第395話 [悪魔の下着屋さん]始動②

 「きれいな下着だね。僕なんかがつけてもいいのかな」


 「ぼく、だなんてダメダメ。私達はレディなんだから、レディらしく振る舞わなきゃ。それに、あなたがつけなくて誰がつけるの? この下着は私達のように心が乙女なレディに向けて作られたものなんだから。コレを身につけて、身も心もレディになりましょう」


 「そ、そうだよね。ううん。そうよね。ぼ……わたし、コレを頂いていくわ」


 「えらいわ。よく決心したわね。でも、ほら、試着室があるからまずは試着してごらんなさい。あなたにぴったりの下着を見繕ってあげるから」



 店の片隅。

 漢女おとめ専用下着ゾーンで接客しているのはアグネスだ。

 男子禁制のオープニングセールの間だけ、漢女おとめなりすましを見破る為に来てもらっているが、空いている時間はこうやって漢女おとめの人向けの接客もしてくれていた。

 アグネスがここにいるということは、いま入り口にいるのはバーニィなのだろう。


 それほど多くはないが、アグネス達が宣伝をしてくれたおかげで漢女おとめのお客様の姿もちらほら見える。

 特にトラブルはなさそうなことを確認して、シュリは別の方へ目を向けた。


 次に目を向けた先にいたのは、リメラ。

 フィリアやジャズも一緒にいるが、1番必死に下着を探しているのはリメラのようだ。

 彼女達がいる一角、そこは補正力の強めな下着が多く並ぶコーナー。

 リメラはそこでケイニーの接客を受けていた。



 「えっと、自分がいま着けてるのはこのタイプの下着っすね」


 「これか!! これを着ければ私にもお、お、おっぱいが……」


 「落ち着いて、リメラ! リメラにはちゃんとおっぱいがあるじゃない。そんなに気にしなくても……」


 「そうだよ、リメラ。そんなに目を血走らせなくても……」


 「フィリアもジャズも、富める者達は黙っていてくれ!! 君達に、努力しても乏しい胸しか得られない私の気持ちは分からないさ。そうだよね、君!!」


 「あ~、そ、そっすね?」



 リメラに仲間認定されたケイニーは苦笑をかみ殺しつつにこやかに微笑んでみせる。

 正直、ケイニーはそこまでおっぱいの無さを気にしてはいない。

 戦闘職だし、小さい方が便利なこともあるから。

 まあ、あったらあったで嬉しいものではあるが。



 「このタイプの下着は、着け続けることで徐々に胸が育っていく(はず)っす。育ってきたらまた上のカップを買って更に育てるっすよ。個人差もあるっすから絶対とは言えないっすけど、うちのデザイナーが胸を育てることに特化して作ったのがこの辺りのシリーズなんすよ」


