたてた作戦なら愕然とするに違いない。

 それくらい突拍子もない作戦だって事くらいちゃんと自覚してはいた。



 「僕だってオーギュストがいなきゃこんな作戦たてないけど、使えるものは浸かったほうがいいと思うんだ。それに、ローヴォがいてくれるからこんなに早く助けに行けるんだよ? 僕らだけだったら、城の構造をもう少し探ってからになるところだったから」


 「……まあ、見取り図としての役割を果たせただけでもよしとするか。言いたいことがないでもないが、陛下と王子を早く救い出せるに越したことはないからな」



 ため息混じりにローヴォがこぼし。

 それを合図にシュリはオーギュストの顔を見上げた。



 「ん? そろそろ行くか?」


 「うん。よろしくね、オーギュスト」


 「任せておけ」



 男性体に戻ったオーギュストが重々しく頷き、彼の前に等身大の黒いもやが現れる。

 今回の作戦の参加者は3人。シュリとローヴォとオーギュスト。

 基本的には戦闘行為を行わずにすませる予定なので、戦闘員としての他の面々はお留守番だ。

 一応隠密行動なので、人数も少ない方がいいし、もう1人連れて行こうという事になると、熾烈な同行者争いが始まってしまう。

 それも面倒なので、最少人数でこそっと行ってこそっと帰ってこよう、と言うことになった。


 そんな訳で。


 オーギュストの黒もやの便利さを身を持って知り尽くしているシュリは、なにも恐れずもやの中へ。

 続いてローヴォが、若干びくびくしつつ中へ消え。

 最後にオーギュストが、



 「では行ってくる」



 そんな言葉を残して中へ入り。



 「うむ! 行ってくるのじゃ。きちっとシュリを守るのじゃぞ!!」



 イルルの見送りの言葉を吸い込んで、黒いもやもやがて薄くなって見えなくなった。

 残った5人はそれを見守り、それから救出作戦を終えたシュリ達が戻ったときに必要そうなものを準備するため、思い思いに動き始めた。


◆◇◆


 「母上?」


 「……なんだ、シルバ」


 「大丈夫、なのか?」


 「なんてことない。縛られて、少々撫でられた程度だ」



 薄暗い牢獄の中、母子は壁越しにそんな会話を交わす。

 昼は激しく責め立てられるが、夜はまだ安息を与えてもらえる。

 夜の間休めるだけ、まだ助かっていた。

 だが、それもいつまでのことか。


 このまま女王であるアンドレアが口をつぐみ続ければ、夜の安息も取り上げられ、責め方ももっと激しさを増すことだろう。

 今は幽閉されているだけの息子も彼女と同様の目にあわされるかもしれない。

 そんな事で根を上げる息子ではないだろうが、息子の体の一部や命を質に迫られたら、今のように口を閉じていられる自信は無かった。



 「……私も人の子の親、ということか」



 苦笑と共に思わずこぼす。

 自分の痛みや命などどうでもいいが、息子の命は守りたいと願ってしまう。

 母親とは、きっとそういうものなのだろう。

 一国を預かる者として、何かがあったら息子を見捨てる覚悟など出来ていると思っていたが、母親としての己をそこまでは捨てきれなかった。

 そんな事を思い、アンドレアは己の甘さに自嘲の笑みを浮かべた。

 


 「何か言ったか? 母上」


 「いや。なんでもない。もう寝ろ。明日も長いぞ」


 「そうだな」



 そんな母の様子を感じたのか、怪訝そうな息子の声に、アンドレアは努めて平静な声で返す。

 隣の牢で息子が素直に頷く気配を感じた。



 「母上も、早く寝るんだぞ。少しでも体を休めた方がいい」



 そんな息子の声を聞きながら目を閉じる。



 「ああ。そうする」



 そう返しながら。

 だが、目を閉じたところでそう簡単には眠れそうに無かった。

 仰向けに寝ていられないほどの傷を受けた背中が熱く、うずくような痛みを訴えていた。

 うつ伏せに横たわったまま、アンドレアは思う。

 奴らはきっと諦めはしないだろう、と。


 彼らの求めるもの、それは王の証とも言われる琥珀の塊。

 その巨大な琥珀は[獣王の瞳]と呼ばれ、代々獣王国の王座につく者に受け継がれてきた。

 王になる資格を失った弟は、己を王と示してくれるその証をどうしても己の手にしたいのだろう。


 謀反者達は言った。

 [獣王の瞳]と譲位を宣言する書状さえ渡せば、命だけは助けてやる、と。

 地方の都市に生涯幽閉し、息子とともに生かしてやろう。

 弟は瞳に暗い愉悦を浮かべ、そう言った。


 だから、恐らくアンドレアもシルバも殺されることは無いだろう。

 彼らの望むものさえ与えたならば。

 腕か足か目か、どこか重要な器官を奪われる可能性はないとは言えないが。


 だが、このまま奴らの欲するものを渡さずにいたらどうなるか?

 まず最初に殺されるのはシルバだろう。

 息子を殺されてもなおアンドレアが口を割らずにいられた時、粘っても情報をさえずらないと判断されたその時は。

 恐らくアンドレア自身の命もない。

 弟は王の証たる[獣王の瞳]の代わりにアンドレアの首をかかげ、王は自分であることを宣言する。

 そんな血なまぐさい未来を想像して、アンドレアは口元をゆがめた。



 (ローヴォよ)



 心の中で、唯一捕らわれなかった己の味方、豹頭の宰相の名を呼ぶ。



 (早く助けに来ないと、お前の女王の生首を見る羽目になるぞ?)



 声の届かぬ相手に、心の中で話しかける。



 「とはいえ、まあ、もうしばらくは粘ってみるがな」



 アンドレアは小さく笑ってつぶやき、疲れ果てたようにそっと目を閉じた。


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