第447話 獣王国の王都にて
王都についたシュリ達は、程々の宿を一室確保すると、今回もあまり目立たぬように3組に分かれて行動を開始した。
騒ぎを起こしかねないイルルとタマのコンビは宿でお留守番だ。
お昼寝してていいよ、というシュリの言葉に喜んだタマは、イルルを抱き枕に早速ベッドに横になり、シュリ達が部屋を出る頃には健やかな寝息を立て始めていた。
事が起きたのは、宿を出てジャズ&タマチームと別れて少しした頃。
発端は、シュリを抱っこしてほくほく顔で歩くナーザの肩と、我が物顔で広い道に広がって歩く柄の悪い兵士達の1人の肩が接触した事だった。
高ランクの冒険者であり自身のレベルも高いナーザはよろめくこともなく平然と歩き続けていたが、子連れの女性にぶつかって自分の方がはね飛ばされた兵士はそれを屈辱に思ったらしく、
「おい、女! ぶつかっておいて詫びの1つも言えないのか!?」
そんな声をあげてナーザの肩を背後から掴んだ。
身の程知らずにも。
それに対するナーザは、最初は冷静だった。
「ん? ぶつかった?? すまないな、全く気がつかなかった。が、私は常識的な獣人だからな。ぶつかったことは謝罪しよう。痛い思いをさせて悪かったな」
素直に謝罪(?)し、これで話は終わった、とばかりに再び歩き始めようとした。
しかし、兵士側の気は済まなかったようで、再度ナーザの進行を阻んだ。
人数にものを言わせてナーザとシュリを囲む、というやり方で。
兵士達の人数は7、8人程度。
正直、ナーザに対するには心許ない数字だ。
しかし、向こうはそうは思っていないらしい。
兵士は強気な態度を崩さずにナーザに詰め寄った。
「口先だけの謝罪で詫びになるか」
「口先の謝罪では不満だと? なら、どうすればいいんだ?」
やれやれ、と呆れたようにナーザが問う。
その質問を待っていましたとばかりに、兵士はその口元にいやらしい笑みを浮かべた。
ナーザのメリハリのある肢体を無遠慮に眺めながら。
「俺達はこれから酒場に行くんだが、あんたにはそこで酒の相手でもしてもらおうか。あんたは中々のいい女だしな」
「酒は嫌いじゃないが、生憎とこちらは子連れだ。酒場へはあんた達だけで行くんだな」
舌なめずりしそうな様子の兵士の要求を秒で断り、話はこれで終わりとばかりにその場を去ろうとしたが、またまた邪魔をされ。
ナーザの表情に苛立ちが浮かぶのを、シュリはハラハラしながら見上げた。
「ガキのことなんか知ったことか。いいからついてこい」
苛ついた兵士が、ナーザの腕を掴んで強く引く。
だが、ナーザはびくともしなかった。
しかし、その行為はナーザの逆鱗に触れた。
「……手を離せ」
「あ?」
「不用意に子供を抱く母親の腕をそんな風に掴むな。子供が落ちたらどうするつもりだ」
「はっ。そんなの知ったこっちゃ……」
知ったこっちゃねえ、そう言いたかったのだろうけど、彼はその言葉を最後まで口にすることは出来なかった。
「今のシュリは弱っこいんだぞ!? シュリが怪我でもしたらどうするつもりだったんだ。この馬鹿者め」
兵士の手を一瞬で振り払ったナーザは片手でシュリを抱え、もう片方の拳をしつこい兵士の顔に叩き込んだ。
容赦ない一撃に兵士の体が吹き飛び、他の兵士達が色めき立った。
てめぇ、このやろう、などと全く独創的でない言葉を吐きながら襲いかかってくる兵士達をさめた目で見つつ、
「……いちいち相手をするのも面倒だな。捕まれば城に入れるかもしれんが、それだとシュリが危険かもしれないからな。私1人ならそうするところだが……シュリだけ逃げておくか?」
「そしたら今度はナーザが危険だからダメ!」
「私1人ならどうとでもなるぞ? あんな奴らに殴る蹴るされたところで、大したダメージにもならんしな」