 「着け続けることで胸が育つ。素晴らしい響きだ。洗い替え用に5、6着頂いていこう!」


 「そんなに買うの!?」


 「ほ、本気だね」


 「まいどありっす。じゃあ、まずは試着っすよ。自分がお嬢様にぴったりのサイズを見立ててあげるっす」



 にっこり笑ったケイニーは、リメラを連れて試着室へと向かう。

 ちなみに、試着室には試着用の各種サイズの下着が用意されており、まずはサイズを決めてから、気に入ったデザインのそのサイズを購入していただく、という形になっている。

 気合いいっぱいのリメラと、そんな彼女をエスコートするケイニーを見送り、フィリアとジャズは顔を見合わせる。



 「えっと、リメラは行っちゃったし、私達も下着、見に行きましょうか? ジャズも買うのよね?」


 「うん。何枚か買おうかと思ってるよ。ここのを着けたら今までの下着は着けられない気がするし」


 「そうよね。私も何枚か買っていこうと思ってるの。リメラは時間がかかりそうだし、今のうちに見に行っちゃいましょうか」


 「そうだね。行こうか」



 2人は微笑みあい、別のコーナーに向かって歩いていく。

 リメラ曰く、富める者が集まるコーナーへと。

 その様子を見守ってから、シュリはまた別のコーナーへと目を向けた。


 冒険者などの戦闘職の人向けの、がっちりホールドタイプの下着が並ぶそのコーナーにいたのはアンジェリカ。

 彼女は興味深そうな様子で、下着を手に取りまじまじと眺めていた。



 「ふぅむ。この下着を身につければ、戦闘の時もそれほど邪魔にならない、と」


 「ああ。まったく邪魔にならない訳じゃないが、しっかりと胸を包み込む作りだから、比較的気にせずに体を動かせるし、剣もふるえるぞ」


 「そうですか。それはいいですね。正直、さらしで押さえるのは窮屈で苦しかったんですよね」


 「さらしか。私も激しい戦闘が予想される依頼の時は巻いていたが、この下着があれば必要なくなると思うぞ」


 「それほど、ですか?」


 「それほどだ。まあ、まずは試着してみたらどうだろうか? 世界が変わるぞ」


 「そうですね。では……」



 ジェスの案内でアンジェが試着室へと消える。

 それを見送って、じゃあまた別のところを見ようかと思ったとき、



 「アンジェ様! アンジェ様はここっすかぁ!?」



 フィフィアーナ姫の忍、アズサが駆け込んできた。



 「あれぇ、アズサ?? 私はここですよ? というか、どこに行くとも言わずに出てきたのに、どうしてここだってバレたんですか?」



 その声が聞こえたのだろう。

 試着室の中からアンジェがのんびりと答える。



 「アンジェ様の行くところにシュリ様あり、っすよ!! ってか、どうせこっそり外出するならバレバレの嘘はやめて欲しいっす!!」


 「嘘って、人聞きが悪いですね~。って、まあ、ほんとの事を言って出てきた訳じゃないから、嘘って言えば嘘なんですけど。やっぱりバレちゃいましたか?」


 「最初っから最後までバレバレっす! 姫様、激おこっすよ!? 怖いから早く帰ってきてほしいっすうぅぅ」


 「やっぱり。こんな事なら、最初から姫様を誘って来れば良かったですねぇ」


 「姫様が来るわけないっすよおぉぉぉ。アンジェ様は、そろそろ、色々気づいた方がいいっすよ」



 アズサが叫んで泣き崩れる。

 なんだかアズサが可哀相になってきたので、シュリはジェスからアンジェのサイズを聞いて、下着をいくつか見繕うとまずはそれを包ませた。

 それから、見るだけ下着測定器のオーギュストを呼んで、アズサのサイズをチェックしてもらい、彼女のサイズのものも何枚か見繕い、アンジェのとは別に包んでもららう。



 「気づくって、なにをですか。あ! シュリ君!! お店の開店、おめでとうございます。すてきなお店ですねぇ。商品も素晴らしいし。いま試着してきたんですけど、こんなに体を動かすのに邪魔にならない下着は初めてです」


