第409話 夏の休暇のお約束②
「アズラン、ファラン、それにシュリ。待たせてすまないな」
そんな言葉と共にレセルファンが姿を見せたのは、それからしばらくしての事だった。
屋敷の中で着替えてきたのか、すでに水着姿のレセルファンの横には、同じく水着姿のスリザールの姿もある。
ちょっとふてくされたような表情のスリザールを、シュリはアズランと一緒に、湖の中から呼んだ。
「スリザ~。こっちにおいでよ。水、気持ちいいよ~」
「そうだぞ。一緒に泳ごう、スリザ」
2人から呼ばれたスリザールは、伺いをたてるように兄の顔を見上げる。
そんなスリザールに、レセルファンはほほえんで頷いた。
「行っておいで。俺はファランのところにいるから、お前はアズランの側に。だが、そう気負う必要はない。アズランとシュリと、楽しく遊んでおいで」
「はい、レセル兄様」
兄の許可を得たスリザールは、元気よく湖の方へと駆けていく。
その姿を見送ってから、レセルは近づいてくる足音の主を振り向いた。
最初に目に飛び込んできたのは、きらきら光る黄金の瞳。
自分にも1つだけある龍の瞳を見返し、すっかり大人っぽくなってきたいとこの姿を見つめた。
大人と子供の狭間にある少女の姿は、伸び盛りの若木のように瑞々しく美しい。
去年の夏はまだ子供だと言い切れた。
ほっそりとした体型はアズランと大差なく、その違いは髪の長さくらいしかなかったのに、今年はどうだろうか。
伸びやかな手足にも華奢な肢体にも女性らしい柔らかさが加わり、
「レセルお兄さまっ」
来年にはもしかしたらもうこんな風に気安く接することは出来ないかもしれないな、と駆け寄り抱きついてきたファランを抱き返しながら、レセルファンは思う。
「レセルお兄さま、あちらで飲み物を頂きながら少しお話をしませんか?」
「アズランやシュリ達と、遊んでこなくていいのかい?」
「男の子達は子供なんですもの。あまり早くから一緒に遊んでいたら疲れてしまうわ。2人の相手はスリザがしてくれますし、もう少しだけ2人で過ごしたいです。それとも、私と2人じゃ、イヤですか?」
不安そうにこちらを見上げてくるファランを安心させるように、彼女の頭を優しく撫でてから、
「イヤなわけないだろう? ファランと話をするのはいつだって楽しいよ」
それに、いつまで2人の時間を許してもらえるか分からない。
花がほころぶように微笑む年下の少女を見ながらレセルは思う。
彼女が年頃になり婚約者でも決まれば、たとえいとこであっても男女が2人きりで過ごすことに、周囲はいい顔をしなくなる。
この数ヶ月ですっかり大人っぽくなった彼女を見ていると、それはもうそんな遠いことではない、と思えた。
そうしてファランとレセルファンが日除けの下の敷物に並んで腰をおろした一方、スリザールはまだ冷たく感じる水の中でシュリと2度目の対面を果たしていた。
「来たよ、アズラン。シュリ、昨日は変な態度をとってごめん」
「気にしないで、スリザ。僕、こんな見た目だし、よく女の子に間違えられるから慣れてるんだ。それに、もう少ししたら男らしく成長して、絶対に女の子に間違えられなくなるだろうし!」
スリザールの謝罪を微笑んで受け入れ、シュリは己の将来の展望を語りつつ、ぐっと拳を握る。
そんなシュリを呆れたように眺めつつ、
「いや、だから、男らしくは無理だろ?」
アズランはやれやれ、と肩をすくめた。
「アズラン、そう言わないでよ。僕も成長が遅い方だから、シュリの気持ちはよく分かるよ。それなのに昨日は……はぁうっ!?」
アズランの態度を軽くいさめつつ、シュリの方へ改めて目を向けたスリザールがなぜか奇声をあげる。
そして真っ赤になった顔を両手で覆った。
「しゅ、しゅりっ!! なんでそんなエッチな格好をしてるんだよ」
「えっち、って??」
スリザールの言葉に首を傾げつつ、シュリは己の姿を見下ろす。
