第432話 ただいまの翌日⑤
「カ、カレン殿、そ、それは!!」
「な、なんてうらやましい……」
ジェスとキルーシャの羨望のまなざしが突き刺さる。
シュリはいたたまれない気持ちで、ついっと視線を反らせた。
だが、反らした先にも人の顔があり。
「いいなぁ。私もやってみたい」
とフェンリーが指をくわえて物欲しそうにシュリを見つめてくるし、
「ちょ、ちょっと可哀想っすね。自分なら耐えられない羞恥プレイっす」
「確かにちょぉっと可哀想かなぁ。でもアレをやりたい気持ちも分からないでもない。何とも言えずに愛らしいもん」
「いいねぇ、かわいいねぇ。僕もアレ、欲しいなぁ」
「恥ずかしそうに身もだえる美少女……いえ、少年だったわね。でも、少年でもなんだかそそられるわ」
「あんた達、可哀想だからやめときなさいよ。見ないであげるのがせめてもの情けよ」
[月の乙女]の5人の小隊長達が様々な視線をシュリに注いでくる。
男の子のプライドや羞恥心の耐久値をガリガリ削られているのを感じながら、シュリは無言で誰の視線も受け付けずにすむ場所へ逃げた。
カレンの胸の谷間に顔をつっこみ、周囲の視線を遮断する。
が、そのシュリの行為に刺激を受けてしまった人物が若干2名いたようで、
「シュリっ!! 谷間ならこっちにもあるぞ!!」
「いや、こちらの谷間も考慮に入れて欲しい」
シュリの望まぬ谷間勝負が勃発する。
「た、谷間」
「……ジガド、死にたいの?」
谷間の魔力が誤爆し、ファルマとジガドのカップルの痴話喧嘩も誘発し。
「……カレン、見せびらかしたい気持ちは、まあ、分かるよ。理解はしたくないけど。でも、このままじゃ訓練にならない気がするんだけど」
「た、確かに」
「無意味な争いも起きてるし」
シュリが半眼で見つめる先では、ジェスとキルーシャが谷間勝負をし。
それをフェンリーが鼻の下をのばして見学していたが、おそらくいらぬ事を言ったのだろう。
ジェスとキルーシャの息の合った鉄拳を受けている。
ファルマはジガドのスケベ心を責め、今にも締め殺さんばかり勢いだ。
といっても、ちゃんと手加減はしてるみたいだから、きっと恋人同士のコミュニケーションの1つなんだろう。たぶん。
ジェスのところの5人の小隊長は、若干遠巻きにその騒動を見守っている。
いや、よく見ると、ジェスとキルーシャの谷間に突撃しようとしているニルを、アマンダが羽交い締めにして制止しているし、ソニアはケイニーとトーリャを抱っこしようと試みて激しく拒絶されている。
今日は[月の乙女]と[砂の勇士]の連携を強化する合同訓練だとカレンからは聞いていたが、このままでは合同訓練もなにもあったものではない。
「こうなったら、僕を降ろして訓練に参加するか、そうじゃなければみんなの自主練習にしてこの場を立ち去るか、のどっちかしかないんじゃない? 僕、降りようか??」
「いやです! 私は一瞬たりともシュリ君を降ろす気はありません!! 仕方ないですね。この場はみなさんの自主性に任せることにしましょう」
カレンは一切迷うことなくそう選択し、この場で正気を保っているアマンダやケイニートーリャに指示を与えると、醜い争いを続ける面々から逃れるようにこそこそとその場を後にした。
だがそうして人の視線から逃れられたのもつかの間。
平穏は、
「しゅりぃぃぃぃぃ!! 久しぶりね!!」
「これこれ、ヴィオラ。走るのはやめなさい。シュリが可愛くて我を忘れる気持ちは分かりますが」
そんな2人の人物の声に破られた。
それなりに広い敷地内で、シュリの気配だけを頼りに当人を見つけ出して駆け寄ってきたその人……シュリのおばー様であり、歴戦の冒険者でもあるヴィオラ・シュナイダーは、シュリとカレンの姿を見た瞬間、ぴったりと足を止めた。
そのまましばし、シュリの恥ずかしい姿を凝視し。
爆発の前兆としてわなわな震えたあと。
「なにそれ、なにそれ、なにそれぇぇ!! いいな、いいなぁ!! 私もやるっ!! シュリをお腹にくっつける!! シュリの顔をおっぱいにうずめるぅぅ!! カレン、さっさとシュリをよこしなさい!!」
どっかーん、と盛大に爆発した。
突進してくるヴィオラからシュリを守るように、カレンは軽やかに身を交わす。
以前ならば、なすすべもなくヴィオラに蹂躙されたであろうカレンだが、今の彼女は以前の彼女とは比べものにならないくらいの能力を有していた。
シュリが5人の愛の奴隷を得たことによって解放された「愛の奴隷は主の能力の10%が自分の能力に上乗せされる」という便利機能によって。
確かにヴィオラは人類最強と言うくらいに強いし、ステータスもかなりのものだが、天井知らずのシュリのステータスにはおよばなかった。
そんなわけで。
闘牛士さながらにカレンはひらりひらりとヴィオラの突進をかわし。
「くっ!! カレン、なかなかやるわね!! こうなったら決闘しかないわね。力比べするわよ!!」
ヒートアップしたヴィオラは高らかに宣言した。
が。
「だから、落ち着けと言っているでしょう? 無茶はやめて下さい。今はあなた1人の身体ではないんですから」
