お正月SS 姫はじめ??
「シュリ様、年が明けたので姫はじめをしましょう」
新たな年を迎え、目の前に勢ぞろいした愛の奴隷5人の中から進み出たジュディスの言葉を聞いたとき、
(と、とうとうその日が来てしまった!!)
シュリは内心の動揺を押し隠し、ごく普通の表情を装った。
ジュディスとシャイナが、異世界出身のBL小説家と親しくしていると知ったその日から、いつかこの日が来るのでは、と恐れていた。
思ったより早かったが、心の準備は出来ている。
全力ですっとぼける準備も。
「ひ、姫はじめ~? な、なにかなぁ、それ。はっ、初耳だなぁ」
「そうですか? シュリ様ならご存じかと思ったのですが」
「し、知らないな~」
「そうですか……」
「そ、そうそう! 知らないから姫はじめ、出来ないや。残念だな~」
どうにか誤魔化せそうだ。
そう思った瞬間に、シュリはちょっぴり気を抜いてしまった。
うっかり言ってしまったのだ。残念だなぁ、と。
そんなラッキーワードを、見逃してくれる愛の奴隷達ではないと、分かっていたはずなのに。
「残念……そうですか。残念に思って下さっているのですね?」
「え? あ、うん。そ、そう、だね?」
ジュディスの言葉の勢いに押されて、シュリは曖昧に頷いてしまう。
「シャイナは信じておりました。新年最初の主従のコミュニケーションは我らにとって最重要行事。それをやりたくない、なんて事はあり得ないことです。シュリ様もシャイナと同じお考えで嬉しいです」
そんなシュリの様子にシャイナが顔を輝かせ、
「そりゃあシュリ君ですからね!! 私達とのコミュニケーションを大切にしてくれない訳ないですよ」
カレンがにこにこし、
「流石はシュリ様。最高の主様だね!! ね、アビス」
「そうですね。ルビス姉様。シュリ様以上の主など、この世に存在するはずがありません」
ルビスとアビスの姉妹が揃って更にハードルを上げてくれて、シュリはもう、やっぱりやりたくないです、なんて言えなくなってしまった。
内心冷や汗をかきつつ、みんなの様子を伺う。
でも何となく、みんなの様子はシュリが思う感じと違っていた。
なごやかで明るい感じで、これから姫はじめをしようという甘いムードは欠片も感じられない。
(えっと、今からじゃなくて、夜になってから、なのかな?)
もう若干諦めムードのシュリはそんな風に思う。
そんなシュリに、ジュディスがにこやかに話しかけた。
「シュリ様のお手を煩わせないように、抜かりのないように準備は整えてあります。ささ、こちらへ」
「じゅ、準備できてるの!? こんな昼間から!?」
「ええ。姫はじめですから。沢山の人に見て貰わないと」
「みっ!? みてもらう!?」
「ええ。幸せな光景はちゃんとみんなで分け合うべきです」
「うそでしょ!? ああ言うのは人に見せるものじゃないからっ!!」
「大丈夫です。恥ずかしいのは最初だけですよ」
ふふ、とジュディスが笑う。
逃げたい、本気でそう思ったが、時もうすでに遅し。
四方を愛の奴隷にがっちりと固められ、シュリはどうすることも出来ずに連行されていった。
◆◇◆
「で? なにこれ??」
「?? 姫はじめ、ですが」
「姫はじめって、なにすることだと思ってるの??」
「年の始めにお姫様の格好をしてお姫様ごっこを楽しむこと、ですよね?」
「……」
ジュディスとの会話の後、シュリは心底疲れたように遠い目をした。
淡い赤と白のレースを惜しみなく使った豪華で可愛らしいドレスに身を包み、つけ毛を使ってアレンジした髪型も愛らしい今のシュリは、どこからどう見ても少年ではなく少女。
愛の奴隷がきゃっきゃしながら施してくれた薄化粧も、シュリの可愛らしさを助長し、驚くほどの美少女に仕上がっていた。
なんだかだまされた気分のシュリは、しばらく唇をとがらせて不満そうな顔をしていたが、
(……でも、まあ、本当の姫はじめを要求されても困るし、これで良かった、のかな。ちょっと恥ずかしいけど)
そう思い直し、小さく息をついて愛の奴隷達を見回した。
「……それで? これからどうするの?? みんなもお姫様の格好するの?」
「いいえ」
シュリの質問にジュディスが微笑んで首を横に振る。
「え? だって姫はじめなんでしょう??」
「シュリ様、みんながお姫様の格好をしてもおもしろくないと思いませんか?」
素朴な疑問に、シャイナが言葉に笑みを含ませて答える。
「えっと、じゃあ、みんなはどうするの??」
「私達はもちろん男装です!」
「アビスちゃんに習って完璧に男装するから楽しみにしててねぇ?」
「我らはシュリ様をお守りする騎士になるのです」
カレンとルビスとアビスが口々にシュリの問いに答えてくれた。
どうやらお姫様なのはシュリだけで、女性陣は男性に扮して騎士としてシュリに付き従うという趣向のようだ。
(ええ~~……。僕だけ女装~?)
と思わないでも無かったが、女性陣も普段とは違う扮装をするわけだから、まあ、おあいこと言えないことも無いのかもしれない。
そう思い直したシュリは、彼女達の姫はじめにつき合うために、彼女達の準備が終わるのをおとなしく待つことにしたのだった。
◆◇◆
「ジュディスさん、良かったんですか? これで。私としては十分に美味しいのでむしろありがたいですけど」
シュリの可愛らしいお姫様姿を食い入るように見つつものすごい勢いでスケッチしながら、ユズコはジュディスに問いかける。
ジュディスとシャイナに姫はじめという言葉を教えたのは、シュリの予想通り、異世界出身のBL作家であるユズコだった。
彼女はちゃんと正しい意味の姫はじめをジュディスとシャイナに教えたのだが、彼女達はあえてこのお遊びのような姫はじめを主と楽しむ事を選んだのだった。
「いいのよ、ユズコさん。今はこれで」
「今は、ですか?」
「そう、今は」
他の4人の愛の奴隷達にかしづかれ、ちやほやされているシュリの困ったような顔を愛おしそうに見つめながら、ジュディスはその口元に甘い笑みを浮かべる。
「いつかシュリ様が真の意味で女性を愛でられるようになったら、その時は本当の姫はじめをしていただくから。それまでは、こういうお遊びも悪くないでしょう? 女の子の姿をしたシュリ様も最高に可愛らしいし」
「あ~、なるほど。そういうことですかぁ。確かにシュリ君の女の子姿、やばいくらいに可愛いですもんね。これで数本はお話を作れそうです。ごちそうさまです」
「ねえ。本当に女の子の姿のシュリ様が素晴らしすぎて。なんだか別の趣味に目覚めてしまいそうで、自分が怖いわ」
「べ、別の趣味、ですか? なるほどぉ。BL以外は書いたこと無かったですけど、そっちも書けちゃいそうですね。それもありかぁ。私ってば、そっちもいけるタイプだったんですねぇ。私も新しい自分を発見しちゃった気分ですよ」
うんうん、頷くユズコの横で、シュリをじいっと見つめながらジュディスは目を細める。
そして、
「来年は、王子はじめを提案してみようかしら。王子様なシュリ様もきっと最高に可愛らしいわ。オーギュストにこてこてな王子様衣装を早めに発注しておかなきゃ。もちろん、半ズボンで」
来年の年明けに思いを馳せ、1人ほくそ笑むのだった。
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昨年はこの物語を応援してくださってありがとうございました。
本年もよろしくお願いします。
頑張って書きます。
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