 「そう? それなら良かった。はい、これ」



 アンジェの言葉にシュリはにっこり微笑み、持っていた包みの1つをアンジェに渡す。



 「これ??」


 「アンジェのサイズで何枚か見繕って包んでおいたから、これを持って早くお姫様のところへ帰ってあげて? きっと心配してるよ」


 「あ~。そうですね。名残惜しいですがもう帰ることにします。えっと、これのお会計は……」


 「それは僕からのプレゼント。気に入ったら、今度来たときにまた買ってくれればそれでいいから」


 「しゅ、しゅり君からのプレゼント……大事に身につけますね!!」


 「うん。アズサ。アンジェはもう帰るから大丈夫だよ」


 「ううう……あ、ありがたいっすぅ」


 「うんうん。大変だったね。じゃあ、アズサにもこれ」


 「へ??」


 「頑張ってるアズサに僕からのプレゼントだよ。いつも大変だね」


 「ううううぅぅ。優しさが身にしみるっすぅぅ」



 よよよ、と泣き崩れるアズサにアンジェの手をしっかり握らせて、



 「じゃあ、2人ともまたね」



 にっこり笑って2人を送り出す。



 「ありがとうございます、シュリ様! このご恩は忘れないっす!! さ、アンジェ様。とっとと帰るっすよ」


 「シュリ君、プレゼントありがとうございます! 今度は姫様と一緒に来ますね!!」


 「はーい。またのご来店お待ちしてまーす」



 アズサにしっかりと捕まれ、ずるずる引きずられていくアンジェをビジネスライクに見送って、ほっと一息。

 する間もなく、シャイナがこちらに視線を送ってきた。

 その目がオーギュストを示し、次の余興がそろそろ始まることを告げてくる。

 シュリのやることは特にないのだが、一応その場にいる必要がある、との事なので、シュリは事前に指示された場所へと向かった。 


◆◇◆


 店舗の片隅に用意された休憩スペースで、事前に指示されたとおり座って待っていると、



 「ほら、シュリ。温かいミルクを持ってきたぞ?」



 やってきたオーギュストがそう言ってミルクのカップを手渡してくれた。



 「熱いから、気を付けて飲むんだぞ?」



 シュリは素直にこっくりと頷いて、手渡された熱々のホットミルクを注意深く飲む。

 シュリがやるべき事はそれだけだと聞いているので、他には特になにもしない。

 必要なことはオーギュスト達に指示してあります、とシャイナも言っていたし。



 「あ~!! いいなぁ。ノワール、僕にもちょうだい」



 そこに乱入してきたのは、わがまま美少年ぶりがすっかり板についたレッドだ。

 因みに、このお店の中でのオーギュストの呼び名はノワールでいくらしい。

 その方が、レッドやブランの名前となじみがいいから、だそうだ。

 駆け寄ってきたレッドの赤毛を乱暴に撫でながら、わかったわかった、というように頷いたオーギュストは、



 「ブラン。レッドにもミルクを持ってきてやれ」



 裏につながる通路に向かってそう声をかけた。

 返事はない。

 だが、しばらくすると、湯気のたったカップを手に、白い髪のはかなげな美青年が現れた。

 彼は、そのカップをシュリの隣に座るレッドの前に置くと、レッドの頭を撫でて白銀の瞳を優しく細める。

 レッドはくすぐったそうに首をすくめると、



 「ありがと、ブラン」



 そう言って、カップを両手で持って息を吹きかけた。

 その様子をじっと見守っていたオーギュストは、ふと何かに気づいたようにブランの方へ手を伸ばす。



 「ブラン。タイが曲がってるぞ?」



 そう言って、白髪の青年の方へ手を伸ばす。

 そして有無を言わせずに彼を引き寄せると、その首元を飾るタイの乱れを直してやった。



 「あ~。ブランばっか甘やかしてずるい!!」



 それを見ていたレッドはそう言って、可愛らしく唇を尖らせた。

 そして自分の襟元に手をやると、わざとタイを乱してオーギュストの顔を甘えるように見上げる。



 「僕のタイもなおしてくれるんでしょ?」


 「……仕方ない奴だな。じっとしてろ」



 にっこり微笑むレッドにため息をかみ殺しつつ、オーギュストは甘えん坊な少年の首もとで器用に手を動かしてあっという間にタイをきれいに結びなおしてしまった。

 そんな彼らの様子を遠巻きに眺めるお客様達は悲鳴をかみ殺して身悶えし、シュリはふとかつての親友の事を思い出す。



 「ほら、瑞希。ボタン、掛け違えてるわよ? ねぐせもあるし。もうちょっとしっかりしなさいよね。ほんと、私がいないとダメなんだから」



 桜はよくそうやって、瑞希の服装の乱れをなおしてくれた。

 そんな彼女はまるで……



 「桜って、私のお母さんみたいだね」



 そう、まるで母親のように感じられて、素直にほめ言葉のつもりでそう口にしたら、ものっすごい複雑かつ微妙な顔をされた。



 「お母さん、て……せめて。せめてお姉さまとかにならないわけ?」



 がっくり肩をおとした彼女は、ちょっと意味不明な事を口にする。

 お母さんじゃダメだけど、お姉さまならいいのか? と疑問に思いつつも、



 「えーっと、じゃあ……桜って、私のお姉さまみたいだね?」



 そう言い直してみると、桜はちょっぴり嬉しそうな顔になったので、たぶんこれが正解なんだろう。



 「……ありがとうございます、お姉さま。でいいわよ」


 「ん??」


 「いいから、黙ってリピート」


 「えっと、ありがとうございます、お姉さま?」



 言われるままにそう言って小首を傾げて桜を見たら、ぐあ~っとうめいた桜はその顔を両手で覆ってしゃがみ込み、



 「くそぅ、可愛い。可愛すぎる。誘われてんの、私。いやいや、まてまて。冷静になれ、私。相手は瑞希。相手は天然。誘われてるなんて思うのは私の妄想。くっそぉ、蛇の生殺し!? これが蛇の生殺しってやつ!?」