シュリのおじー様・エルジャバーノの容赦ないチョップがその脳天に落ちた。
「いったぁぁ!! ちょっと、エルジャ。自分の子供を身ごもってる大事な妻に、そんな仕打ちはないんじゃないの!?」
「大事にしてるじゃないですか、いつも。炊事に洗濯、あなたが汚した部屋の掃除にあなたの世話全般。それで足りないと言われても困りますよ。大事にしろと言うのなら、あなたの方も妊婦らしい行動を心がけて下さいね? 孫の抱っこ権をかけて決闘だなんて以ての外です」
「うぐぐ……」
「身重のあなたがシュリを抱っこなんてとんでもない。シュリの抱っこは夫である私にまかせて……」
「結局それ!?」
夫婦漫才のような祖父母夫婦の会話にちょっとほっこりしつつ、シュリは聞き捨てならない単語に首を傾げた。
「えっと、ちょっと待って? おばー様、妊娠中なの??」
「そうよ~? この中にミフィーの妹だか弟……ってことは、つまり、シュリにとってはえーっと、えーっと」
「シュリにとっては、おばさんかおじさん、でしょう?」
「そう! この中にシュリのおばさんかおじさんが入ってるのよ!!」
自分のお腹をぽんぽん豪快にたたきながらヴィオラが笑う。
「ちょ! 赤ちゃんいるのにお腹叩いちゃダメだよ!!」
「やめなさい! 私の子供を殺す気ですか!?」
その行為を、シュリとエルジャが慌てて制止。
ヴィオラは、
「私とエルジャの子供だからこれくらい平気よぉ」
とからから笑っていたが。
2人とも心配性なんだから、と言いながらもとりあえずお腹をぽんぽんするのをやめたヴィオラにほっとしつつ、シュリはおじー様であるエルジャバーノの端正な顔を見上げた。
「いつ生まれるの?」
「来年の春には生まれるはずですよ。シュリもお兄ちゃんですね。仲良くしてあげて下さい」
「そっかぁ。僕もお兄ちゃん……っていうか、その子からしたらぼくって年上の甥っ子になるのか。なんだか複雑だね」
「エルフ業界ではざらにあることですよ」
「そっか。そうだよね。エルフは長命な種族だもんね」
「血のつながりがあることですし、年が上な分、自分をお兄さんだと思って可愛がってくれればいいんですよ。私とヴィオラの子供です。どう転んでも可愛いことは間違いないでしょうから。ほら、ミフィーだってとても可愛らしいでしょう?」
「だね。絶対に可愛いと思う」
「生まれたらシュリのところへ連れてきますよ」
「うん! 僕、すっごく可愛がる自信があるよ」
ぱあっと顔を輝かせるシュリを愛おしそうに見つめ、役得とばかりにその頭をなでこなでこする、
「ふふ。良かったですねぇ、シュリ君。あ、そうだ。オーギュストさんに抱っこ袋(仮)を特注しておきましょうか?」
にこにこ顔のカレンからのそんな提案に、シュリはすぐに頷いた。
「そうだね。最高級の素材を使って防御力も備えたやつを今から頼んでおかなきゃ。あとは、セバスにベビー服も何着か作って貰わないとね。こっちも防御力をしっかり考えて作って貰えば、なにがあっても安心だし」
「なにがあっても、なんて。シュリは心配性ですね。赤ん坊のうちは母親とともにのんびり過ごすだけですから、危険なことなんて……」
「その母親が危険なんだよ。うっかり高い高いしすぎて天井に激突とか、普通にありそうだし」
「そ、そんな。まさか。ねぇ?」
「いーや。おばー様ならあり得る!! その点は、お父さんが気をつけてあげてね? おじー様」
「……努力します。可愛い我が子の為ですからね」
「特大の防御力のベビー服を早めに作って送るから頑張って!! 出産はどこで?」
「スベランサのヴィオラの家の予定です。里の私の家でもいいんですが、何かあったときにあそこでは人手がたりないので。その点、スベランサならヴィオラの知り合いが沢山いますし、私の知り合いもそこそこいますからね」
「そっか。困ったらいつでも連絡してね? すぐに駆けつけるから」
「ありがとう、シュリ。そうします。優しい孫を持って、私もヴィオラも幸せ者ですね」
エルジャは微笑み、シュリの頭を撫でる。
ヴィオラはカレンからシュリを奪い取ることは諦めたらしい。が、その代わりにシュリを後ろからカレンごと抱きしめて、一心不乱に頬ずりをしていた。
激しい愛情表現に頭がかっくんかっくん揺れるが、シュリは健気にそれに耐え。
エルジャは、仕方ない人ですねぇ、とでも言いたげな、でも愛情に溢れた表情でヴィオラをシュリから引きはがすと、王都の友人達に妊娠の報告に行ってくる、とぐずるヴィオラを引きずって屋敷を出ていった。
それを笑顔で見送った後。
シュリはヴィオラの容赦ない頬ずりで疲れた首を休めるように、カレンのおっぱいに頬を預けた。カレンはそんなシュリを慈愛の表情で受け止めて。
ちょっぴりお疲れモードのシュリが少しでもゆっくり休めるように、残りの時間は一緒にひなたぼっこをしようと、庭の日溜まりに向かってゆっくり歩いていくのだった。
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