「ナーザが強いのは分かってるけど、やっぱり却下。ナーザは綺麗な女の人なんだし、なにされるか分からないでしょ?」
シュリがきっぱり言い切ると、左右から襲いかかってくる男達の攻撃を危なげなく裁きながら、ナーザはまじまじとシュリを見つめてきた。
「それは、なにか? 私のことを心配してくれているのか?」
「そりゃ……心配するでしょ? 普通に」
「粗暴な男達に捕らえられた私が、エッチな事をされちゃうんじゃないかと思うと心配で仕方ない、と?」
嬉しそうににんまりゆるんだ顔で問われると頷きたくなくなるが、まあ、言っていることに間違いはない。
「う……ま、まあ、そう、だね」
苦虫を噛み潰したような顔で、シュリは渋々ナーザの言葉に頷いた。
その瞬間、ナーザの顔がぱっと輝く。
「そーか!! シュリがそこまで言うのならやめておこう。私はシュリの女だからな。シュリの女として危険は避けるべきだな。うん」
誰が誰の女だって!? 、と突っ込みたいところだが、嬉々として逃げの体勢に入ったナーザの耳には届かないだろう。
そうでなくとも、女の人の耳には自分の都合の悪い言葉は届きにくいものなのだ。
シュリの周りの女性がそうなだけなのかもしれないけれど。
ひっそりとしたため息とともにシュリは色々と諦めると、さっと気分を切り替えてナーザの服にぎゅっとしがみついた。
それを察したナーザは、片腕でしっかりシュリを抱え直すと鋭く方向転換し、そして。
一目散に脱兎の如く逃げ出した。
追いすがる兵士達を引き連れたまま。
ナーザの腕の中で揺られながら、シュリは進行方向に逃げ道を探す。
追っ手をうまく撒けるような横道は無いだろうか、と。
その時。少し先の横道から、フードの人物が手招きをした。
「こっちだ。いそげ」
知らない人について行っちゃいけない、と言うが、シュリは迷わなかった。
「ナーザ。あそこの横道に入ろう」
「わかった」
ナーザも疑うことなくシュリの指示に従い、その後も怪しいフードの人物の招きに従って走った結果。
隠された入り口を抜けたその先の、さほど広くない隠し部屋のような場所へたどり着いた。
「ようこそ。我が反撃の拠点へ」
招き人はそんな言葉とともにシュリ達を迎え、そしてゆっくりと被っていたフードを脱いだ。
◆◇◆
フードの下から現れたその顔を見たシュリは目を見張る。
その人は一般的な獣人とも、人の姿と獣の姿を持つ王族とも違っていた。
首から下はひょろりと背の高い男性の姿。だが、その頭は完全なる豹頭だった。
シュリの視線を感じた彼はかすかに口元をゆがめる。
「私の顔は珍しいだろう? 恐ろしいかね?」
その問いかけにシュリは首を横に振る。恐ろしくは無かった。
人の体に豹の頭が見事にマッチしている不思議に見とれずにはいられなかったけれど。
それにシュリは彼のことを知っていた。
会ったことはもちろんない。
でも、前にシルバが話してくれたのだ。彼の国の頼れる宰相の話を。
変わり者だが頭が良く、偏屈なくせに妙に面倒見がいい。
そんな彼の姿は他とは違っているけれどとても美しいのだ、と。
シルバはその宰相を心から信じ、頼りにしていた。
「怖くないです。シルバから、あなたの話は聞いていましたから」
にっこり微笑んで返すと、彼も再び口元をゆがめた。
にやりと笑うように。
「ふむ。やはり君がシュリナスカ・ルバーノ君か。リューセリカが1人脱出したと聞いたとき、行き先は恐らくドリスティアだろうとは思ったが。しかし、救援のための部隊を送り込んでくるかもしれない、とは思っていたが、まさか本人が直々に来るとはな。周囲の者は麗しい女性ばかりだし、君自身もさほど強そうに見えない……というか、こうしてみるとただの子供にしか見えないな。君はなぜ、ここに来た?」