 くぐもってよく聞き取れない言葉をぶつぶつつぶやいていた。

 もう戻らない過去を懐かしく思い出し、シュリは微笑む。

 そんなシュリの口元に誰かの指が触れて、んっ? と顔を上げると、甘く微笑むオーギュストと目があった。

 なんだろう? と首を傾げるシュリの唇のまわりをオーギュストの手が優しくなぞり、



 「シュリ。白いひげが出来てたぞ?」



 指先についたミルクをぺろりとなめ、その口元に浮かぶ笑みを深めた。

 その様子を食い入るように見ていたお客様の中で、何かの許容量をオーバーしたらしい人が数人、ぱたぱたっと倒れる。

 だが、攻勢はもちろんこれだけでは終わらない。



 「あ~! ずるい!! 僕もそれやりたい!!」



 レッドが頬を膨らませ、そのままオーギュストに唇を拭ってもらうのかと思ったら、



 「はい、シュリ。これ飲んで?」



 なぜか目の前にレッドのカップが差し出された。

 とにかく、彼らがやることにあわせて下さい、そうシャイナから言い含められていたシュリは、素直にカップを受け取って少しぬるくなったミルクをこくこくと飲んだ。

 ふはっとカップから口を離すと、小悪魔のように微笑んだレッドが指先でシュリの唇をなぞるようにそこについたミルクを拭う。

 そして当然の如くミルクのついた指先を己の口へ運ぶと、



 「ふふっ。甘ぁい。おいしいよ、シュリ」



 そう言ってにっこり笑う。

 そこで更に数人が、床に倒れ伏す音が聞こえたが、シュリにはそちらを見ている余裕が無かった。

 やれやれ、これで終わりかな、と思う暇もなく、目の前には新たなカップ。

 それを持っているのは期待に満ちた顔をしているブランで、ミルクでだいぶお腹がいっぱいにはなっていたが、シュリは仕方なくそのカップを受け取って、フーフーしながらミルクを飲んだ。


 ブランは、そんなシュリを愛おしそうに眺め、飲み終わったシュリの口元を嬉々として指で拭ってそのままパクリ。

 恍惚とした顔をするブランは、何とも言えない色気がダダ漏れで、また更に数人が倒れる音が聞こえた。

 な、なにが起こっているんだろう、とそっちを見ようとしたが、



 「みなさま、午前の部のお嬢様方がそろそろお帰りになるお時間です。入り口でお見送りをお願いします」



 シャイナがやってきて、これ以上のお触りは厳禁です、と言わんばかりにシュリを抱き上げた。



 「見送りか。わかった」


 「はぁ~い」


 「こく……」



 黒、赤、白の3人はシャイナの指示に素直に従い、店の出入り口へ向かう。

 それを追うように、シュリもシャイナに抱っこされたまま出入り口へと向かった。

 出入り口へ立ち、帰るお客様を見送る間、



 「すばらしいものを見させて頂きました!!」


 とか、


 「新たな扉を開いちゃいました」


 とか、


 「カップリングが無限大で、創作意欲がやばいです」


 とか、


 「私は断然シュリ君推しです!」



 とか。

 たくさんの女性から非常に興奮した様子で話しかけられた。

 そんな彼女達の手には、なにやらビラのようなものが握られていて、たまたま床に落ちていたそれを拾って内容をチェックしようとしたら、シャイナが先に拾って隠してしまった。


 疑いの眼差しでちらりとシャイナの顔を見上げると、シャイナはついっと目を反らし、素知らぬ顔をしている。

 これは問いつめても口を割らないパターンだなぁ、と思いつつ、シュリはこの件に関しては一旦棚上げしておく事にした。

 ただ、いずれちゃんと調べるつもりではいたが。


 シュリの愛の奴隷たちは、シュリに忠実でシュリを裏切ることは決してしないが、じゃあ悪巧みをしないかと問われれば素直には頷けないような、一筋縄ではいかない者ばかり。

 シュリ至上主義の彼女達に好き放題させておいたら、シュリは大丈夫でもそれ以外の人が損害を受けることはあり得る訳で。


 シュリは定期的に、彼女達がやりすぎていないか、主としての責任としてこっそり調査をしていたりする。

 その上で、やりすぎだと判断したら注意をしてやめさせ、許容範囲内なら彼女達の意志を尊重して見て見ぬふりをしたりしてきた。

 今回もきっと何かの企みが、シュリに秘密で進行中なのだろう。


 それは後できっちり調べるとして、しかし今はとにかく[悪魔の下着屋さん]のオープニングの成功を祝うときだ。

 最後のお客様をきっちり見送り、関係者だけが残った店内で。



 「みんなが頑張ってくれたおかげで、いいオープニングだったよ! ありがとう。午後も頑張ろうね!!」



 シュリはにっこり笑って、みんなを褒め、午後も行われるイベントへの檄をとばすのだった。


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