そして、間違ってもオーギュストが作ったハレンチな水着を身につけていない事を確認してから、アズランの顔を見上げる。
「えっと、僕、えっちかなぁ??」
「いや? 普通、じゃないか??」
問いかけるシュリの声に、アズランも首をひねりながら答える。
アズランの反応を見る限り、シュリの格好は常識の範疇におさまっている。
ファランにも、無難で面白くないとは言われたが、エッチだとは指摘されなかった。
スリザールはいったいなにがエッチだと言っているのだろうか。
考えてはみたが答えが分からず、シュリは素直に問いかけた。
僕のどこがエッチなの、と。
そんなシュリの問いに、スリザールは悲鳴のような声で答える。
顔を覆う指の隙間から、ちらちらとシュリの姿を見ながら。
「おっぱ……いや! 胸が見えてるじゃないか!!」
その答えを受けてシュリは思う。
男の胸が見えてなにが悪い、と。
だが、当のスリザにふざけている様子は見えず、シュリはとりあえず[カメレオン・チェンジ]のスキルで白いTシャツを己の身にまとわせた。
それでようやく落ち着いたのか、スリザールの顔から手が離れる。
その頬はまだほんのり赤かったが。
「これでいいかな」
「う、うん。それなら、まあ、いいかな」
「僕、男だし、男の僕の胸が見えても問題ないと思うんだけど」
「それは分かってるよ。分かってるんだけど、なんだか……」
「なんだか??」
「シュリの胸は、なんだか、その……
「ひわい!? ひわいってひどくない!?」
「あ、ごめん。えっと、じゃあ、いやらしい、とか」
「いやらしいって表現もどうなの!? ごく一般的な男の子の胸板ですけど!?」
「胸板、って言うにはちょっとぷにぷにしてると思うけどな」
「もうすぐ筋肉がついて細マッチョになるんだからいいの!!」
シュリの反論に、アズランはまじまじと、白Tシャツの下のシュリの幼児体型を眺めた。
「細マッチョは、無理だろう?」
「アズランは黙ってて!! つまり、スリザはこう言いたいわけだね? 僕の乳首はエッチくさい、と」
「シュリ、言葉はもうちょっと薄衣に包んだ方がいいんじゃないか?」
「ち、ちくび……」
シュリの直接的な表現に、アズランが意見し、そんな2人の目の前でスリザールの鼻から赤い滴がつぅ~っとこぼれた。
純情な少年の耳にはシュリの直接表現が少々刺激が強かったらしい。
そんな少年の鼻を、どこからともなく取り出した布で押さえてやりながら、
「仕方ないから、上に服を着ておく事にするけど、僕の上半身は一般的な男の子仕様だからね!? それだけはちゃんと肝に命じておいてよ?」
ため息混じりにそう告げる。
「う、ごめん。でも、助かるよ」
スリザールは申し訳なさそうに首をすくめ、そんないとこをアズランは呆れたように眺めた。
しばらくスリザの鼻を押さえて鼻血を止め、それから改めて潜ったり泳いだりと湖でのレジャーを楽しんだ。
途中からはファランとレセルファンも加わって、お昼までゆっくりと楽しい時間を過ごした。
水からあがったときに、
「ち
とスリザールがキャンキャン騒いで、服を着替えるという一幕がありはしたが。
そんなスリザの反応を見てシュリは思ったという。
(男性用水着の乳首カバー……というか胸当ての採用も、検討した方がいいのかなぁ)
と。
世の中、美しい男性もいるし、もしかしたら需要があるのではないか。
今回の試作品のような透ける素材は言語道断だが、普通の素材で作るならいいかもしれない。
(帰ったらオーギュストとデザインも含めて相談してみよう)
ジェスの騎士用の水着みたいに、防御力と動きやすさに特化した、でも無骨になりすぎないデザインも検討しよう、といくつかの水着の案を考えながら、みんなと一緒に食事の用意された日除けの下へ向かうのだった。
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