「友人を助ける為に、ですよ。あなたの方こそ、よく僕の事がわかりましたね? 目立たないようにしていたつもりなんですけど」
「こちらも君のことはシルバ……いや、王子に聞いていたからな。それにこうして隠れ潜む身であっても、まだ目と耳は健在だ。その目と耳が伝えてくれた。情報収集をしながら王都へ向かってくる変わった集団がある、と。その中に銀色の髪と菫色の瞳の幼い子供が混じっていると聞いた時点で、すぐに君の名前が思い浮かんだ。王子は君の事を楽しそうに語っていたよ。ちっこいくせに強くて、平和主義かと思いきや意外に大胆で、思いもよらない事をする頼もしい奴だ、とな」
そう言って、豹頭の宰相はシュリをまじまじと見つめた。
この小さな子供は、本当に彼の王子が言っていた通りの人間なのか、と探るように。
ナーザはその視線に少しイライラしていたようだが、シュリはゆったり構えて彼の視線を受け止めた。
どんなに無遠慮にながめようとも、見るだけでシュリの実力が測れるはずもない。
結局は、シュリを語ったシルバの言葉をどこまで信じるか、というだけの話なのだ。
豹頭の宰相の視線を受けながら、シュリの方こそ彼を測っていた。
彼がどれだけシルバを信じているかと言うことを。
「……無駄だな。どれだけ見たところで、私の目には君はただの子供にしか見えない。だが」
彼は諦め混じりの吐息とともにそうこぼした。
そしてシュリをまっすぐに見つめる。
それまでの値踏みのまなざしでなく、強い意志を込めたまなざしで。
「シルバが信じると言うなら私も信じよう。私は、我が王子の見る目を信じ、君を信じることにした」
「ありがとうございます。えっと……」
「ローヴォルドだ。ローヴォと呼ぶといい」
「わかりました、ローヴォさん」
「公式の場以外での敬称は不要だよ、シュリナスカ君。敬語もいらん」
「じゃあそうする。遠慮なくローヴォって呼ばせてもらうね? だから僕の事もシュリって呼んで。で、この人はナーザ。引退はしたけど、元Sランクの凄腕の冒険者だよ」
「了解した。ではシュリと呼ばせてもらう。そちらのご婦人のことも、ナーザと呼んでかまわないか?」
「かまわん。好きなように呼んでくれ。こっちもあんたのことはローヴォと呼ぶ」
「ああ。そうしてくれ。Sランクの冒険者殿と共闘出来るのは心強い」
「そう言ってもらえるのは光栄だが、本当に頼りになるのはシュリの方だぞ? 小さくて可愛くて愛らしくて、一見弱そうに見えるだろうが、あまり侮っていると心臓が口から飛び出すことになるから気をつけた方がいい。友人曰く、シュリはびっくり箱、らしいからな。とはいえ、目の当たりにするのは私も初めてだから、ものすごく楽しみなんだ。ま、お互い、楽しんでいこう」
「楽しんで、か。実力者は余裕があって羨ましいことだ。正直、楽しめる状況ではないんだがな」
「問題ないさ。こっちにはシュリがいるんだ。もう勝ったも同然だ。他のメンバーも、それなりに仕える連中が揃っているしな」
ナーザが盛大に持ち上げてくれるのを聞きながら、シュリはローヴォの顔を見上げる。
豹頭だからわかりにくいが、彼はかなり疲れているように見えた。
「ローヴォ、とりあえず僕達の宿へ移動しない? 僕の仲間を紹介するよ。そこで作戦を立てて、少し休んでから、一緒にシルバとアンドレアを助けに行こう」
にっこり笑ってそう提案すると、そんな簡単に言ってくれるな、とローヴォの顔がシュリに語りかけた。
でも、彼がその言葉を口にすることはなく、
「……ここの方が安全だと思うがな。まあ、いいだろう。君を信じると、決めたのだからな」
自分に言い聞かせるようにそう言うと、目深にフードを被って最後の抵抗のように小さな吐息をこぼすのだった。
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